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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第二回 大黒億十郎お蘭失踪を知り、動き出すの巻
5/90

 縁側に巨体が蹲り、何か熱心に手許を覗き込んでいる。膝に一冊の絵草紙本が開かれ、巨体の持ち主は、それを読んでいるようである。

 農家の庭先らしい。秋の日差しが柔らかく庭先に温もりを伝え、巨漢は半身を照らしながら、絵草紙本の頁を一枚、一枚とっている。着流しであるが、髪型や物腰から、百姓とは思われない。どうやら、侍らしい。

 膝に広げた絵草紙本は、幾つかの枠が描かれ、その枠内に一つ一つ絵が描かれている。描かれているのは、人物や、風景で、人物の近くには風船のような吹き出しがあり、吹き出しの中には人物が喋る内容が書かれている。

 描線は単純で、ひどく簡略化されている。

 これは、漫画絵草紙なのだ。江戸にやってくる【遊客】が持ち込んだ絵草紙の形式で、それまでの絵草紙を完全に駆逐し、今では絵草紙と言えば、この漫画絵草紙を指すようになった。

 不意に巨漢の上半身が波立ち、顔が真赤に染まった。

「ぷっ! ぷふふふふふっ!」

 吹き出した。笑っている。顔が笑いに歪み、身体中を波立つように揺らしている。

「億十郎様!」

 背後で、呆れたような男の声がした。

 億十郎様と呼ばれた男は、ちらりと声の方向を振り向いた。

 庭先に、勿体ぶった顔つきの、中年男が立っている。髪型は町人髷であるが、これもまた、縁側に座っている巨漢と同じく、百姓とは思われない。どことなく、江戸暮らしが長そうな雰囲気を放っている。

 中年男は、巨漢の手許を覗き込んで、顔を顰めた。

「また、滑稽草紙で御座いますか? 好い加減になさいまし!」

 叱りつけるような口調である。

「源三、ちとうるさいぞ! 暇なのだから、大目に見ぬか」

 ぶつぶつ呟きながら、億十郎は、また膝元の本に視線を落とす。少し読み進み、また顔を笑いに歪ませる。

 源三は、首を大きく横に振った。

「暇ですと? 何が暇ですか? 今日中にあと三箇所を見回らないと、江戸に戻れませんぞ! さあさあ、そんな詰まらぬ本など置いて、出掛けましょうぞ」

 せかせかと言い立てる。

 億十郎は未練たらしく、それでも絵草紙本に見入っていた。

 だが、源三が側に寄って、すぐにでも立ち上がらないとさらに口を開きそうなので、諦めて立ち上がった。

 ぐい、と懐に本を捻じ込み、三和土たたきで身を屈めて草鞋わらじの紐を縛った。縁側に置いたままの両刀を掴むと、帯に手挟たばさんだ。

「あっ! お立ちで御座いますか? 何のお構いもできませんで……」

 億十郎の出立する気配に、農家の奥から、主人らしき老人が慌てて飛び出した。

 億十郎は老人に向け、にっこりと笑った。

 人の良い、あけっぴろげな笑顔である。

「親爺、世話になった! また寄らしてもらう」

 老人は「へへーっ!」と大仰に返事をすると、身を折り曲げるように縁側に膝を落とし、両手を突いて土下座した。

 億十郎は日除けのため、笠を被ると、ゆったりとした歩きで庭先からあぜ道へ出た。

 大黒おおぐろ億十郎。五十俵三人扶持(ぶち)。関東取締出役。俗に言う、八州廻りである。

 身長六尺、体重は三十貫に近い。相撲取りと見違えそうな、巨漢である。しかし、肥満した感じはあまりなく、身動きは、きびきびとしている。

 後から従っている小者の源三は、五尺にやっと届くほどの身長で、ちょこまかとした小走りで億十郎の後を追っている。

 もっとも、億十郎はゆったりと歩いているようで、存外と足は速い。歩調を合わせようとすると、どうしても小走りになる。

 億十郎が八州廻りを拝命して、三年が経った。

 最初の一年は、関東地方総ての悪党を一掃する気構えであった。が、三年も経つと、悪党など、大勢うじゃうじゃいるわけもない、という至極当たり前の事実に気付いてしまった。

 武蔵、相模さがみ上総かずさ下総しもうさ安房あわ上野こうずけ下野つもつけ常陸ひたちで八州であるが、悪党が総ての村々に潜んでいるわけもなく、最初の意気込みはすっかり抜けてしまっている。

 今では適度に働き、適度にのらくらするすべを会得していた。が、小者の源三に言わせると「億十郎様はのらくらするだけ」となるが。

 畦道を歩くと、道の分かれ目に数人の男がのんびりと煙管を咥えていたり、腰を下ろして、億十郎の接近を待っている。

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