表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第二回 大黒億十郎お蘭失踪を知り、動き出すの巻
7/90

 億十郎が本気を出して走り出すと、相当の速度が出る。体格の割りに足が長く、あまり頭を上下させない、独特の走り方で駈けて行く。

 後から源三や、足軽たちが慌てて追いかける。だが、飛ぶように走る億十郎には、てんで追いつけない。

 ばしゃばしゃと億十郎の足先が波打ち際に辿り着いたとき、源三が大声を上げた。

「億十郎様! 刀をっ!」

「あっ!」と億十郎は振り向き、腰の両刀を鞘ごと抜くと、駈けて来る源三に向かって放り投げる。源三は危うく、億十郎の刀を受け止めた。

 目指す飛翔体は、波打ち際から離れた場所に浮かんでいる。そのまま億十郎が、海水に浸かると、当然、腰の大小も濡れてしまう。そうなると、後が大変だ。

 完全に両刀を分解し、隅々まで掃除して、浸入した水を乾かさないと、あっという間に錆びる。億十郎は柄袋を、面倒がって装着していないからだ。

 億十郎は腰まで水に浸かり、ぐいぐいと波を押し分けるようにして、浮かんでいる〝何か〟に近づいた。

 まさしく「何か」としか形容のしようがない。億十郎の語彙には、それを的確に言い表す言葉がなかった。

 強いて言えば「うつろ舟」とも名付けられそうである。

 全体は鳥のような翼を持ち、つるりとした流線型をしていた。上半分はギヤマンのような半球の天蓋が被さっている。舟のような形で、内部が虚ろになっているから「虚ろ舟」である。下半分は完全に水没し、ぷかぷかと浮いていた。

 虚ろ舟にじ登り、億十郎は透明な天蓋を覗き込んだ。

「人がおるぞ! 女じゃ!」

 億十郎は身体を捻じり、波打ち際に勢揃いしている、足軽、道案内たちに叫ぶ。全員、億十郎の言葉に、我に帰って慌てて水に入ってくる。

 もう一度、億十郎は天蓋を覗き込んだ。

 女が一人、顔を仰向け、目を閉じていた。

 顔立ちから女と判断したが、身に着けている衣装は、まるで見慣れぬものである。

 身体にぴったりとまといつくような薄手の生地の着物……いや、着物であろうか?

 襟は首許をぴったりと覆い、縫い目が見えない。表面は金属のように、きらきらと光を反射している。

 両手両足の形にきっちりと縫い合わされ、一見すると作務衣のように見える。身体の線がはっきりと判るため、胸の膨らみが驚くほど見て取れる。まるで裸同然だ。

「まず、着る物を用意せぬとならぬな」と、億十郎は心の中に書きとめた。

 頭部は、丸い兜に半分ほど覆われている。兜に覆われていない女の肌は、抜けるように白かった。肌の白い女は、これまで数多く見てきたが、この女の肌の白さは別格だ。

 億十郎は女の顔をしげしげと見て、眉がほとんど見えないのに気付いた。いや、眉はきちんとあるが、色が薄い。よく見ると眉の毛は、金色に光っている。閉じた睫も金色だ。

 ぱちぱちと女は目をまたたかせた。

 億十郎は、思わず仰け反っていた。

 女の瞳が青い! 空の青さを、そのまま映し出すような澄んだ水色である。

 目を覚ました女は、自分を覗き込んでいる億十郎に気付いたらしい。

 一瞬ぎくりと、強張った表情を浮かべた。それでも、億十郎の瞳に敵意がないのを認めたらしく、薄っすら笑みを浮かべた。

「*+>¥=&%$?」

 女は口を開き、何か喋った。が、女の言葉は、億十郎には一言も聞き取れなかった。

「何を言うておる? そちは異国とつくにのお人か?」

 億十郎は大声を上げた。

 不意に不安に襲われる。

 用心深く、尋ねた。

「もしや、切支丹伴天連きりしたんばてれんではあるまいな?」

 話に聞く、切支丹伴天連は、青い瞳の持ち主だという。

 女は天蓋の向こうで、微かに眉を顰める。

 手許が素早く動いた。

 と、思ったら、出し抜けに、舟の透明な天蓋が、ぱっくりと上へ開いていく。

「わっ!」と、億十郎は突然の変化に、思わず飛び退いた。そのまま、ざんぶと海面に滑り落ちてしまった。

「#*+>&%~$#!」

 またもや女は、訳の判らない言葉を発した。億十郎が完全に呆気に取られ、ポカンと口を開き放しになっているのを見て取った女は、ちょっと首を傾げ何かを待った。

 やがて、得心が行ったのか、ニッコリと輝くような笑みを浮かべた。

「どうやらランゲージ設定が、違っていたようね。これで通じるかしら?」

 滑らかな江戸言葉である。

 億十郎は、ぐっと恐怖を堪え、質問した。

「そこもとは、何者じゃ? 天から落ちてくるとは、天女であるか? それとも、よもや妖怪変化の類ではなかろうな?」

 女は億十郎の様子を、じっと観察しているようだった。女の視線が、億十郎の全身を仔細に見て取っている。

 女は一つ頷いた。

「ここは、もしかして江戸仮想現実かしら?」

 またまた女の言葉は、億十郎には珍粉漢粉である。

「何を申しておるのじゃ? さっぱり判らんぞ! 拙者の判るように、話せ!」

 億十郎を見詰める女の目が、驚きに大きく見開かれた。はっと両手で顔を押さえる。

「ああっ! あなた、NPCノンプレイヤーキャラクターなのね! それじゃ、あたしの言葉が理解できないのも、無理はないわ! 御免なさい」

 女は虚ろ舟に手を掛け、立ち上がった。素早い動きで、座っていた場所から、海面にざばりと両足を降ろす。

 再び億十郎は驚きに撃たれていた。女の背丈に、驚いたのである。

 億十郎は身長六尺あまり。江戸では、自分より背の高い者は、ほとんど目にしない。例外は【遊客】であるが、それでも自分より背の高い人間は珍しかった。

 女は明らかに億十郎と、同じほどの背丈があった。向き合うと、目の高さが同じであった。

 女は億十郎を完全に無視し、辺りの様子を確かめている。視線がぼけっと立ち並んでいる億十郎の手下たちから、遠くの山並み、畑、人家と移ってゆく。

 ふっと女は軽く息を吐いた。

「確かに、ここは仮想現実の江戸らしいわね。見事な考証だわ。噂では聞いていたけど、これほど臨場感たっぷりに再現しているとは、正直なところ、思わなかった」

 女は両手を挙げ、頭を覆っている兜に手を掛けた。ぐい、と引き抜くように兜を脱ぐ。

「おおっ!」という驚きの声が、億十郎と、背後に怖々と控えている源三、足軽、道案内から上がる。

 兜に隠れた、女の頭髪が顕わになったのである。見事な金髪であった。

 女は億十郎を真っ直ぐに見詰めた。

「あたしの名前は、アイリータ・マクドナルド。身分は、アメリカ空軍F22ラプター飛行隊小隊長。階級は大尉です。あなたがたの代表者に会わせなさい!」

 有無を言わせぬ、命令口調である。女の命令に、億十郎は思わず背筋が伸びる思いを味わっていた。しかし大尉とは……。宮中の衛門府に所属しているわけではあるまいに。

 その時、不意に億十郎には、女の正体が、はっきりと判った。

 女は【遊客】なのだ!

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ