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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第二回 大黒億十郎お蘭失踪を知り、動き出すの巻
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 億十郎が近づくと、ゆっくりと立ち上がり、無言で先導し始める。待っていたのはやとい足軽二人と、道案内である。

 道案内は文字通り、現地に詳しい先導役だ。雇足軽は億十郎とすっかり馴染みで、億十郎も細かい礼儀など気にしない性格だから、改まった挨拶もほとんどしない。

 一行が歩いているのは、上総国は袖ヶ浦近くの、代宿という村である。半農半漁の村で、廻りの田畑は、すでに刈り取りが終わって、稲藁が束となって、あちこちに積まれている。

 右手に山肌が迫り、左手に遠く海が見えている。その間の平地を、細く田畑が丹念に耕され、江戸の町とはまるっきり違う、平穏さが溢れている。遠くで野焼きをしているのか、薄い煙が棚引いている。

 八州廻りの役目は、主に博打の取締りと、無宿人捕縛である。関八州は、江戸に近く、江戸を追われた犯罪人が逃げ込みやすい。幕府直轄領、私領が入り組んでいるせいだ。

 八州廻りは、幕府直轄領、私領の区別なく捜査を行う権限を持っている。ただし、御三家の一つ、水戸家中だけは例外である。

「億十郎様、江戸に帰参なされば、ご婚礼で御座いますな」

 背後から従う源三が、のびやかな声を上げた。億十郎は「うむ」と背中で答える。

 清洲屋の娘、お蘭との婚儀は、億十郎が旅に出ている間に決まっていた。家同士の決めた相手で、億十郎はお蘭の顔もロクに知らない。しかし、御家人の婚儀は、たいていそんなものだから、億十郎に不満はない。

 ないどころか、上役や同僚からは「大店おおだなの娘との婚儀とは羨ましい」とねたみの含んだ声も聞こえるほどだ。

 億十郎は一度だけだが、お蘭の顔を見ている。

 江戸に帰参した折、評定所に向かう途中、物陰から自分をうかがう視線を感じ、一瞬であったが、笠の隙間から娘の姿を見ていた。

 怯えた小動物のような視線が、印象的だった。年の頃、十七~八歳くらいか。ほっそりとした顔立ちに、目だけがくっきりと大きく、小鹿みたいだなと、思った。後であれが、清洲屋の娘、お蘭だと知った。

 二~三町ほど歩いて、道は海沿いに出た。海岸近くには風除けの松林が連なっている。

 のんびりと歩く億十郎の視線の先に、奇妙な乗り物が映った。

 細長い板の両側に、直径一尺ほどの車輪が嵌まっている。前輪からは棒が一本、立ち上がって、梶を取れるように横棒が出ている。

 乗り手は、板に片足を置き、もう片足を地面を蹴り上げ、がらがらと大仰な音を立て走行している。

 足蹴り木馬と呼ばれる乗り物である。慣れると、相当な速度が出て、馬の代わりに使用されている。【遊客】の発案による、乗り物だ。

 乗っているのは、飛脚だ。足蹴り木馬を使っている理由は、早飛脚だからだ。町飛脚ではないから、書状箱には鈴をつけていない。

 どうやら先方は、こちらを目指している。億十郎の姿を認め、飛脚はさらに蹴る力を強めた。

 がらがら、ごろごろと騒音を立て、飛脚は足蹴り木馬を億十郎の眼前で止めた。相当な長距離を走ってきた様子で、息を整えて礼儀正しく尋ねてくる。

「もしや、関東取締出役の、大黒億十郎様で御座いますか?」

 億十郎は無言で頷いた。

 江戸を出立する際に廻国する旅程を届け出ているから、こうして飛脚が「この場所で、これこれこういう風体の方をお探ししろ」と指示されれば、出会うのも不可能ではない。

 しかし早飛脚とは、いかにも唐突だ。億十郎は微かな不安を覚えていた。

「江戸の清洲屋から書状が届いております」

 飛脚は背負っていた書状箱を開け、一通の書状を手渡した。見事な手跡で、億十郎の宛先が書かれ、差出人は「清洲屋久兵衛」とあった。

 ぱらりと書状を開き、まず飛び込んできたのは「清洲屋娘お蘭神隠し」の文字だった。

 かっと、億十郎の頭に血が昇った。急いで書状の文字を追う。だが、さっぱり内容が頭に入ってこない。

 俄かな億十郎の態度の変化に、源三が緊張した様子を見せる。

 その時、雇足軽の一人が、さっと海の方向を指差した。

「あれは、何で御座いましょう?」

 書状から目を離し、億十郎は足軽の指差した方向を見上げた。

 抜けるような青空に、きらきらと日差しを反射する何かが浮かんでいる。材質は明らかに金属質で、灰色の硬質な光を放っていた。

 形は翼があり、鳥に似ている。が、鳥のような羽搏きはせず、空中を切り裂くように斜めに飛翔していた。

 その時、一同を甲高い笛のような音が包み込んだ。音は陰々と轟き渡り、億十郎は思わず両耳を抑えてしまった。明らかに、飛翔体から発している。

 が、飛翔体は、今や徐々に高度を下げている。落下しているのだ。飛翔体は、海岸を目指して猛烈な速度で接近している。

 遂に飛翔体は、海面に達していた。海面を、斜めに切り裂き、恐ろしいほどの水飛沫が上がる。

 億十郎は書状を懐に捻じ込み、走り出していた。

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