七
全力で駈け、あっという間に全速力になる。びゅうびゅうと、億十郎の耳朶を、風きり音が打つ。
角に全身を曝す寸前、億十郎は床を蹴り、飛び上がった。
ちらと確認すると、銃口が慌ててこちらを向く。だだだだっ、と連続音が響き、銃弾が送り込まれるが、とっくに億十郎の身体は、前方の壁に殺到していた。
空中で身を捻り、億十郎は壁に着地する。
ぐっと両脚に力を込め、億十郎は壁を蹴った。
銃弾が宙を切り裂き、億十郎の着地した壁を抉ってゆく。
その時、億十郎は、奇妙奇天烈な感覚を憶えた。ぴーんと、全身の感覚が張りつめ、一瞬、一瞬が意識される。
見よ!
空中を射出された、機関銃の銃弾が億十郎には、一つ一つ、はっきりと見て取れた。
面相筆の、穂先のような形をした、金属製の弾丸が、空中を飛行するのが、克明に観察できる。弾丸は一寸ほどもあり、億十郎に与えられた借り物の知識では、戦車の鉄板を貫き通すほどの威力を持つ。狭い室内で使用するには、大袈裟すぎる武力である。
弾丸の前方は、空気が圧縮され、後方で拡散される。そのため、微かな陽炎のような揺らめきが、億十郎には見えていた。
億十郎の時間感覚は引き伸ばされている。したがって、総ての事象が、ゆっくりと見て取れた。
これも【遊客】の特殊能力なのか?
驚きと共に、億十郎には、なぜか「当然」という感情もあった。
再び億十郎は身を捻って、次の行動に備える。ほとんど横倒しの姿勢で、億十郎は床を滑った。
今度は、手に握った銃弾を指先に送り込む。
滑り込んだまま前方を確認すると、巨大な機関銃に取り付いた司令官たちが、空ろな表情のまま、凍り付いていた。無論、億十郎の感覚が引き伸ばされているので、一瞬が凍り付いて見えているのだ。
親指に力を込め、億十郎は銃弾を弾いた。
指弾である。
通常は小石や、団栗などの木の実を使うが、金属製で重みがある銃弾ならば、威力は倍増する。
床を滑りながら、億十郎は手にした銃弾を、悉く弾き終えた。
その時、億十郎の時間感覚が通常に戻った。
がががががっ!
びしっ!
ぐわああっ!
銃撃の音と、億十郎の送り込んだ指弾の音、司令官たちの悲鳴が一度に混じり合って耳に届いていた。
億十郎は立ち上がり、大刀を抜き放った。
ささささっ、と早足を使って接近すると、渾身の力で振り下ろす。
ぐわっ、と手応えがあって、ぐわらっ! と、大仰な音が響く。
呆然と、司令官が億十郎の顔を見上げていた。
手には小銃を構えている。
が、小銃の機関部ほどから、銃は真っ二つに切断されていた。銃を構えていた司令官の右腕も、関節の辺りから、断ち切られていた。
億十郎が振り下ろした刀が、鋼鉄の銃を切断してしまったのである。
どっと、切断された司令官の右腕から、鮮血が床に噴出する。
うわあああああ──っ!
絶叫を上げ、司令官は右腕を押さえ、その場で床に転げ回った。
他にもその場には、司令官がいた。全員、億十郎の弾いた指弾によって、身体のあちこちを抉られ、苦痛に呻いている。
どやどやと足音が背後から近づき、振り向いた億十郎の視界に理恵太と、アイリータが目に入った。
アイリータは、床に転がった銃を見て、驚愕の表情になった。
「あんた、何をしたの?」
億十郎は、やっと我に返った。
自分は何をしたのであろう?
手にした刀を見詰める。億十郎の刀は、確かに惚れ惚れするほどの剛刀であるが、鋼鉄を斬撃するほどのものではない。
鋼鉄を切断したのに、億十郎の刀には、相変わらず刃毀れ一つ、見当たらない。天井からの冷たい光を受け、青白い刀身を見せている。
自分は、どうなっているのだろう?
億十郎は呆然と、立ち竦んでいた。




