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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第九回 【遊客】能力発現の巻
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「また常州か!」

 億十郎の廻村予定を受け取り、一瞥した留守役は、眉を顰めた。

「いったい、そう、しばしば常州廻りをするとは、どういう了見なのだ、億十郎?」

 億十郎は、あくまで素っ惚けている。

「別に。この前、廻村をしたので御座るが、ちと大急ぎで廻りすぎ、見落としがあるのに気付き、これではいかぬ! と思い直した次第で御座います」

「むむむ!」

 留守役は、どう言い聞かせようかと、口許をピクピクさせている。

 だが、あくまで億十郎が言い張る廻村予定に、表立ってケチをつけられず、結局は頷かざるを得ない。

 八州廻りの中には、廻村とは名目で、一箇所で十日も二十日も居座り、飲食、宿泊費のすべて逗留中の村に持たせる、などという輩もいる。

 だが、億十郎は、その点では清廉潔白を通している。だから、こんな場合、億十郎の主張を退けるのは、難しいのだ。

「と、とにかく、水戸様とは、何があっても、係わってはならぬぞ!」

 くどい……と、億十郎は思ったが、もちろん言葉には出さない。

「畏まって候」

 億十郎は、慇懃に辞去の礼をして、立ち上がった。

 評定所から外へ出ると、源三が待っていた。億十郎の横に、するりと並んで歩き出す。源三は、億十郎を見上げ、口を開いた。

「雇足軽、道案内の手配、つきまして御座います。億十郎様がいらっしゃれば、すぐに同道すると、返事がありました」

 億十郎は「うむ」と頷いた。源三は心配そうな顔つきになった。

「それにしても、今回の廻村、いつもより足軽、道案内の数、多くは御座いませぬか?」

 暗に、支払いのことを言っている。今回、億十郎は雇足軽四人、道案内三人という大人数を予定していた。それに億十郎、理恵太、源三の三人が加わるので、十人という大所帯になる。

「今回は、以前のような赤っ恥は掻きたくないからな。足軽や道案内には、後詰めを頼みたい。考慮の憂いなく、水戸天狗党と対峙したいと思っているのだ」

 道案内には、筑波山に詳しい人間を選んでいる。地元で山菜、薬草採りを副業にしている百姓が道案内になるので、筑波山攻略には最適と考えたのだ。

 億十郎の返答に、源三は一つ頷く。

「そういうおつもりなら、あっしは何も言えませぬ」

 だが億十郎は、どんなに大人数で繰り出しても、結局は自分自身が頼りだと思い始めていた。水戸天狗党が【遊客】の集団だとしたら、【遊客】の血を引くとされる自分だけが対決できるのではないのだろうか?

 それには、【遊客】の力に目覚めなくてはならない。しかし、どうやったら目覚められるのだろうか?

 座禅をして〝悟り〟でも開いたら、覚醒するのかもしれぬ。が、禅の修業など、悠長にやっていられない。達磨大師だって、悟りを得るために、壁観九年を掛けたというではないか。俺は明日、出発するのだ。

 と、億十郎の足が止まった。源三も、ぴたりと足を止め、油断なく構えている。

 武家屋敷の塀が長く続き、人気のない通りに、一人の男が立っている。横幅の広い、蟹のような身体つき。以前、九八の平太と名乗った、正体は水戸雑賀党忍者、鴉であった。

 鴉は、番広の顔に、精一杯の笑顔を浮かべ、近づいてきた。

「『大日本史』確かに受け取った」

「そうか」

 鴉の呼び掛けに、億十郎は言葉短く返す。鴉は何のつもりか、腕を組み、面白そうな顔つきで億十郎を見上げた。

「お主、いよいよ廻村に出掛けるつもりなのだろう?」

 源三はじろじろと疑いの目で、鴉を睨みつけた。押し殺した声を上げる。鴉の正体は、すでに億十郎から聞かされている。

「それがどうした? 億十郎様に、お主付き纏うつもりなのか?」

 鴉の目尻に、笑い皺が浮かんだ。源三など、眼中にないと言っているようである。

「億十郎、俺を同道させぬか?」

 億十郎は、意外な鴉の申し出に、思わず顎を引いた。

「何だと……。お主、何が狙いだ?」

 用心深く聞き返す億十郎に、鴉は真面目な表情になった。

「お主が筑波山に登れば、再び天狗党が乗り出すだろう。お主一人では危ない。俺が一緒なら、色々と手助けできると思ってな」

「ふうむ?」

 億十郎は唸った。鴉は何を考えている?

 鴉は、ぺろりと唇を舐めた。

「まあ、出し抜けに俺が一緒に行こうと申し出ても、俄かには答えられるまい。今晩、とっくり考えてくれ。明日、お前が江戸発ちのとき、もう一度、はっきり返事を聞かせてくれればよい。それでは……」

 くるりと背を向ける。ひょこひょこと、小腰を屈めた、町人らしい歩き方で遠ざかる。

 源三は眉を挙げ、億十郎に向き直った。

「億十郎様! いったい、どうなさるおつもりです? まさか、あんな奴を同道させるおつもりなので?」

「ん?」

 億十郎は腕組みをして、遠ざかる鴉の背中を見送っていた。

 鴉は人込みに紛れ込み、あっという間に見えなくなった。相変わらず、神出鬼没そのものである。

 源三は何度も、首を振る。

「賛成できませぬぞ! あんな、自分を晦ますような者。側に置けば、いつ寝首を掻かれるか、判ったものでは御座いませぬ!」

「そうだなあ……」

 億十郎はぼんやりと呟いた。

「億十郎様!」

 源三が声を励ました。億十郎は曖昧に首を振った。

「まだ考えは纏まっておらぬ。源三、ちと五月蝿いぞ!」

 嗜めると、源三は不服そうに、そっぽを向いた。

 億十郎は歩き出した。鴉は確かに、別の狙いがあるようだ。が、それが億十郎にとって吉と出るか、凶と出るか、どうにも判じかねていた。

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