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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第十回 決戦! 筑波山天狗党の巻
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 辺りはどっぷりと霧に包まれ、木々はおぼろに霞んでいる。ちょっと身動きするだけで、水分が凝結し、億十郎は水中を歩いている気分になった。

 たちまち顔中にびっしりと水滴が溜まり、たらたらと顎の先に滴った。ともかく、霧のせいで、前がはっきりと見えない。これも、天狗党の結界かも知れぬ。

「そうだ。天狗党は、自由自在に天候を操れる。この前、突然の突風がお前を襲ったのも、同じ天狗党の仕掛けだ」

 億十郎の推測に、鴉は同意した。億十郎は手探りしながら歩く自分に焦れた。

「糞っ! これでは、足下もよく判らぬ。何か罠があっても、みすみす陥る危険がある」

 鴉は微かに笑った。

「忘れたか、億十郎。お主は【遊客】の能力を持っているのだぞ」

「それがどうした? 幾ら【遊客】といえど、この霧を見通す都合の良い術など、心得ているとは思われぬぞ!」

 苛立たしく億十郎が答えると、意外にも理恵太が口を挟んできた。

「大丈夫よ。赤外線視覚を利用しなさい。赤外線に視覚を合わせれば、この霧を見通せるようになるから」

「はあ?」

 億十郎は思わず問い返していた。

「せ、せ、赤外線……で、御座るか?」

 理恵太は力強く、答えた。

「そうよ。ともかく、この霧を何とか、見通したいと強く念じなさい!」

「ふむ。左様か……」

 言われて、億十郎は、目の前の霧をじっと睨みつけた。立ち込める霧を見通すために、瞬きもせず、前を睨む。

「おお!」

 不意に、億十郎の視界が晴れた。曇った鏡が、拭われたように、目の前の視界がはっきり、くっきりと見えてくる。

 霧の中に朧に影のように立っている木々の、枝の一本、葉の一枚にいたるまで、克明に見えていた。

「確かに、見え申す。しかし……」

 ぱちぱちと瞬きをして、思わず目を擦る。

「色が御座らんな。まるで、水墨画を見ているかのごとく……」

 理恵太を見て、億十郎はぎくりとなった。

 何と、理恵太の肌は、白く光り輝いている。

「理恵太殿、そ、そなたは……光って御座る! 何が起きているのだっ!」

 理恵太は、にっこりと笑いかける。

「赤外線で見ているからよ。赤外線というのは、波長の長い光で、主に熱源から放射されるの。あたしの肌は体温で温度が高くなっているから、より赤外線が放射されて、光って見えるのよ」

 億十郎は、鴉に顔を向けた。

「鴉よ。お主も、この不思議な術を会得しておるのか?」

 鴉は大儀そうに、答えた。

「ああ、最初に【遊客】の能力に目覚めたときに、気がついた。自分は暗闇でも見通せるとな。後で、知己になった【遊客】から詳しい理屈を教えて貰ったが、今でも根本的に理解できたとは言えぬ」

 億十郎は鴉に尋ねる。

「いかが致した、鴉。お主、よほど疲れておるようだぞ」

 鴉は脂汗を掻いて、決死の形相であった。顔色は、土気色に変わっている。

「心配するな! 天狗党の本拠は、すでに近づいておる。俺を心配するより、自分を心配しろ!」

 最後は、囁き声になっていた。喋り終わると、鴉はがくりと膝を折り、蹲った。

「鴉!」

 駆け寄ると、鴉は億十郎を見上げ、微かに笑いを浮かべた。

「どうも、いかぬ……。この前やって来た時より、結界は強く張られておるようだ……。さすがの俺も、ここまでが、限界か……」

 言い終わって、憤怒の表情になる。

「何をしておる! 俺など放っておいて、先に急げ! お主が結界を何とかしてくれぬと、俺はここで立ち往生せねばならぬ!」

 億十郎は静かに尋ねた。

「ここで待つ、と言うのだな」

「ああ、待つ。穏行に入って、お前が結界を消滅させるのを待つ! そうだ……」

 鴉は懐に手を入れ、拳銃を取り出した。

「これを使え。使い方は簡単だ。それに、これが予備の弾だ。何かと役に立つだろう」

 拳銃を渡され、億十郎は首を振った。

「それはいかぬ! これがなければ、お主は自分の身を守れないであろう?」

 億十郎の言葉に、鴉は反抗的な目付きになった。

「馬鹿にするでない! 俺はこれでも、雑賀忍者だぞ! このような窮地には、忍者の作法というのがあるのだ! ともかく、拳銃は持って行け」

 鴉は口を閉ざすと、目を閉じ、その場で結跏趺坐けっかふざの姿勢になった。呼吸はゆっくりになり、微動だにしない。恐らく、忍者の絶体絶命に陥ったときの心得なのだろう。穏行は完璧で、完全に気配を殺していた。

 億十郎は理恵太と顔を合わせ、頷いた。

「参ろう。鴉の申すとおり、ここは拙者たちが結界を何とかせねば……」

 歩き出して、しばらくして理恵太が声を掛けてきた。

「億十郎。その拳銃を渡しなさい」

「何と申された?」

 驚いて聞き返すと、理恵太は自信たっぷりに答える。

「その拳銃、あんたが持つより、あたしが持ったほうが役に立つわ。あたしは〝戦略大戦世界〟で、銃の正式な訓練を受けているもの!」

「し、しかし……!」

 理恵太の態度は、嘘を言っているようではなかった。だが、億十郎は、女が銃のような武器を持つ事態を、まるで想定していなかった。

「あんたが持っていたって、無用の長物だわ。第一、撃ち方を知っているの?」

 億十郎は憤然となった。

「当たり前で御座る! これ、この部分を引けばよろしいので御座ろう?」

 億十郎は拳銃を握り締め、鉤金ひきがねに指を入れた。

「じゃあ、撃って御覧なさいよ!」

 理恵太が挑発的に叫ぶ。

 むっとなって、億十郎は拳銃を構え、鉤金を引き絞った。

 あっ! 銃声を聞かれる! と思ったが、遅かった。すでに億十郎は、満身の力を指先に込めていた。

 しかし、銃は撃発しなかった。

 鉤金そのものが、びくりとも動かなかったのである。

「ほうら! 安全装置が掛かったままでしょう! 寄越しなさいよ!」

 呆然となっている億十郎の手から、理恵太は易々と拳銃を奪った。

 理恵太は鉤金から指を外したまま拳銃を握り、仔細に観察しているようだった。

「ふーん、スミスウエッソンの38口径、ダブル・アクション。手入れはできているらしいから、まあ安心でしょう。本当は22口径のほうが扱いやすいんだけど」

 ぶつぶつ呟きながら、さっと銃を握って狙いをつける。右腕を伸ばし、左手で支える。理恵太の姿勢は、億十郎には充分に手馴れて、自分が何をしているのか、完璧に承知しているようだった。

 理恵太は銃を帯に差し、手を伸ばした。

「さあ、予備の弾も渡すのよ!」

 高々と命令する理恵太に、億十郎は黙って鴉の寄越してくれた予備弾を手渡した。

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