一
「これが『大日本史』だ!」
どさりと、分厚い書物を鞍家二郎三郎は、億十郎の目の前に持ち出した。数日後、二郎三郎が連絡して来て、清洲屋に億十郎、源三、理恵太が顔を合わせたのである。
書物は厚さ五寸はあり、一冊に纏められている。
「百冊はある、と仰っておられましたが?」
億十郎の疑問に、二郎三郎は肩を竦めた。
「そりゃ、江戸の印刷技術なら、そのくらいの分量になる。ま、開いてみな!」
億十郎は、書物の扉を開いてみた。一面に、細かな漢文がびっしりと書かれている。今まで見た覚えがないほど、一文字、一文字が細かなものだった。
「妙で御座るな。筆の跡がほとんど見られませぬ。それに一文字、一文字がきちんと揃っております」
「活字だからな」
億十郎の疑問に、二郎三郎はさらりと答えた。
「江戸の印刷なら、版木を作らなければならねえ。版木も、筆で文字を書いて、それを手で彫るのだが、こっちではすべて活字で印刷するから、一文字一文字、細かいし、揃っているから一冊に纏められたんだ。こいつを渡せば、水戸の『大日本史』は完成する」
「かたじけない」
億十郎は本気で礼を言った。実際、二郎三郎という【遊客】がいなければ『大日本史』を手に入れられなかったはずだ。
理恵太が、きらりと目を光らせた。
「それで、もう一つはどうなの?」
二郎三郎は、にやっと笑った。
「安心しな! あんたの頼みも、ちゃんと覚えているよ。フライト・レコーダーに残された数値と、実際の衛星写真を重ねてみた」
二郎三郎は一枚の地図を広げた。覗き込んで、億十郎は思わず声を上げていた。
「何と! まるで空中から絵師が、描いたようではありませぬか! これは、筑波山で御座ろう? ほれ、こちらが山頂で御座る。男体山、女体山の形が、はっきりと見て取れ申す。どのような術が可能にしたので御座ろう」
理恵太が真剣な表情になって呟いた。
「つまり、筑波山の上空に、空間の裂け目があるって訳?」
二郎三郎は軽く頷いた。
「そのようだ。あんたのF22ラプターは、筑波山の上空で出現し、袖ヶ浦まで飛行したんだろう。あんたは気絶していて、判らなかったらしいが」
理恵太は唇を噛んだ。
「それじゃ、筑波山の上空に行かないと、〝戦略大戦世界〟へは戻れないって、訳じゃない? F22ラプターは飛ばないし、どうしたらいいのよ!」
理恵太の怒りに、億十郎たちは黙り込んでしまった。
しばらく理恵太は指の爪を、苛ついたようにカリカリと噛んでいたが、不意に顔を上げた。眉の辺りに、決意が漲っている。
「億十郎!」
いきなりの呼び捨てである。億十郎は、理恵太の剣幕に、ギクリと身を強張らせた。
「今度という今度は、あたしも筑波山に登るわよ! 置いてきぼりは、絶対に許さないから……! 判った?」
「し、しかし……」
抗弁しようとしたが、理恵太は聞く耳を持たない。
「行くったら、行くの!」
二郎三郎が「へっ!」と笑った。
「いいじゃねえか! 仮にも理恵太は【遊客】だぜ。足手纏いにはならねえよ」
二郎三郎の声に、理恵太は一瞬で機嫌を直した。にっこりと笑いかけ、ぽんと自分の胸を叩いた。
「そうよ! あたしを見かけで判断しないで! こう見えても〝戦略大戦世界〟で、戦闘訓練を受けているんだから!」
億十郎は不承不承、承知する。
「仕方あるまい……。こうなれば、同道を願いましょう……!」
源三が、目の前に置かれている『大日本史』を見て、問い掛けた。
「それで二郎三郎様がお持ちになった『大日本史』はどうなさいます? 鴉って、忍者に渡すんでござんしょう?」
億十郎は即答した。
「拙者が直接、彼奴に渡す」
源三は眉を上げた。
「渡すって……。鴉の野郎がどこにいるのか、億十郎様は判っておいでなんで?」
億十郎は静かに頷いた。
「心当たりがある!」




