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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第六回 筑波山天狗党の巻
35/90

 白々と夜が明け、寝惚け眼で平太は道案内と、足軽の説明に顔色を青ざめさせた。

「へえ、夜中に何者かがねえ! あっしは全然、ちーとも気付かなかった……」

 平太の大声に、億十郎は苦笑を洩らした。結局、平太は夜明けまで眠り通し、揺り動かされて、ようやく目覚めたのである。

 不寝番は務めさせなかった。もっとも、務めを無理矢理させても、すぐにこっくりこっくり、舟を漕ぐのは判りきっている。

 そこまで平太には期待していない。

 よいしょと掛け声を上げ、平太は身体を持ち上げる。背中にはずっしりと、旅の荷物が圧し掛かっている。平太には、荷物運びの役目がある。

 竹筒に残った水で、口をすすぐと、億十郎たちは登山を続けた。周囲は朝霧で、白く煙っている。

 稜線に沿って山を登ってゆくと、道は急に開けてくる。恐らく、修験者たちの廻峰道なのだ。足下はごつごつとした岩が露出しているが、それでも今までの山中を行くよりは、遙に楽である。

 所々、急な登りがあり、そこには修験者が取り付けたらしい、手懸りの鎖が張られている。鎖に縋って、一同は懸命に身体を引き上げてゆく。

 歩いているうちに、全員の身体は段々と体温で温まり、着物にじっとりと溜まった湿気が、白く蒸散してゆく。

 歩きながら、億十郎たちは、乾し芋を口にして、朝食の代わりにした。

 途中、岩の間から清水が湧き出しているのを見つけ、一同は竹筒に水を満たした。

 相当な距離を稼いだ頃になって霧が晴れ、真横から朝日が強烈な光を浴びせてくる。

 まずいな……。

 と、億十郎は、ちりちりとした不安に駆られた。

 億十郎たちは、山の稜線に沿って歩いているので、もし監視の目があれば、容易に標的になる。敵はどのような構えをしているか予測はできないが、もし弓矢か、鉄砲などの飛び道具を用意していたらと、考えたのである。

「億十郎様!」

 億十郎のすぐ目の前を歩いていた足軽が足を止め、振り向いた。

「何だ?」

「これを、ご覧下さい」

 足軽が足元の茂みを指差した。

 茂みから、ひょろりとした木が一本だけ生えている。

 指さした先を見ると、枝が一本、鋭い切り口を見せていた。切り口はまだ新しく、樹液が滲んでいる。

 億十郎と足軽は顔を見合わせた。

 道案内がやってきて、二人の見ている枝先を目にすると、深刻な表情になった。

 平太は首を傾げた。

「何だってんです? 枝先が斬られているだけでげしょ?」

「誰が切ったのか、が問題なのだ」

 億十郎は腕を組んで、呟いた。

 忍びの連絡法は色々である。

 地面に印をつけたり、縄や布切れを巻きつけたり、小石を並べたりである。中でも最も利用されるのが、木や草を目印にする手法である。

 切り取った樹木の種類、上、下、真ん中、切り取った方角、切り取る刃の角度。総て暗号になる。

 説明され、平太は感心した声を上げた。

「へええ! それじゃ、大黒の旦那は、その判じ物がお解きになられるって、寸法なんでげすか?」

 億十郎は首を振った。

「それは判らぬ。何しろ、拙者は忍術の修行など、一切しておらぬからな。判るのは、我らの前に誰かがこの場所を通過し、後から来る誰かのために、目印を残していった……。それくらいだ……」

 億十郎の説明に、平太は怯えた表情になった。きょろきょろと、周囲を見回している。

「行くぞ。遅れた」

 億十郎がきっぱりと宣言し、四人は登攀を再開させた。

 山の天気は変わりやすい。

 先ほどまでからっと晴れ上がった空が、見る見る雲に覆われ、風が吹き始めた。風は、じっとりと湿気を帯び、億十郎の頭髪を重くさせる。

 風は向かい風で、億十郎は上体を斜めにしないと、後方へ吹き飛ばされそうになる。

 うひゃあ……! と、平太が頼りない悲鳴を上げた。

 億十郎は、さっと平太を振り向き、怒鳴った。

「背中の荷物を捨てろ!」

「えっ! 何と仰いました?」

 平太は億十郎の命令を聞き返した。億十郎は、口を一杯に開いて怒鳴った。

「そんな大荷物を背負っていると、この風に押し倒されるぞ! 命が惜しければ、今すぐ捨てろ!」

 平太は両目を飛び出さんばかりに見開き、大急ぎに背中の荷物を降ろす。

 さっと前方に向き直った億十郎は、無意識に大刀を抜き放っていた。

 殺気!

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