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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第五回 「虚ろ舟」の記録の巻
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 億十郎は、自分は猟犬だと確信した。

 理恵太の「虚ろ舟」から記録が何者かに抜き取られた、と知らされた瞬間、俄かに全身が熱くなり、あらゆる感覚が研ぎ澄まされるのを感じていた。

 億十郎は理恵太に鋭く、声を掛ける。

「理恵太殿。お主は今すぐ、江戸へ帰っていただく!」

「えーっ!」と、理恵太は億十郎の言葉に驚き、ついで、きりりと眉を上げた。

「なぜです! 盗まれたのは、あたしのF22ラプターの、フライト・レコーダーよ! どうして、あたし一人だけ、江戸に戻らなくてはならないの?」

 億十郎は背を逸らし、幼子に語りかけるように、理恵太に説明を試みた。

「これは、ただの盗みでは御座らん! 何が起きるか、拙者にも判りかねる。危険が大きすぎ申す」

「だから、あたしを放り出すつもりね! 絶対に厭! 第一、フライト・レコーダーがどんな形をしているのか、億十郎さんは判らないでしょう?」

 理恵太の逆襲に、億十郎はぐっと詰まる。理恵太は、さらに言葉を重ねた。

「どうなっているのか、あたしには知る権利があるわ! 江戸には帰りません!」

 理恵太の【遊客】としての気迫カリスマが、億十郎を打ちのめす。全身が痺れ、急速に億十郎の確信が揺らいだ。

 今は億十郎より背が低くなっている理恵太が、気迫を発した瞬間、ぐーっと背が伸びたように感じる。

「判ったの? あたしは帰らないわ!」

 よろっ! と、億十郎の上体が揺らいだ。くらくらっ、と目の前が暗くなり、億十郎の胸の内に、冷たい風が吹き込んだ。

 膝から、かくり、と力が抜けそうになるのを、億十郎は必死に耐えた。鉛の固まりに化したように重い頭を、全身の力を込め持ち上げる。乏しい気力の限りを総動員して、理恵太の大きく見開いた瞳を見詰め返した。

「聞き分けて下され……。拙者一人なら、何とでも対応でき申すが、理恵太殿がおられると……」

「足手纏いと言いたいのねっ?」

 理恵太が億十郎の先回りをして、尋ねる。理恵太の声は金切り声に近く、億十郎の鼓膜をびんびんと突き刺した。物理的と言ってもいい、圧迫感が押し寄せる。

 億十郎は、がっくりと肩を下げた。

 たったそれだけの行為で、億十郎の全身には、冷たい汗がほとばしるように流れていた。まるで数里も、全力で走り通した後のように、体力が絞り尽くされていた。

「左様。足手纏いで御座る。理恵太殿の記録箱を見つけた際は、必ず、江戸へ持って参上仕る。であるから、ここは一つ、拙者の忠告を聞き分けて頂きたい!」

 最後の言葉は、ひゅうひゅうと喘ぐ息の下から押し出された。

 理恵太は、ふっと目を逸らした。

 気迫が消えた。

 億十郎の胸に押し付けられていた、数十貫もありそうな石の塊が、嘘のように消え去った。

 億十郎は大きく息を吸い込んだ。新鮮な空気が、どっと肺を満たす。

「判ったわ……。あたし、江戸へ戻ります。ここでは、何のお役にも立たないみたい」

 億十郎は疲労困憊の極にあった。三歳の幼児でも、小指一本で今の億十郎を突き転ばせるだろう。それほど、【遊客】の気迫に対抗するのは、恐ろしく、体力を消耗させる。

「良い、ご了見で、御座る……」

 億十郎はようやく、一息ついた心地だった。

 ふと、周りを見渡す。すると、その場にいた全員が、口を痴呆のようにぱかりと開けたまま、棒立ちになっている。

 九八の平太などは、すでに腰を抜かし、砂浜にぺたりと尻を落として、両足を広げていた。理恵太の気迫に、側杖を食ってしまったと見える。

 億十郎は、雇足軽の一人を呼び寄せた。

「お主に頼みたい。理恵太殿を江戸にお送り申し上げ、ついでに拙者の知り合いの【遊客】に言付けして貰いたい」

 指名された足軽は、まだぼんやりとしているが、億十郎の言葉に、ゆるゆると頷いた。

 億十郎は、心覚えの【遊客】宛てに、「虚ろ舟」の記録を判別して貰いたい旨、矢立から筆を抜いて、さらさらと書き上げた。

「これで、拙者が首尾良く『虚ろ舟』から盗まれた記録を奪い返せれば、知り合いの【遊客】に頼めまする」

 理恵太は頷き、億十郎から手紙を受け取った。

「判ったわ。億十郎さんが、フライト・レコーダーを取り戻せるよう、祈ってる。ああ、フライト・レコーダーは、このくらいの大きさよ」

 理恵太は両手で、宙に形を示した。三寸ほどの、小さな箱のようだった。

「外側はアルミニウム……ええっと、白銅のような金物でできているわ。とにかく、江戸では絶対、お目に掛かれないような代物だから、一目でも見れば、それと判るわ」

 億十郎には不安があった。

「もし、敵が『虚ろ舟』の記録箱を破壊いたしたら……?」

「無理だわ!」

 理恵太は首を振った。

「フライト・レコーダーはF22が墜落して、爆発炎上しても壊れないよう設計されているの。万が一の時に、記録が失われないよう、頑丈な作りになっているから、たとえ無理矢理にでも、抉じ開けるなどは不可能よ!」

 理恵太は、むしろさばさばしたような表情になり、歩き出した。億十郎に向け、明るく手を振った。

「それじゃ、江戸で待ってるわね!」

 理恵太と、足軽の二人が視界から消えて、億十郎はやっと全身の呪縛が消え去った心地だった。

 平太が感嘆の声を上げた。

「魂消たねえ! あっしも、江戸では何人も【遊客】を見知っているが、江戸の人間が、【遊客】を言い負かしたなど、初めて聞く話だぜ!」

 言われて億十郎は気付いた。

 自分は【遊客】の意思を挫いたのだ! 前代未聞の快挙、といっていい。

 誇らしげな気分に、億十郎はちょっぴり会心の笑みを浮かべていた。

 が、しかし……?

 敵が【遊客】としたら、今のように抗しきれるかどうか、億十郎には自信がなかった。

 まずは、筑波山だ。

 億十郎は北東へと足を向けた。

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