九
内部を進む億十郎たちに対する抵抗は、皆無だった。通路の両側には、いくつも扉が並び、扉の向こうからは息を呑んでこちらを窺う気配がしていたが、億十郎が通過すると、慌てて身を引く物音が聞こえる。
全員、ここにいる連中は、億十郎に怯え上がっている。
先ほどの、機関銃を持ち出した司令官たちを、あっという間に撃退した手際が、司令官たちの怯えを引き出したのだろう。
しかし、億十郎自身は、どうなっている?
今までにない力が、身の内から湧き上がるのを感じていた。あれほどの活躍ができるとは、自分でも信じられない。
「ここよ!」
通路を進んだ理恵太は、閉まっている鎧戸の前で立ち止まった。
鎧戸がある場所は、広々として、通路も幅が倍に広がっている。
鎧戸は鉄製で、縦二丈、幅三間ほどの巨大なものだ。億十郎の借り物の知識は、それが上部にある絡繰に収納される仕掛けであると教えていた。つまり、持ち上げれば、開く。
億十郎は無言で近づくと、両手を鎧戸の下に差し入れた。ほんの少しであるが、隙間があり、指先を抉じ入れられる。
むん! と身体中に力を込め、全力を振り絞る。
むむむむ……! 億十郎は息を詰め、徐々に鎧戸を持ち上げてゆく。
ぎりぎりぎり……、と鎧戸が悲鳴を上げた。ぎしっ、と軋み音がして、鎧戸が撓み、全体が歪み始める。
だだだだっ! と、鉄の太鼓を連打するような音が響き、鎧戸の向こう側から、銃弾が一斉に叩く。億十郎は慌てて身を引いた。鎧戸を見上げると、無数の銃弾によって穿たれた穴が開いている。
危ない所だった! 腰を下ろした姿勢だったので、銃弾に貫かれずに済んだのだ!
「来るなっ!」
鎧戸の向こうから、悲鳴が聞こえた。
恐らく、二十六号司令官だろう。億十郎は鎧戸に向け、怒鳴った。用心して、壁際に身を寄せている。
「大黒億十郎である! お主が、江戸から多数の娘を拐わかした罪状は、判明いたしておる! すぐに娘たちを返し、仮想現実倫理監視機構とやらに出頭し、大人しく縛につくよう命ずる!」
アイリータが慌てて声を掛ける。
「あのね、司令官は〝ロスト〟してんの! そんな命令、無駄よ!」
司令官の叫びが聞こえる。
「五月蝿いっ! ここは俺の〝戦略大戦世界〟だぞっ! 江戸のNPCなど、しゃしゃり出る幕じゃないっ!」
叫びと同時に、機関銃の射撃音。鎧戸は機関銃の銃弾に貫かれ、再び幾つもの穴が抉られた。
「どうする? 司令官は、向こうから機関銃を構えているわ。シャッターを抉じ開けたとしても、機関銃の餌食よ!」
アイリータが眉を顰め、口惜しそうに呟く。
理恵太は一心に考え込んでいたが、名案が思いついたように、ぱっと顔を上げた。
「従いてきてっ!」
叫ぶと、返事も待たず、走り出す。
訳が判らないまま、億十郎とアイリータは、理恵太の自信ありげな様子に、後を追い掛けた。
広い通路を走り、理恵太が案内したのは、様々な絡繰が据えられている、小部屋だった。
金属製の箱が、どでんとあちこちに置かれ、箱には無数の灯りが瞬き、奇妙な計器が幾つも装着されている。
理恵太は鋭い目付きで、絡繰の計器を覗き込みながら、ぶつぶつ何か呟いている。
「確か、この制御室でいいはずだけど……」




