六
がたごとと、激しい人力車の揺れに、億十郎は身を任せていた。
向かい側に理恵太と、源三が座っている。源三は神妙な表情で、億十郎の沈黙に付き合っている。
結局、理恵太を億十郎が引き受ける羽目になってしまった。
当面の生活費は、出島の関所を預かるサトーが拠出してくれた。何と、理恵太に渡されたのは、百両という目も眩むような大金である。
江戸に入府する総ての【遊客】には、百両という支度金が用意される。例外はない。
サトーの説明では、【遊客】に大金を渡し、江戸で浪費させて、経済を活性化させるのが、目的らしい。
本来の江戸──〝もう一つの江戸〟では、参覲交代があった。江戸に駐在する大名、及び江戸詰めの役人が幕府の役人を接待するため、壮んに消費をした結果、江戸は大消費地に成長した。
しかし、億十郎たちの江戸では、それがない。そのため、替わりに【遊客】に大金を与え、浪費させ、江戸の景気を刺激する目的らしい。
理恵太は【遊客】であるが、江戸については空っきり、知識がなく、大金を渡されても使う当てがない。だから、億十郎が、慣れるまで世話をしなければならない。
まったくもって、とんでもない厄介者である。理恵太の身元引受人として、億十郎は「育み」という届けを出すつもりである。つまり、億十郎が、江戸での唯一の身内となる。身内で、億十郎に面倒を持ち込むのだから、文字通りの「厄介者」となる。
億十郎は、ちらと目を上げ、黙って景色を眺めている理恵太を見た。
理恵太は億十郎の視線を感じて、顔を向けた。
「なあに?」
「いや……」
億十郎は視線を外す。
また、理恵太の瞳の色が変化している。
僅かに虹彩の周りが茶色になっていたが、今やほとんど理恵太の目の色は、明るい茶褐色に近くなっている。青みは、ごく僅かに残っているだけだ。
理恵太に、何が起きているのか?
億十郎は思い切って、口を開いた。
「理恵太殿。少し、お尋ねしたいのだが」
理恵太の目についての質問をしようと思っていたのだが、気が変わった。何だか、目の色について尋ねるのは、憚られた。
「理恵太殿がおられた〝戦略大戦世界〟とは、どのような場所で御座る? なぜ、果てしなくお互い、戦うので御座ろう? 拙者は、日本の戦国時代については、少しばかり存知おるが、それでも東照神君様が世を統一なされ、戦乱は治まった次第は、承知しておる。そちらの世界では、戦乱を収める英雄は、現われ出でなかったのか?」
理恵太は「どう説明して良いのか」と言わんばかりに、首を振った。
「だから、遊びなのよ。お互い、知力と、体力の限りを尽くした戦いが楽しいから、戦っているの」
「判らぬ!」
億十郎は苦々しく答え、腕を組んだ。
「戦乱となれば、どの国でも良民は酷い有様になり申す。理恵太殿の世界でも、百姓、町人は御座ろうに」
理恵太は一瞬、呆気に取られた表情になったが、すぐ爆笑した。
「あははは! 残念でした! あっちでは、あなたの言う、【遊客】しかいないのよ。だから、戦乱に巻き込まれる住民は、一人もいないの。あたしたち、戦いで殺されるかもしれないけど、それはお互い納得ずくでやっているもの。たとえ、戦いで死亡しても、現実世界に復帰すれば、一日で復活できるしね」
億十郎は、驚きにポカンと、しばし口を阿呆のように開き放しになっていた。何と、理恵太の説明が本当なら、【遊客】は不死身なのだそうだ!
「信じられぬ……」
理恵太は口の端で笑って、説明を続けた。
「億十郎さんも、将棋や囲碁を楽しむでしょう? あれは、楽しみで戦っているわね? あたしたちも、同じなの。囲碁や将棋を楽しむように、戦争をやっているのよ!」
その時、ずっと黙りこくって、二人の遣り取りを拝聴していた源三が口を開いた。
「そんな世界から、どうやって理恵太様は、こちらへいらしたんで? 何か穴ぼこでも、あったんでしょうかねえ? そんな穴ぼこ、仮にあったとしても、あっしらは気付けませんや。剣呑、剣呑! うっかり、別の世界へ飛び込んでしまわねえよう、どうやったら判るんでしょうか?」
源三の質問は、理恵太に対し、何事かを気付かせる切っ掛けとなったようだ。理恵太は不意に黙り込み、一心に考え始めた。
「そうよね、なぜ、あたしがこっちへ転移したのか、良く考えると、おかしな話だわ! 空間に、何か次元の裂け目のようなものがあるのかも……。しかし、次元の裂け目があるとして、どうやって場所を特定すれば……」
ぶつぶつ呟くと、はっと頬を染めた。
「フライト・レコーダー! そうだわ! F22ラプターのフライト・レコーダーを解析すれば、あたしがどの座標で、こちらの世界へ転移したか、判るかもしれない!」
「何と申された?」
聞き慣れない単語に、億十郎は呆然となっていた。
理恵太は明らかに、何か重要な事実を掴んでいるが、口走った単語は、億十郎には一欠片も、意味が通じなかったのである。
理恵太は必死に、億十郎にも判るように、言葉を選んで話し出した。
「えーと、つまりね、フライト・レコーダーというのは、あたしのF22……ああ、『虚ろ舟』が、空中でどのように動いたか、総て記録する絡繰なの。角度、速度、緯度、経度を全部すっかり、余さず数値化してくれるから、あたしの『虚ろ舟』が、こちらの世界で、どうやって出現したか、判るって寸法なのよ!」
億十郎と、源三は顔を見合わせた。
ごくりと唾を飲み込み、億十郎は理恵太に尋ねる。
「理恵太殿には、判るので御座るか?」
理恵太は肩を竦めた。
「残念ながら、あたしには無理だわ。専門家の解析がないと……。そうだわ!」
目を生き生きとさせ、ぐっと億十郎に近寄った。
「ね、億十郎さんなら、知り合いの【遊客】が一人や二人、いるはずよね?」
億十郎は「うむ!」と大きく頷く。
「なるほど! 拙者の知り合いの【遊客】にお頼みして、理恵太殿が掴んだ手懸りを拙者にも判るよう、判別して貰うという策で御座るな!」
理恵太は手を叩いた。
「そうよ! 源三さんの言うとおり、もし次元の裂け目が気付かれずに、まだ存在するのなら、あたしがその裂け目を使って〝戦略大戦世界〟へ帰還できるかも……!」
源三が、ぽつりと呟いた。
「また上総の国へ戻る必要がござんすね?」
「そうだ!」
億十郎は頷いた。




