二
渋茶を喫し、人心地がつくと、縁側に気配を感じた。顔を上げると、お幸と、側に若い女が膝を折っている。
若い女は、見知らぬ顔である。
年の頃、十五~六歳と思える。お幸とくらべても小柄で、ちまちまとした目鼻立ちの、平凡な娘だ。
億十郎が問い掛ける前に、お幸が紹介した。
「億十郎様。理恵太様で御座います」
ぽとり、と億十郎の手から湯飲みが落ちた。
ころころと円を描いて、畳に茶の染みを作ってゆく。
「ま、まさか!」
思わず、億十郎の声は裏返ってしまっていた。
お幸は、そんな億十郎を見て、笑いを必死に堪えていた。一方、理恵太と紹介された娘は、怒ったような顔つきで身を固くしている。
「本当に、理恵太殿で御座るのか?」
億十郎は慎重に尋ねる。娘はぷっ、と頬を膨らませ、腕組みをした。
「そうよ! これがあたしの、本当の姿。気に入った?」
口振りは、確かに理恵太のものだ。歴とした御家人の億十郎に対し、まるで対等のような憎まれ口を叩くのは、理恵太以外ありえない。
「なるほど……理恵太殿に、間違い御座らんな!」
億十郎はなぜか、おかしみの感覚が込み上げ、笑いを浮かべていた。
理恵太は【遊客】が江戸世界で立ち往生に陥ると、やがて本来の姿に戻ってしまうと説明していた。すると、今こうして億十郎の目の前に座っている平凡な娘が、紛れもなく理恵太本来の姿なのだろう。
理恵太は、きっと億十郎を睨んだ。
「何がおかしいのよっ!」
「いや……別に……」
億十郎は目を逸らす。
が、どうしても笑いを堪えられない。くつくつと喉の奥から笑いが込み上げ、やがて堰を切ったように、笑いの発作が億十郎の背中を波打たせる。
「わっはっはっはっは! なるほど、理恵太殿の本来のお姿は、そのような娘であったとは……なるほど、なるほど!」
ばんばんと畳を叩き、億十郎は巨体をどて! と、横倒しにしてしまう。吠えるように笑い続け、億十郎は離れを転げ回って爆笑した。
理恵太は最初、口をぽかりと呆けたように開けていたが、徐々に顔が真赤に染まってきた。さっと立ち上がり、憤懣をぶちまける。
「な、な、なによっ! そ、そんなに笑わなくてもいいじゃないっ!」
目に一杯、涙が溜まっている。億十郎はひいひいぜえぜえと喘ぎながら、必死になって笑いを呑み込んだ。
ようやく身を起こし、息を吸い込んで話し掛けた。
「す、済まぬ……! つい、最初にお会いした頃の理恵太殿を思い出して……。あの時とは、あまりに違いすぎるお姿に、少々惑乱した次第で御座る。許されよ!」
理恵太はプイと横顔になって、億十郎とは視線を合わせようとはしない。
その時、番頭に案内されて源三が姿を表した。源三は億十郎に挨拶しようとしたが、億十郎と理恵太の間に孕む、胡乱な気配に立ち竦む。
「億十郎様……。何か御座いましたか?」
億十郎は救われたような気分で、源三に顔を向けた。
「ああ、少しな……。それより、源三!」
源三は「へいっ!」と返事して、縁側に腰を下ろす。
億十郎は理恵太に聞こえるよう、大声を上げた。
「喜べ! 拙者は『虚ろ舟』の記録箱を入手いたしたぞ!」
「えっ?」
理恵太は驚きに目を見開いて、億十郎に顔を向けた。




