三
走りながら、アイリータは通話装置らしき小型の絡繰を取り出した。蓋を開き、喚くように、早口で命令を下す。
「こちらアイリータ大尉! 全戦闘部署へ通達! 司令官たちは、他の仮想現実からNPCを拉致して、NPC兵士を招集する計画を企んでいる! 他の仮想現実からの、NPC拉致は、明白な犯罪と認められる。これ以降、全司令官の命令は総て無効とされ、従う者は、再接続禁止の処分を受けるだろう。繰り返す! 司令官の命令に従ってはいけない! 見つけ次第、司令官の身柄を拘束し、武装解除せよ!」
アイリータが絡繰を服に仕舞い込むと、通路から同じ声が、わんわんと響いてくる。通路から響くアイリータの声は、同じ内容を、何度も繰り返した。
億十郎をちらっと見て、アイリータは説明した。
「録音して、繰り返し再生させたから、もう誰も司令官の命令に服す人間は、一人もいなくなるでしょうね。ああ、さっぱりした!」
億十郎は叫び返した。
「何が、さっぱりしたので御座る?」
アイリータは走りながら、「あははは!」と甲高い笑い声を上げた。
「近ごろ、あたしも司令官の命令はおかしいと、首を傾げていたのよ! まったく逆の命令が、続けざまに下されるのも珍しくないし、抗議すると『上官に反抗する気か?』と遣り返されるしね。いつか、公然と反旗を翻したいと思っていたのは、あたし一人だけじゃなかったはずよ!」
億十郎も笑った。
「船頭多くして、舟、山に登ると諺にも御座る! やはり、同じ大将が何人もいるのは、不都合であると危惧した通りで御座る!」
アイリータが先頭に立って、通路を走る。
やがて通路は行き止まりとなり、鋼鉄製の扉が見えてきた。アイリータは扉の取っ手を掴み、ぐいと引き開けた。
扉を開けた先は、非常階段になっていた。
アイリータが億十郎らを振り返り、叫んだ。
「昇降機は使えないわ! 多分、司令官が電源を遮断しているはずだから!」
億十郎たちは、狭い階段を、猛然と駆け登った。階段は鉄製で、足音が、ぐわんぐわんと空ろに響いた。
気が急いていると見え、アイリータは階段を二段飛ばしに駆け上がる。億十郎も負けずと、全力を振り絞った。ちらと背後を振り返ると、理恵太も顔を真っ赤にさせて、億十郎に従いてきていた。
十階分を、億十郎たちは一気に駆け上がった。さすがに、最後の段を上る頃には、億十郎も息が上がったが、精一杯の力で登った。
「こ……ここから……地上へ出られるわ……」
途切れ途切れに、アイリータが説明した。髪を振り乱し、頬を真っ赤に染めている。さすがに【遊客】でも、この強行軍は骨身に応えている。
外に出ると、相変わらず重苦しい曇天に、見渡す限りの曠野が広がっている。文字通り、草木の一本すらも見当たらない、茶褐色の大地である。あちこち、爆撃された跡があって、地面は凸凹している。
鉄条網や、遺棄された高射砲、動かなくなった戦車の残骸、墜落した飛行機の骨組み。目にするだけで、寒気を憶える荒廃しきった景色であった。
こんな場所に、江戸から娘たちを誘拐し、さらには子供を産ませ、兵士に仕立て上げようとしていたのか!
改めて、怒りが込み上げる。
一刻も早く娘たちを救出し、江戸へと送り届けなければならぬ!
「アイリータ殿! 第四指揮所とは、どの辺りで御座るか?」
アイリータは伸び上がるようにして、遠くを指差した。指差した方向を見ると、ごつごつとした丘の頂上近くに、ぽつんと平べったい形の建物が見えた。




