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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第五回 「虚ろ舟」の記録の巻
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 途中、雇足軽二人、道案内の三人と合流し、上総国袖ヶ浦へ到着したのは、江戸を出発して二日後であった。

 本来なら、億十郎の足で、次の朝には到着しているはずだが、理恵太の足が遅いため、一日遅れたのである。

 駕籠、馬などを使って、理恵太の足を労わって旅を続けたが、二日目になると、さすがは【遊客】。徐々に理恵太の足は旅に慣れて、二日目の昼過ぎからは、億十郎に遅れず、歩き通した。

 理恵太の髪の色は、さらに濃くなって、はっきりと茶色になっている。背も、今では億十郎の鼻にやっと届く程度だ。

 一行は、海岸沿いの道を歩いている。

 億十郎はついに理恵太に尋ねた。

「理恵太殿。気付いておろうが、お主の背、それに髪の色、目など、最初にお会いした頃より、かなり変わって御座る。何ゆえなのか、ご教示を願いたい」

 理恵太は億十郎の質問に、狼狽を隠せない。

「そんなに……そんなに、あたし、変わってしまっているの?」

 億十郎は、自分を見上げる理恵太の目を見詰め、頷いた。理恵太の目の色は、今では濃い鳶色といっていい。

 理恵太は唇を噛んだ。

 億十郎は行く手を指さし、提案した。

「理恵太殿の話は、立ち話には向き申さぬ。あれなる茶屋にて、休憩いたそう」

 億十郎、理恵太、平太、雇足軽二人、道案内と、合計六人がぞろぞろと茶屋の縁台に腰掛けると、一杯になる。雇足軽、道案内の三人は遠慮して、店先からちょっと離れた場所に腰を下ろした。

 億十郎と理恵太、平太の三人だけが縁台に腰掛ける。

 茶屋は年老いた女が一人で切り盛りしているらしく「お疲れ様で御座います」「さあさあ、こちらへ」「お茶で御座います」と騒がしく一人で喋り捲り、手早く注文を受けて行く。店から離れた場所に座る、足軽たちにも、注文の品を届けに行く。

 理恵太は俯きながら、手許に湯呑みを握って、考え込んでいた。

 平太は老婆に餅を頼んで、壮んにぱくついている。

 やがて決意がついたのか、理恵太は顔を上げた。

「あたしが、この江戸世界で立ち往生しているのは、承知しているわね?」

 億十郎は頷く。

「左様、長崎奉行の丹後守様が、そのような主旨の説明をなされた。何でも、理恵太殿のように、こちらで三日以上を過ごした【遊客】は、元の世界へ戻れないと承っておる」

 理恵太は、億十郎の言葉に頷いた。

「なぜ三日以上を過ごすと、元の世界へ戻れないかというと、あたしたちは現実世界で一種の眠りに入って、こちらの世界へやってきているの。つまり、本体は別にあって、今の姿は仮初の姿なの。三日間以上も眠ったままでいると、本体の健康に重大な影響が出るから、安全のために自動的に三日間以上が過ぎると、接続が切れて、本体は目覚めるわ。しかし、こちらで過ごした記憶は総て消え去り、仮初の姿であるあたしは、本体から切り離されて、戻れなくなる。ここまでの説明で、判ったかしら?」

「拙者の理解する限りにおいてで御座るが。仙術に〝尸解仙しかいせん〟というのを、本で読み申した。本体は死んでも、抜け殻を残すとあったが、理恵太殿の身におきたのは、それで御座ろうか?」

 億十郎の答えに、理恵太は素っ気無く肩を竦め、話を続けた。多分、億十郎の理解は、とんでもなく的外れなのだが、充分判るように説明が不可能なのだろう。

「仮初の姿だから、本当の自分の姿でなくとも構わないわけよ。多くの【遊客】は、自分がこうなりたい姿を選んで、やって来るの。あたしも、アメリカ空軍飛行隊に所属するから、アメリカ人らしい姿を選んでいた。〝戦略大戦世界〟じゃ、英語が使われているけど、同時通訳が機能しているから、ランゲージ設定さえ済ませておけば、普通に会話ができるしね」

 億十郎は言葉を差し挟んだ。

「では、理恵太殿は、元々アメリカ人では御座らぬのか?」

 理恵太は苦笑いをした。

「そうよ。本当のあたしは、日本人。名前も〝アイリータ・マクドナルド〟なんてスカした名前なんかじゃない。ごく普通の、どこにでもいるような、当たり前の日本人らしい、名前だわ」

 億十郎は用心深く、尋ねた。

「本名を、お明かし下さいますかな?」

「それは、厭!」

 言下に、理恵太は、億十郎の提案を拒否した。

 口許に笑いを溜め、首を振った。

「あたしは、理恵太で充分! これからも、同じ名前で呼んでもらいたいわ」

 億十郎は無言で、頭を下げる。

 理恵太は話を続けた。

「それで、あたしの姿が変化しているわけだけど、こちらで一定時間を過ごすと、元々の姿に移行していくの。億十郎さんが最初に見た、あたしの姿は、自分の姿を元に作られた人工的なものなのね。それがこちらで立ち往生して、ずっとそのままだと、元の姿に戻ってしまうのよ。あたしの髪の毛も、目の色も、背の高さも、人工的な姿だから」

「本当は違う、と仰るので御座るな?」

「そうよ。やがてどこにでもいるような、日本人の娘になってしまうわ。あたし、アイリータ・マクドナルドとしての姿は気に入っていたのに」

 理恵太の口調は、本心からの悔恨が含まれていた。億十郎は不思議に思った。なぜ、そんなに、日本人としての姿を嫌がるのか?

 正直、最初に出会った頃の理恵太は、億十郎には異様に見え、段々と元の姿に戻りつつあるという、今の理恵太のほうが、好ましい。

 一休みして、億十郎たちは再び旅を続ける。やがて見覚えのある、松林がある海岸に近づいた。渚近くに、理恵太の「虚ろ舟」が、変わらぬ姿で、横たわっていた。

 しかし、位置が変わっている。「虚ろ舟」は、今は砂浜に乗り上げ、その周りに漁師が何人か座って、網や縄の手入れをしていた。

 億十郎が「関東取締出役、大黒億十郎である!」と名乗ると、その場にいた漁師たちは慌てて立ち上がり「ご苦労様で御座います」と、丁寧に頭を下げる。

 億十郎は横たわっている「虚ろ舟」を指さし、尋ねた。

「引き上げたのか?」

「へい。満潮の時に、皆で縄を掛けて、引き上げました。あのままでは、潮に攫われて、沖に流されかねませんでしたので」

 真っ黒な日に焼けた漁師が答え、億十郎は頷いた。

「苦労である。役目により、少々取り調べたい。ああ、そのほうらには関係は一切ないので、そのまま各々の作業を続けてよいぞ!」

 漁師たちが億十郎の言葉に、再び作業に戻ると、億十郎は理恵太を振り返った。

「理恵太殿!」

 理恵太は素早く「虚ろ舟」に近づくと、ひらりと身体を持ち上げ、透明な天蓋に顔を近づける。天蓋がぱくりと持ち上がり、理恵太は内部に潜り込んだ。

 何かごそごそとやっていたようだったが、程なく理恵太は顔を上げた。

 億十郎の顔を見詰める理恵太の顔は、驚愕に歪んでいた。

「何事が、起きたので御座る?」

 億十郎が叫ぶと、理恵太は何度も首を振った。

「ないわ! F22ラプターのフライト・レコーダーが取り外されている!」

「何と!」

 億十郎は呆然と立ち竦んだ。

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