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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第十一回 分裂司令官の陰謀の巻
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 つかつかと億十郎は、床にへたばっている、司令官の一人に近づいた。司令官は、恐怖の表情で億十郎を見上げる。

 今、億十郎は怒りの権化となっていた。他人から、億十郎が怒りに駆られると、仁王のように見えると指摘される。恐らく、今の自分は、仁王どころか、閻魔大王のような、怒りの表情を浮かべているのだ。

 片腕を伸ばし、むんずと司令官の胸元を掴む。そのまま、ぐいっと片腕一本で、司令官の身体を軽々と宙に吊り下げた。

 驚くべき膂力! いくら億十郎が相撲取りのような体格で、腕力が強くとも、男一人を腕一本で、軽々と吊り上げるなど、とうてい不可能だ。

 普通では。

 今、億十郎は、普通ではなくなっている。〝戦略大戦世界〟に転げ落ちてから、億十郎の身体には異変が生じていた。

 怒りが込み上げると、このように、超人的な力が発揮できるのだ。

「清洲屋のお蘭は、どこにおるっ! 江戸から攫ってきた娘たちの居所を、すぐさま正直に申せ!」

 片腕一本で吊り上げたまま、億十郎は咆哮していた。億十郎の喚き声は、わんわんと通路に響き渡る。吊り上げられた司令官は、脂汗を顔から噴き出し、目を吊り上げて恐怖に耐えていた。

「し……知らん……っ! 俺は、二十六号司令官に招集されただけで、計画の細部は知らされていないんだ……。江戸仮想現実から連れられた娘たちなど、どこにいるのか、まるっきり知らないんだ……!」

 億十郎の表情を見て、司令官は慌てて言葉を継いだ。

「本当だっ! 俺の胸の番号を見ろ!」

 司令官の胸には、「38」という番号が縫い取られてあった。

「な、番号が新しいだろう? 二十六号司令官が〝ロスト〟したのは半年前。俺が〝ロスト〟したのは、たった三日前だ。計画を推し進めたのは、二十六号で、俺は何も関知していない」

 理恵太が一歩、前へ踏み出した。億十郎に叫ぶ。

「どうやら、三十八号司令官は、嘘を言っていないようね。それなら、中央指揮室に行きましょう。そこなら、二十六号司令官がいるはずよ」

「むう!」と一声唸って、億十郎は掴み上げた三十八号司令官を掴んだ手を離した。三十八号司令官は、ずるずると床に崩れ落ち、青ざめた顔で首を撫でる。

 億十郎を見上げ、不思議そうに尋ねる。

「しかし、お前は、いったい何者だ? 江戸仮想現実のNPCとは、信じられない。俺たちと同じ【遊客】と同じと聞かされたが、お前の能力は【遊客】の許容範囲を、軽く超えているぞ!」

 億十郎は、不機嫌に答えた。

「知らぬ! 俺は、ただの八州廻りで、五十俵三人扶持を頂く、御家人に過ぎぬ」

 用心深く、三十八号司令官は質問を重ねた。

「いったい、どうやって〝戦略大戦世界〟へ、やってきたのだ? 普通、他の仮想現実の境界を越えるのは、NPCには絶対に無理な話だ。越えた途端、アイディンティティ喪失を来してしまい、データが消滅する。それができるのは、【遊客】のみなのに……」

 アイリータが口を挟んだ。

「それじゃ、江戸から誘拐されたNPCは、どうなの? こっちへ攫われた瞬間、消滅してしまうのじゃないの?」

 三十八号司令官は肩を竦め、誇らしげに笑った。

「そこが、二十六号司令官の天才的なところだ。奴は、境界を越えるため、娘たちを意識喪失にさせた。それなら、アイディンティティ喪失の危険はゼロで、無事に境界を越えられる」

 アイリータと、理恵太は顔を見合わせ、同時に呟いた。

「それじゃ、見つけ出して救出しても、どうやって江戸に戻すのよ!」

 口に出してから、お互い同じ台詞を口にしたことに気付き「あっ!」と同時に口を押さえた。

 全く気が合う二人だ。

 億十郎は苛々と忠告した。

「その心配は、救出してからでも、良かろう。まずは、指揮室とやらに参り、総ての元凶である二十六号司令官を見つけ出すのが肝要では?」

 言われて、二人も頷いた。

「行きましょう。指揮所は、ほとんど同じ設計になっているから、ここでも同じ場所にあるはずよ」

 アイリータが口に出し、理恵太が歩き出す。

「それじゃ、行くわよ! あたしだって、先週まではこっちで生活していたんだから、場所は判るわ!」

 理恵太の後に続こうと億十郎が歩き出すと、さっきの三十八号司令官が慌てて立ち上がった。

「待ってくれ! 確認したい」

 アイリータが鋭く振り返る。

「何よ、確認って?」

 立ち上がった三十八号司令官の背後に、他の司令官もよろよろと立ち上がった。全員、すっかり戦意を喪失している。

「そっちがアイリータ大尉だな。さっきの放送は本当なのか? 二十六号司令官が江戸仮想現実から、NPCを大量に誘拐したという話は?」

 アイリータは顔を真っ赤に染めて叫ぶ。

「さっきから、あたしが何度も言ってたでしょう? 何を聞いていたのよっ!」

 司令官たちはお互いの顔を見合わせた。

 億十郎は今になって気付いたのだが、司令官の胸にある番号は、さっきの三十八号を筆頭に、全員が三十番台の後半である。つまり、分裂した時期が新しい。

 三十八号司令官は、おずおずと答えた。

「済まん。なにしろ、俺たちが聞かされている話と、あまりに違いすぎるので……。二十六号司令官の話では、江戸NPCたちは皆、同意の上で、こちらに連れて来られたと説明されたのだ。同意があれば、仮想現実倫理監視機構も、口出しはできんからな」

 億十郎は、ぐっと司令官たちを睨みつけた。視線が合うと、司令官たちはそそくさと視線を逸らし、怯えた表情を見せる。

「もし同意の上と申すなら、なぜ、娘たちを隠す? おかしいではないか! さらには、一般兵士たちにも秘密にして、計画を推し進めているようではないか。明らかに二十六号司令官と申す輩は、嘘をついて御座る!」

 司令官たちは、億十郎の追及に、たちまち顔を赤らめさせた。

 三十八号司令官が、苦しそうな表情になって弁解する。

「し、しかし……二十六号司令官は、俺たちと全く同じ【遊客】だ! 俺たちと同じく、〝戦略大戦世界〟を愛している! その二十六号司令官が、〝戦略大戦世界〟を窮地に陥れるような計画を、進めるわけがない!」

 億十郎は笑い声を上げた。しかし、欠片ほども、おかしみは湧いてこなかった。

「そうかな? さっき聞いた話では、二十六号司令官は分裂してすでに半年以上、こちらで過ごしていると申す。お手前が分裂したのは三日前。つまり、半年近くの差がある。本当に、頭の天辺から、足の爪先まで、すべて同じと、強弁できるのかな?」

 三十八号司令官は、億十郎の指摘に黙り込んでしまった。

 億十郎はアイリータと、理恵太を急かした。

「参ろう。とんだ時間を食った!」

 大股に歩き出した億十郎は、曲がり角を通り抜ける直前、ちらりと背後を振り返った。

 通路で、司令官たちは、疑惑の表情で、お互いの顔を覗き込んでいた。

 顔には「本当にこいつらは、俺の分身だろうか?」という表情が浮かんでいた。

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