六
どさり、と億十郎の身体は、地面の窪みに飛び込んだ。そのすぐ後から、理恵太の身体が飛び込んでくる。
呆然と突っ立っている億十郎の頭を、理恵太は「頭を下げてっ!」と命令して、ぐいっと押し下げた。
さっと両側を見渡すと、地面は長々と空堀のようになっている。
見慣れぬ服装の男女が、億十郎をポカンとした目付きで見ていた。皆、手に手に、鋼でできた、武器を持っている。
長銃であるらしいが、億十郎の知っている種子島銃とは、似ても似つかない。男女は、頭に、丸い兜を被っていた。
「*+¥&%$#?」
男の一人が、訳の判らない言葉で、何か喚いている。最初に、理恵太が口にした言葉と、響きは似ていた。
理恵太が、同じような響きの言葉を口にした。理恵太の返答に、話し掛けた男は、あんぐりと大口を開け、驚きの表情を浮かべていた。
億十郎は眉を顰め、理恵太に尋ねる。
「何と仰ったのか、拙者にも判るよう、通辞をお願い致したいのだが」
理恵太は「ああ!」と、一人で合点する。
「ランゲージ設定しないと、判らないわね。あんたも、ここの言葉に合わせれば、通じるようになるわよ」
「ら、乱下……? 良く判りかねる」
理恵太は曖昧に手を彷徨わせた。
「ここでは、英語が共通語になっているの。あんただって【遊客】なんだから、仮想現実の言語サービスを利用できるわよ。試して御覧なさい。意識をここの言葉に調整するの」
億十郎は、首を振った。
「そのような術、拙者は会得しておらぬ!」
「やるのよっ!」
それ以上は説明しようとせず、理恵太は高々と命令した。億十郎はどうして良いのか判らず、ただ周りで交わされている会話に耳を傾けた。
何を話し合っているのだろう……。
全員、口調は真剣で、何やら報告をし合っているようだが……。
その内、億十郎の意識が周りの会話にぴったりと合わさった感覚があった。これが理恵太の言う「乱下維持設定」というものか?
「敵機甲部隊、接近中。平均時速、七十キロで移動中。主力はM1エイブラムズ。兵員輸送車、多数! 対戦車地雷は、効果なし!」
「爆撃機北上中! 味方の飛行中隊は迎撃出撃を完了! 遭遇予定、三分後!」
「通信線、回復せず! 復旧部隊、工兵援護のため、歩兵小隊を派遣せよ!」
次々と、早口の命令が交錯している。皆、手に黒光りする棒を掴み、それに怒鳴っていた。
だが、相手の姿は見えない。殺気立っているのは判るが、状況は、さっぱり理解できない。
億十郎は、隣の理恵太を盗み見た。
理恵太はちゃんと理解できているらしい。油断ない動きで、周囲の状況を探っていた。
「理恵太殿」
億十郎が話しかけると、理恵太はさっと振り向いた。
「何よっ?」
「ここは、いったい、どのような場所で御座る? 理恵太殿は、すっかり承知いたしておるようだが……」
億十郎の質問に、理恵太は、にやっと笑いを浮かべた。億十郎が初めて見る、理恵太の自信たっぷりの表情であった。
「判りきっているわ。ここは〝戦略大戦世界〟よ!」
億十郎は目を剥いた。
「そ、それでは、もしや?」
「ええ」と理恵太は頷く。
「あたしが最初にいた、仮想現実。ここから、あたしは、あなた方の江戸世界へ転移してしまったわけ……」
呆気に取られている億十郎に、理恵太は皮肉たっぷりに言葉を添えた。
「ようこそ、永遠に続く戦場へ!」




