五
鳥居に身を躍らせた億十郎を、出し抜けの騒音が襲った。
百もの大太鼓を連打するような、腹の底に響く轟音に、億十郎は立ち竦んだ。
目の前を砦が動いている。砦は、どうやら鉄製らしい。四角ばった図体に、幾つもの鉄の輪が嵌まった帯が巻かれていた。
鉄の帯が地面を噛み、巨大な砦は土塊を弾き飛ばし、猛然と億十郎の目の前を通過して行く。
それが幾つも、目の届く限り、地平線近くまで埋め尽くされている。通過すると、激しく地面が揺れ、億十郎の鼻には、油を燃やすような、きつい匂いが漂ってくる。
鉄の城には、同じく鉄でできた筒がぐっと突き出し、空を睨んでいる。多分、大砲だろう。
大砲は、きりきりきりと金属が軋むような音を立て、天を仰いだ。
ずばあーん!
魂消るような大音量が轟き、砲口からぱっと橙色の炎と、真っ黒な煙が立ち昇る。
億十郎の鼻を、つんとした火薬の、金臭い匂いが襲う。
ずばあーん!
ひゅるるるるる……!
ずばっ、ずばあーん!
辺り一面、炸裂音と、砲撃音が満ちている。ずしずしと身体を揺する震動に、億十郎は、思わず蹲った。
ここは、戦場だ!
鳩尾が冷え冷えとなるような恐怖の中で、億十郎は確信した。億十郎が見知っている戦とは、まるで似ても似つかないが、ここは戦場であるとは、直感的に悟っていた。
ぐああああん……。
重々しい騒音が空から降ってくる。億十郎が顔を上げると、どんよりと曇った空を背景に、理恵太が乗ってきた「虚ろ舟」によく似た形の、鳥のような物体が、幾つも空に浮かんでいた。
億十郎の目には、ゆっくりとしか映っていない。だが、それは距離があるせいだ。恐らく、信じられない高速で移動しているのだ。
空を移動している「虚ろ舟」は、理恵太の乗ってきたものとは、少し形が違う。大きさも、遙に大きそうだ。
空に浮かぶ巨大な「虚ろ舟」の胴体から、ばらばらと細長い形の筒が吐き出された。
ひゅるるるるるる……。
神経に障る、甲高い音とともに、吐き出された筒は、地面に殺到する。億十郎は、本能的に危険を感じ、身をべったりと地面に伏せ、頭を抱えた。
ぐわっ!
熱い熱風と、震動が億十郎を襲った。熱風と震動は、数え切れないほどの地点で起きているらしい。億十郎の身体が、一瞬ふわりと持ち上がる。
どうしよう、どう行動すべきか?
億十郎は、完全に混乱していた。猫に睨まれた鼠同様、恐怖に逃げ出したい。だが、全身が硬直していて、身動き一つできない。
「来るのよっ! 何、ぼけっとしているの!」
甲高い声に、億十郎は顔を上げた。目の前に、理恵太の顔が近々とあった。周りでは、土煙と、硝煙が立ち込めている。
「理恵太殿……」
「早く、立ちなさいっ!」
理恵太はさっと手を伸ばすと、億十郎の手首を握る。ぐっと力を入れ、強引に億十郎を立たせた。
「こんな所に、いつまでもいられないわ! どこか安全な場所を見つけないと……」
理恵太は驚くべき怪力で、億十郎を引っ張り上げた。もちろん理恵太は【遊客】であるから、これくらいの力は当たり前である。
ぐいぐいと力強く、理恵太は億十郎を引っ張って走る。億十郎は、理恵太に手を取られ、呆然と付き従った。
まるで、母親に手を引かれる幼児である。
「そこに飛び込んでっ!」
理恵太は億十郎の背中に手を掛けると、思い切り突き飛ばした。
わあっ、と億十郎は叫んで、宙に身を躍らせる。