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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第六回 筑波山天狗党の巻
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 出し抜けに気配が生じ、億十郎は息を、ゆっくりと吸い込んだ。億十郎の右斜め前に、気配は凝固している。

 殺気はない。億十郎の出方を窺っている。様子を見ているだけなのか?

 先刻まで単調に寝息を続けていた足軽と、道案内の二人が目を覚ましていた。しかし、ぴくりとも身動きはせず、静かに呼吸を続けている。

 星明りに、二人がそろそろと武器に手を伸ばすのを、億十郎は確認している。

 ぴん、と張り詰めた緊張の中、平太だけが太平楽にごおごおと鼾を掻いている。

 気配が移動している。

 右斜め前から、さらに億十郎の右横へと、移動している。しかし、かさ、とも草の音はしない。穏行の達人らしい。もしかしたら、忍びかもしれない。

 忍び?

 億十郎の知る忍びといえば、江戸城御庭番か、柳生である。しかし、その他に、大名、旗本が個人的に忍者を雇っている可能性も、否定しきれない。

 先刻まで、相手の気配は欠片も感じなかったが、一瞬で生じたのは、わざとかもしれない。充分に近づくのを待って、自分の存在を知らしめたとも、考えられた。

 ともかく、相手の意図が判らない。

 敵か味方か?

「大黒億十郎であるな?」

 億十郎のすぐ耳もとに、低い男の声がした。億十郎は、身動きを必死に耐えた。反射的に大刀を抜き放ちたい衝動を、どうにか押さえた。

 相手は、まだ距離がある。耳元で聞こえたのは、声を焦点に当てて送る技を使っているのだ。そんな技が、奇門遁甲にあるのを、億十郎は小耳に挟んでいる。

「誰だ!」

 億十郎は、食い縛った歯の間から、声を押し出した。

 くくくく……。と、相手は含み笑いを洩らす。楽しんでいる。億十郎は、怒りに体が熱くなるのを感じていた。

「忠告しておく。このまま引き返せ。筑波の、天狗党には近づくな」

 億十郎は素早く返答した。

「なぜだ? 拙者を知っているお前の正体を教えろ!」

「お主の味方、と今は言っておく。少なくとも、敵ではない」

 声はゆったりとした調子で囁いた。声の言葉どおり、気配に、殺気は微塵も含まれていない。

 億十郎は、必死になって考える。

「敵ではないと申すなら、天狗党とは関係ないのか? なぜ、引き返せと命令する?」

 相手は声の調子を変えた。子供に諭すような、噛んで含める口調になる。

「今のお主では、天狗党は敵わぬからだ。戦えば、必ず命を落とす。お主には、役目がある。お主の役目を果たすには、今のままでは力量不足なのだ」

 億十郎は闇の中で、眉を顰めた。

「拙者の役目? それは、何だ?」

 しかし返事はなかった。

 気配は消え去っていた。

 億十郎は、ほっと安堵の息を吐いた。

 気がつくと、全身がびっしりと汗で濡れていた。

「億十郎様……」

 ごそごそと身動きして、足軽と道案内の二人が身を起こした。二人とも、道中差を抜いている。

「良い。相手は去ったようだ」

 億十郎の言葉に、二人はぱちりと道中差を納める。

 恐ろしいほどの戦慄が支配していた。

 何者か判らないが、相手は信じられないほどの穏行の巧者らしい。接近をまるで感じとれなかったばかりか、立ち去る気配すら、欠片も感じさせない。

 まるで幽霊である。

「いかが、いたしましょう?」

 足軽がそっと、億十郎に尋ねる。今の遣り取りを聞いているのだ。

 億十郎は、ゆっくりと首を振った。

「あいつが何と言おうとも、拙者は先に進まなくてならぬ。第一、何も判らぬのだ」

 億十郎の宣言に、二人は賛意を示すように相槌を打つ。

 億十郎はふと道案内に話し掛けた。

「そちは水戸の家中について、詳しいか?」

「へえ、それは少々」

 道案内は頷いた。道案内に雇った、この男は出身が常州である。水戸家中については、少々どころではない知識があるはず。

「水戸には雑賀さいか党というのが、おるな? 先祖は紀州の雑賀孫一改め、鈴木孫一。のちに首席家老になっておるが……」

 道案内は再度、頷いた。億十郎の言葉を咀嚼するように眉が狭まり、口を開いた。

「へえ、御座います。水戸の御家中では、大変な権勢を誇るお家柄で……」

 そこまで喋り、道案内は心得顔になった。

「鈴木様は、もともと雑賀鉄砲衆の御出身。さらには忍者としても石山本願寺合戦、朝鮮征伐では御活躍。水戸の首席家老とおなりになられても、忍者の伝統は脈々と受け継がれておられます」

 雑賀忍群!

 忍者を使っているのは水戸家だけではない。紀州、尾張にも存在する。紀伊家は薬込役、尾張家は御土居下同心として名前が見える。薬込役は鉄砲の火薬を取り扱うから、当然、忍者である。尾張家は第四代藩主の吉通自体が忍者だった。吉通は武芸十八般に通じ、忍術を含む「武道全流」の創始者となった。

 もしかすると、億十郎に接近してきたのは、雑賀忍群の一人かもしれない。水戸家中で、天狗党と雑賀党が何事かで対立しているのかもしれない。

「お主には役目がある」という、姿を見せない相手の言葉が今になって、億十郎の胸を突き刺した。

 億十郎は足軽に命じた。

「拙者は寝る。お主が次の不寝番となれ!」

 足軽は頷き、億十郎と場所を代わった。

 億十郎はごろりと寝ころび、星空を見上げた。山の稜線に、北斗七星がくっつきそうになり、參宿星(オリオン座)の三ツ星が高々と上がっている。

 億十郎は寝つきが良いほうである。

 いつもなら、横になって、目を閉じた途端、眠りに落ちる。

 しかし今夜ばかりは、容易には寝付けず、億十郎は星空を見上げていた。

 俺を利用するつもりか?

 面白い……できるものなら、やってみろ! 億十郎は夜空に向かって、挑発的に笑いを浮かべていた。

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