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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第七回 水戸中納言台所事情の巻
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「億十郎様! あんまりで御座いますよ。女に向かって、あれほど大笑いなど、するものでは、ありませぬ!」

 お幸が、億十郎に向かって、穏やかではあるが、きっぱりとたしなめる。

 億十郎は、ひょいっ、と首をすくめた。

「すまん。つい、我慢できなかったのだ。拙者にとって、青天の霹靂へきれきであった」

 まさしく青天の霹靂。説明を受けていたが、本来の姿に戻った理恵太は、億十郎にとっては予想もしない町娘となって現われた。今も最初に出会った頃の、金髪、碧眼、六尺におよぶ背丈の娘が目に浮かぶ。

 お幸は理恵太に向かって、優しく話し掛けた。

「理恵太様。億十郎様がああ、仰っておられます。お許しになられては?」

 理恵太はまだ腹を立てているようだった。

 とはいえ、お幸にやんわりと説諭され、振り上げた拳のやり場に困っている、とも見えた。じろりと億十郎を横目で睨んで、口を開いた。

「それで、肝心な話は、どうしたの? 見つけたんでしょ? 大事なものを!」

「これで御座る」

 もぞもぞと懐を探り、億十郎は白銀色の小箱を取り出す。

 畳表へそっと置くと、理恵太が興奮を顕わにして、食い入るように見詰めた。

「本当にF22ラプターの、フライト・レコーダーだわ! 取り返したのねっ!」

「まあ……」

 億十郎は言葉を濁した。大きく背を反らし、億十郎は真実を打ち明けた。

「取り返したというよりは、譲られたと言わなければならぬ。拙者の手柄ではないのだ」

 源三が首を捻る。

「譲られたと仰いましたね? いってえ、どなたからでござんす?」

 億十郎は苦々しく答えた。

「正体不明の忍びからだ! あやつめ、拙者に恩を売るつもりと見える」

「忍び? するってえと、忍者ですかい!」

 源三は首を伸ばして、嘆声を上げた。億十郎が頷くと、何度も首を振った。

「あっしの知っている忍者は、御庭番くらいですがねえ。わざわざ御庭番が、億十郎様のお役に立ってくれたんですかい?」

 億十郎は首を振る。

「違う! 拙者の考えでは、水戸家中の、雑賀党と呼ばれる一党の忍者と思われる。しかし、あくまで推測だ。本当に雑賀党忍者とは限らぬ」

「水戸家中と言えば……」

 源三がぽつりと答え、億十郎は我に帰った。

 そうだ、そもそも源三は、水戸家中について探索させるため、江戸に残したのだった。

 億十郎は、ぐっと身を乗り出した。

「何か判ったのか?」

「へい……」

 源三は言葉を濁した。ちら、とお幸と理恵太を見る。お幸は源三の躊躇いを察して、一つ頷くと膝を上げた。億十郎は慌てて手を上げた。

「お幸殿!」

 制止しようとする億十郎を遮り、お幸はにっこりと笑い掛ける。

「よろしいのです。水戸様の内情をお話しなられるのでしょう? その場合、わたくしがいては色々と不都合でしょう。それに、わたくしが耳にしてしまうと、いつか同業仲間などの間で、何かと噂になります。わたくしは決して、一言も洩らす気遣いは御座いませんが、つい、態度に出てしまうのが怖いのです。ですから、わたくしが聞こえない所へ参りましたら、お話をお続け下さい。それに、この離れには、当分は店の者、誰一人として近づかぬよう、注意しておきます」

 最後に「御免あそばせ」とお辞儀をして、お幸はさっさと立ち去った。さすが大店の娘である。知るべき事柄は知り、知らぬべき事柄には耳を傾けない覚悟ができている。

 理恵太は、お幸の決断が理解できていない。ポカンと口を開け、まじまじと億十郎を見つめている。

「あたしも?」

 億十郎は首を振った。

「いいや。理恵太殿には聞いて頂く。なにやら、源三の話と、理恵太殿の話が、どこかで繋がっているような予感がしてならぬ」

「そう……?」

 理恵太は拍子抜けたように、ぺたりと座り直した。億十郎はうながすように、源三を見やった。源三は頷き、口を開いた。

「どこのお大名も同じで御座いますが、内福なお家というのは、少のう御座います。まず、大名家と申さば、商人に借金がないお家は、皆無で御座いましょう」

 源三の前置きに、理恵太は首を傾げた。

「どうして、そうなるの? 大名というのは、領地があるでしょう? 領地から沢山、税が取れるんじゃないの?」

 億十郎は、理恵太の素朴な疑問に呆れた。

「理恵太殿。いくら領地があると申しても、無制限に税を課すわけには参らぬ。税を無制限に取り立てれば、一揆、逃散が頻発し、かえって税の徴収がうまくゆかなくなるもので御座る。大名は多くの家臣を抱え、時にはお上の御用も勤めなくてはならぬからな」

「ですから」と源三はお構いなしに続けた。

「水戸様も、例外では御座いませぬ。水戸家は公称では三十五万石となっておりますが、それも検地の際に、かなりの水増しをしたらしく、大雑把に言えば、実際は二十万石そこそこで御座いましょう。その少ない収入で、水戸家の体面を計るので御座いますから、あちこち無理をしております」

 ふむふむと億十郎は相槌を打つ。ここまでの源三の話は、億十郎にも充分な知識があった。

 唇を湿し、源三は出された茶をごくりと飲み込み喉を潤すと、報告を続ける。

「苦しい内情にもかかわらず、水戸第二代国主の水戸権中納言光圀様がお始めになった、ある事業が、領国経営を圧迫しております」

 億十郎には、ぴんと来るものがあった。

「判った! 例の『大日本史』だな?」

「それって、水戸黄門?」

 理恵太が大声を上げた。

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