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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第九回 【遊客】能力発現の巻
59/90

 いきなり三味線と、小太鼓が馬鹿陽気な楽曲を奏で、億十郎は度肝を潰していた。

「億十郎様! さあさあ、上座が空いて御座る! ささ、ずず、ずいっと、前へお出でませ!」

 顔中満面の笑みを浮かべた幇間たいこが踊るような足取りで近づき、億十郎の手をぐっと握ると、無理矢理ぐいぐい座敷へと引っ張り込む。

「こ、これは、何としたことか? 鴉、確かにこれが〝暗闇験し〟なのか?」

 引っ張り込まれた座敷には、すでに白粉や紅を塗りたくった芸者が待ち構え、億十郎が足を踏み込んだ途端、わっとばかりに周囲を取り囲んだ。嬌声が弾け、咽せ返るような香の匂いに、億十郎は完全に虚脱していた。

「そうさ、これが〝暗闇験し〟の最初だ! 覚悟せよ、億十郎! お前が〝暗闇験し〟に耐え切れるかどうか、俺がしっかりと、二つの目で見届けてやる!」

 億十郎は両目をひん剥き、鴉を睨んだ。

「ば、馬鹿な! このような場が、試練とは絶対に思われぬ! 鴉! お主、拙者をからかっているのであろう?」

 鴉は天井を仰ぎ、かんらからからと甲高い笑い声を上げた。

 ちゃんかちゃんかと、軽薄な音曲の中、幇間、芸者が喧しく笑い転げ、億十郎を遊びの輪へ引っ張り込む。

 億十郎は腹立たしく幇間の手を振り払い、唸り声を上げて、どっかりと胡坐を掻いた。その横へ、鴉も座った。

 億十郎は眉間に怒りを湛え、鴉を睨みつけた。

「ふざけるのも、大概にせよ! 俺は忙しいのだ!」

 鴉は「まあまあ」と両手を挙げ、億十郎の肩をぽん、と叩いた。

「我慢しろ! もうすぐ、本番だ! お主がきっと〝暗闇験し〟に立ち向かうと予測して、俺はこの場を用意したのだ。このために、俺はわざわざ先回りしたのだぞ。俺の苦労を無駄にするな!」

 何か言いかけた億十郎の目の前に、さっきの幇間がぺたりと腰を下ろす。きっと睨むと、幇間はちょっと首を竦め、芸者たちに指を一本ひょいっと上げて、合図を送った。

 見ると、三人がかりで巨大な丹塗りの盃が運ばれてくる。直径三尺はあり、なみなみと酒らしき液体が湛えられていた。

 幇間が挑発するような声を上げた。

「さあさあ、大黒億十郎様! 男なら、この酒を一息に飲み干しなされ! 良いですかな、一息で御座いますぞ!」

「断る!」

 億十郎は、ぴしゃりと断言した。酒など呑んでいる場合ではない!

 しかし鴉は、首を横に振った。

「呑むのだ、億十郎! 呑まねば〝暗闇験し〟は始まらぬ!」

「何っ?」

 問い返すと、鴉はもう一度はっきり首を、今度は縦に振る。目には真剣な光が浮かんでいる。

 鴉の目に浮かんだ光に圧され、億十郎は差し出された大盃を見詰めた。満々と湛えられた液体は、灯りに照らされ、ゆらゆらと波紋を見せている。

 億十郎は両手を伸ばし、盃を受け取る。

 ぐっと腹に力を入れ、億十郎は盃を口に近付けた。ぷん、と酒の香りが鼻腔を満たす。

 実を言うと、億十郎は酒がそれほど強くはない。猪口一杯で、すぐに顔が真赤になってしまう。

 それゆえ酒席は、なるべく避けるようにしていた。鼻腔を満たす酒の匂いだけで、億十郎は完全に酔っ払った気がするほどであった。

 唇が盃に触れた。両腕に力を込め、億十郎は盃を持ち上げた。するすると液体が、口の中、一杯に入り込む。

 ぐびり……!

 億十郎は目を閉じ、飲み始めた。

 ぐびり、ぐびり、ぐびり……!

 息を継がず、億十郎は目を閉じたまま、盃を徐々に持ち上げてゆく。

 いつの間にか辺りは、しん、と静まり返っていた。全員が、息を呑み、億十郎が飲み干すのを待ち構えている気配である。

「ぷあ──っ!」

 ようやく飲み干した。億十郎は溜めていた息を吐き出し、大声を上げた。

「呑んだぞっ! 見たかっ?」

 わあーっ、と周りから、幇間、芸者たちが歓声を上げ、ぱちぱちぱちと拍手する。

 皆、笑顔の中、鴉だけが大真面目な顔つきを寸毫も崩さない。ただ、億十郎の顔を、穴の空くほど見詰めている。

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