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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第六回 筑波山天狗党の巻
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 気を失ったのは、一瞬だった。

 苦痛に背筋を反らし、億十郎は声も出さずに、耐えた。

 ひゅーっ、と音を立て、息を吸い込むと、ゆるゆるとした動きでどうにかこうにか、立ち上がる。

 呼吸するだけでも、苦痛だ!

 どくん、どくんと蟀谷の血管が、大きく脈打つのを感じる。

「億十郎様!」

 道案内と、足軽が大声を上げる。顔には、心配そうな表情が張りついている。

「大事ない!」

 億十郎は、やっと、それだけを呟いた。

 額から、冷たい汗が流れるのを感じる。さぞ、今の自分は、真っ青な顔つきだろうと想像した。

「行くぞ!」

 短く命令すると、億十郎は息を詰め、大きく伸び上がって地を蹴った。顔を挙げ、背後を振り返る。

 山の稜線にかけて、強風が辺りの葉や、草を巻き上げているのがわかる。まるで竜巻の中に突っ込んだみたいだ。

 はっと前方に目をやると、そこは、からりと抜け上がった青空が広がっている。山のごく一部分だけが、恐ろしい強風に見舞われているのだ。

 億十郎には、風が悪意を持って襲い掛かってきたとしか、思えなかった。億十郎らの足を止め、引き返させる意思が、風には込められている。

 糞っ!

 億十郎は悔しさに、歯を食い縛る。うっかり口を開けば、自分でも何を言い出すか、押さえ切れない。今は何も言うまい!

 億十郎に話しかけてきた、あの声は「天狗の結界」と言ってきた。つまり、筑波山全体が天狗党により、何らかの特殊な結界の中に封じ込められているのだ。

 突然の強風が、結界の存在を示している。

 もし、あの風が、人為的な結果だとしたら、どんな手段でも、億十郎には対抗できない。天候を思いのままに操る相手に、どうやったら勝てるのか?

 それに加えて、行く手を塞ぐように現われた、大天狗!

 億十郎は、てっきり幻か、何かだと思った。ところが、天狗が掲げた錫杖から放たれた紫電は、現実に草叢を焦がし、億十郎の鼻は、奇妙な匂いを嗅いでいた。

 以前、億十郎は、落雷を経験している。

 天狗の紫電は、億十郎の経験した落雷、そのものだった。

「だ……旦那……待って、おくんなせえ……!」

 背後から、喘ぎ喘ぎ九八の平太が追いかけてくる。知らぬ間に、億十郎の足は、飛ぶように山中を走っていた。

 こけつまろびつ、平太が胸元まで達しそうな草叢を掻き分け、掻き分け斜面を下ってくる。背中には、大きな荷物を背負ったままだ。

 あれでは草に足を取られ、すっ転んでしまうぞ、と億十郎が思った瞬間、平太は「わあーっ!」と悲鳴を上げ、顔から突っ込んで地面に転がってしまった。

 ざざざざざっ! と、派手に平太は草叢の中を転げ落ちて行く。

「うひゃあ!」という悲鳴だけが、茂みの中から聞こえていた。

 追いかけると、平太は、やや開けた場所に、天を仰いだ姿勢で引っくり返っていた。

「馬鹿! 大荷物を背負ったままだからだ! 拙者が、捨てろとあれほど言ったのが、聞こえなかったのか!」

 平太は、ぱちぱちと瞬きして、億十郎を見上げた。

 怖々と起き上がり、自分の身体をまさぐる。

「怪我はなさそうで御座いますな。なんとまあ、運の強い!」

 背後から呆れるような声がして、道案内と足軽が身軽に斜面を駆け下りてくる。

 平太は盆の窪に手をやった。

「へえ、おかげさまで……」

 言うなり、にったりと笑った。あっけらかんとした平太に、道案内と足軽は苦笑した。

「億十郎様。これから先、いかが致しましょう?」

 足軽の問いに、億十郎は腕を組んだ。眉間に力がこもり、眉が寄る。億十郎は恐ろしく不機嫌になっていた。

「どうするも、こうするも、引き返すしか手はなさそうだな!」

 ぶっっきら棒に答える。まさしく、億十郎の完敗であった。文字通り、手も足も出ず、筑波の山から追い返されてしまった。

 さらに腹立たしいのは、肝心の目的が達せられなかったからだ。

 言うまでもなく、「虚ろ舟」の記録箱である。すごすごと、何の収穫もなく、引き下がらなければならない。

 億十郎は平太が後生大事に、食料の入った荷物を背負っているのを見て、叱った。

「いつまで、そのような荷物を抱えておる? 我らはもう、この山には用はないのだぞ」

 平太は一声「へえ」と頷くと、のろのろと荷物を解き始めた。

「でも、折角だから、何か食べてからにしませんか?」

 自分で言って、改めて空腹なのに気付いたように腹を撫でる。道案内と足軽にも声を掛けた。

「ねえ、せめて一口だけでも。勿体無いじゃござんせんか?」

 平太の天真爛漫といっていい態度に、道案内は億十郎にとりなすように話しかけた。

「億十郎様。そう言えば、そろそろ昼になりますな」

「判った! 勝手にしろ!」

 億十郎はどかりと、その場に胡坐をかいた。

 平太は早速、ニコニコ顔になって、荷物を広げた。干し柿、乾し芋、煎り栗などを選り分け、昼食の用意を始める。

 と、平太の手が止まる。

「ありゃ、こりゃいってえ、何でえ?」

 頓狂な声に、億十郎は目を上げた。

「こんなもの、入ってたかなあ……」

 昼の日差しに、きらりと金属質の反射が億十郎の目を射る。億十郎は目を一杯に見開いた。

「見せてみろ!」

 手を伸ばすと、平太が手の平に載せる。

 小さいが、ずっしりとした手応え。全体は箱型で、白銀色の金物でできている。

 奇妙な字が書かれていて、億十郎には一字も読めない。蟹が這ったように、横に並んでいる。

 億十郎は、箱を思い切り握り締めた。

「虚ろ舟」の記録箱だ! 間違いない。

 なぜ、こいつが平太が背負っていた荷物の中に入っている?

 あいつの仕業か……!

 糞っ!

 億十郎は悔しさに、身を震わせていた。

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