七
理恵太を伴い、浅草の清洲屋に顔を出すと、主人の久兵衛が吉報をもたらした。
上がり框に億十郎を出迎えた久兵衛は、ぺたりと正座すると、顔を火照らせて声を上げる。
「大黒様! 判りまして御座います!」
「そうか!」
瞬時に、億十郎は、久兵衛の言葉を理解した。勢いづいて、久兵衛に顔を近づける。
血色は良い。お蘭が失踪した当初は、まるで病人だったが、前途の目当てがついて、元気を取り戻したのだろう。
久兵衛は、水戸家中に茶を納めている問屋を探し当てたのだ。
「どの店だ?」
「老舗の久松屋で御座います。卸では老舗で、水戸家中ほか、多くの大名屋敷に、茶葉、茶道具などを納めております」
茶道具!
さすが「餅は餅屋」という。億十郎の頭には、茶葉しか頭になかったが、当然、茶道具の類も含まれる。
億十郎は無言で源三を振り返った。
源三は、心得きった様子で、頷いた。
「よござんす。早速、あっしが、潜り込んでみましょう。それと、水戸様のお屋敷にも、渡りの中間という名目で何とか……。確か、水戸様は、水道橋にお屋敷を構えて御座いましたな?」
「できるか?」
億十郎の質問に、源三は頼もしく頷いた。
「あっしの知り合いに、口入屋がおります。上手く手配してくれれば、何とか潜り込めましょう」
源三の自信ありげな表情に、億十郎は頷いた。源三の特技は、どんな場所でも、まるで十年も居座っているような雰囲気で、馴染めるという性格である。
源三には水戸家関係の探索を任せ、億十郎は上総国、袖ヶ浦において、理恵太が乗り捨てた「虚ろ舟」へと戻る旅を計画した。
理恵太は清洲屋に預け、評定所に立ち寄る。理恵太の後見人として捨て届けを済ませ、廻村の日程を組んだ。
第一の目的は「虚ろ舟」に残っているという、記録の採取だが、億十郎はあくまで関東取締出役としての任務がある。
表向きにも、廻村の届けは済ませなければならない。上総国周辺から、常州へと日程を組んだ。
水戸家中へは立ち入れないが、周辺で何か手懸りがないかと思ったのだ。まあ、念のためではある。
億十郎は、九八の平太と名乗った岡っ引きの言葉を、思い出した。平太は、水戸天狗党は筑波山を本山にしていると語った。
どのような集団か知らないが、山伏の格好をしているからには、鹿島神宮にも関係しているのではないかと思った。
筑波山周辺へ廻る日程を組んで提出すると、留守役は妙な表情になった。
上目遣いに億十郎を見て、渋い表情になる。
「お主、筑波山へ何しに参る気だ?」
「別に。あの辺りは、あまり廻っておりませぬので、この際そぞろ歩いてみるのも、一興と存念仕った」
空惚けて答え、留守役の目をじっと見詰める。
「留守役様には、何か拙者に対し、忠告でも御座いますかな?」
億十郎の逆襲に、留守役は素知らぬ顔で目を逸らした。ぶつぶつ何か口の中で呟くと、億十郎の日程表を返した。
「よかろう。充分、お主は承知であろうが、決して、水戸様の領内には立ち寄るではないぞ!」
留守役の言葉に、億十郎は大袈裟に仰け反って、驚いた振りをした。
「とんでも御座いません! 拙者、八州廻りを拝命してからというもの、水戸様と川越領内には、一歩たりとも足を踏み入れる間違いなど、してはおりませぬ!」
「そうか……」
留守役は力なく頷いた。
億十郎は立ち上がった。
お互い、狸と狐の化かし合いである。
多分、留守役は、目黒富士と水戸天狗党の関わり合いを耳にしているのだ。口に出すと「億十郎が何を仕出かすか判らん」と思って、黙っているのだろう。
億十郎がどこまで掴んでいるかも判らないのに、「なぜ筑波山を廻る?」と真っ正直に質問すれば、薮蛇になると思って、黙って許可したのに違いない。
旅に出る前に、水戸天狗党について、何か手懸りでも掴みたい。だが、寺社関係に詳しい人間の心当たりは皆無。
評定所には、寺社奉行の与力も出仕しているが、まさか「水戸天狗党について、お尋ねしたい」などと話し掛けるわけにはいかない。
ともかく、こつこつ調べるほか、方法はなさそうである。
億十郎は評定所を辞去した。




