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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第二回 大黒億十郎お蘭失踪を知り、動き出すの巻
8/90

 手近の百姓に、海面に浮いている「虚ろ舟」の後始末を頼み、億十郎は【遊客】の女と歩き出した。

 後始末といっても、引き上げるわけにはいかない。簡単に動かせるような舟ではないのだ。

 しかし、放り出すわけにもゆかない。そこで、億十郎は詳細を書き記した書状をしたため、清洲屋からの書状を届けた飛脚に持たせ、郡代屋敷に走らせたのである。

「理恵太殿。あの舟は、もう動き申さぬのか?」

 歩きながら億十郎は女に話し掛けた。「理恵太」と呼びかけたのは、女の本名である「アイリータ・マクドナルド」という発音が、どうにもできず、仕方なく「理恵太」という呼びかけにしたのだ。女は億十郎の呼びかけに、頷いた。

「ええ。何しろ、エンジンが水を被っちゃったから。本格的な整備工場がなければ、修理は無理ね。こちらで、ジェット・エンジンを修理できる場所があるとは、思えないから」

 理恵太の説明は、相変わらず億十郎には、さっぱり理解不能である。それでも「虚ろ舟」が動かない状況は、判った。

「それで、お主の故郷とは、どのような所なので御座るか? あの飛ぶ舟で、参ったので御座ろう? 理恵太殿は、あの舟がないと、戻れないと察するが?」

 理恵太はどう説明しようか、迷っているようで、しばらく黙って歩いていた。

「帰れないという推理は、当たり。でも、F22……ああ、あなたの言い方で『虚ろ舟』ね。舟が動かないから帰れないわけではないのよ。あなたは、あたしを【遊客】と思っているのでしょう?」

 億十郎は頷いた。

「然り。拙者は江戸において、何度も【遊客】の方々と出会っており申す。その経験から見て、そこもとを【遊客】と推察したので御座る」

 億十郎は江戸で出会った【遊客】たちの姿を思い浮かべた。

 どれもド派手な衣装を身に纏い、開けっ広げな物腰が特徴だが、はっきりと判るのは、例外なく圧倒的な気迫カリスマである。

 黙っているだけでも、辺りに発散する【遊客】の気力は、億十郎のように剣術の修行を重ねた侍でも、気圧されそうになる。

 理恵太もまた、同じような気迫を発散させている。

「代表者に会わせなさい!」と理恵太に命令された瞬間、億十郎の背筋に寒気すら感じさせた。

【遊客】の命令に抗するのは、実に気力を振り絞る必要があるのだ。

「あたしは、こちらに事故で辿り着いてしまったの。こちらは、あたしの本来いるべき世界ではないのよ。帰るための必要な手続きが、こちらでは、うまく働かないの。だから、こちらの世界を管理する代表者に会って、特殊な〝門〟を開いて貰わないと……」

 億十郎は理恵太の説明に、首を捻った。

「こちらの世界の代表者とは、どなたで御座る? 江戸を支配するのは勿体無くも大樹様――征夷大将軍様で御座るが……まさか!」

 理恵太は億十郎を流し目で見た。軽く、口の端を持ち上げた皮肉な笑みを浮かべる。

「そうよ。その征夷大将軍に、あたしは会う必要があるの。確か、その人が、江戸を創設したはずよね?」

 声もなく、億十郎はぱくぱくと口を開閉させるだけだった。

 ようやく、声を振り絞る。

「無理で御座る! 拙者は御家人に過ぎず、御目見の資格は持ち合わせぬ。たとえ、御目見以上としても、そう軽々に将軍に拝謁でき申さぬ! 将軍に拝謁できるのは、限られた重職の人間で御座る! 将軍のお側でお世話申し上げる、小姓にも知り合いは御座らん。諦めて貰いたい!」

 理恵太は「ふっ」と軽く笑った。

「あたしも無茶だとは判っている。でも、何とかしないと、あたしはこの江戸世界で立ち往生してしまう。考えなさい! あなたなら、この江戸世界について、あたしよりずーっと詳しいはずよ!」

 はっきりとした命令口調に、億十郎は必死に頭を振り絞った。【遊客】が本気で命令を下せば、億十郎には拒否できない。

 やがて、朧な記憶から浮かび上がったのは、江戸ではほとんど省みられない、ある職についての記憶だった。

 遠国奉行である。

 幕府には、京都町奉行・大坂町奉行・駿府町奉行の各町奉行と伏見奉行・佐渡奉行・長崎奉行・堺奉行・山田奉行・奈良奉行・日光奉行・浦賀奉行・下田奉行・新潟奉行・箱館奉行・神奈川奉行・兵庫奉行の遠国奉行が配置されている。時系列では、本来存在し得ない奉行もいるのだが、江戸が創設されたときに、一緒くたにされてしまっている。

 しかし各奉行は名前のみで、実際に遠国に配置されているのは、京都、大坂、駿府、日光、山田のみである。

 他の奉行は名前だけ存在している。なぜなら対応する土地が無いからだ。江戸のほか、大坂、京都などは存在するが、他の土地はどこにもない。だから、名前のみなのだ。

〝もう一つの江戸〟には、それらの奉行はちゃんと機能していたらしいが、億十郎の知る江戸には名前のみである。

〝もう一つの江戸〟──。それは江戸に入府する【遊客】たちの話から浮かび上がってきた江戸である。何でも〝もう一つの江戸〟は、億十郎の生きる江戸とほとんど同じだが、【遊客】たちの話では、色々と違いがあるらしい。

 その中の長崎奉行は、特殊な部門を抱えている。

 外国奉行である。

 江戸に入府する【遊客】の中で、外国人【遊客】を対応するため新設された役職で、長崎奉行の配下にある。こればかりは、名前のみではなく、実際の業務を行っている。浦賀奉行・下田奉行・新潟奉行・函館奉行も外国人に対応する役職だが、幾つもの奉行が同じ役回りをしては、不都合だとして、長崎奉行に一本化されている。

 その際、江戸詰めの函館奉行が、外国掛かりとして長崎奉行に配置され、名前も外国奉行と変更になっている。

 億十郎は理恵太を見た。

 輝く金髪、青い瞳。明らかに、外国人だ。外国奉行は、外国人【遊客】の問題を解決するため存在する。

 億十郎は「これで、理恵太を厄介払いできる」と密かに喜んだ。正直、【遊客】の問題に関わるのは、願い下げである。外国奉行の役人に下駄を預けられるなら、そのほうが良い。

 他に億十郎には、胸にずっしりと居座る不安の種があるからだ。言うまでも無く、清洲屋お蘭の神隠しである。

 江戸に帰ったら、すぐに理恵太を長崎奉行に押し付け、清洲屋に出向こう。

 八州廻りの億十郎が出娑張るのは筋違いと言われるかもしれないが、何とか自分の手でお蘭を探し出せないか、方策を考える必要がある。

 億十郎は江戸に向かう足に、力を込めた。

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