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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第四回 明かされる【遊客】の秘密の巻
24/90

「確かに、アーネスト・サトーという名前は、私の本来の名前ではありません。出島の、出入国管理責任者に与えられた、役名のようなものなのです」

 サトーは、穏やかな口調で話し始めた。

 理恵太の無遠慮な言葉にも、怒りを顕さず、淡々と説明をしている。

 億十郎は、サトーの話から「アーネスト・サトー」という名乗りは、日本の「出羽守」とか、「筑前守」のようなものだろうと理解した。

 今いる場所は、サトーが「喫茶室」と呼ぶ、大きな窓に面した部屋である。窓には、一面、色取り取りの切子硝子が嵌まっていて、外の光を柔らかく室内に導き入れている。

 窓際には、長崎奉行所で見たような、円卓がある。その周りに億十郎、源三、理恵太が座り、サトーが窓を背にして座っている。

 窓の向かい側の壁には、煉瓦でできた焚き口のようなものがある。理恵太の説明によると「暖炉」というものらしい。

「喫茶室」というからには、茶室であろうと億十郎は推測したが、茶室にしては掛け軸は掛かっていないし、「にじり口」もない。何しろ畳すらないのだ。随分、自分の知っている茶室とは、違っている。

 メイド……小間使いの女が、茶器を銀の盆に捧げて持ってきて、卓に並べる。

 億十郎の目の前に、薄い磁器でできた茶碗が置かれた。茶碗には、摘み手があった。女が急須を傾け、碗に茶を注ぎ入れた。急須は金属製で、細長い鶴の首のような注ぎ口があった。

 注がれた茶は、信じられないほど、赤い。

 理恵太を見ると「紅茶よ!」と、素早く答えた。

 小間使いの女は、茶碗に白い粉を入れている。何だろうと思って、億十郎が指に粉を入れて、そっと舐めると甘い。砂糖だ!

 億十郎は和三盆という、高級な砂糖を舐めた経験がある。和三盆に比べると、目の前の砂糖は、雪のように白いが、突き刺さるように甘い。

 さらに、女は茶に白い液体を注いで、掻き回した。豆乳かと思ったが、違うようだ。

 呆気に取られていると、理恵太とサトーは平気な顔で、各々の茶碗を手にして、呑み始める。

 恐る恐る、億十郎も相伴した。

 源三も億十郎の真似をして、茶碗を持ち上げる。

 ぐっと一口、飲み込み、お互い顔を見合わせ、妙な表情になった。当然、甘い。甘茶は飲んだ経験はあるが、今口にしている茶の甘さは、それとは別物だ。舌に残る、ねっとりとした甘さである。

 億十郎は、理恵太に、白い液体は何だと聞いてみた。

「ミルクよ」と理恵太は答える。

 億十郎が理解していないのを見て取り、慌てて言い添えた。

「牛乳なの。牛のお乳」

 ぐえっと、億十郎は吐き気を堪える。牛の乳など飲まされたと知って、気分が悪い。

 茶だけではなく、小間使いは茶菓子もふんだんに持ってきた。量からすると、これは昼食分くらいはありそうだ。

 理恵太は大喜びで、茶菓子をぱくついている。

 億十郎は腹が減っていたが、どんなものを食わされるか判らないので、用心して、手をつけるのは、遠慮した。

 主人が手を伸ばさないので、源三も我慢している。

 食べている間、理恵太は出島に来る経緯を、サトーに話していた。サトーは、礼儀正しく、時折ちらほら質問を挟み込み、辛抱強く理恵太の身の上に耳を傾けていた。

「なるほど。奇妙ですな……」

 サトーは、言葉短く、感想を述べる。

 サトーの態度に、億十郎は好感を抱いた。終始、サトーは、穏やかな態度を崩さない。日本の武士にも、中々今のような態度を貫ける者はいないと感心したのである。

 しばらくサトーは天井を見上げ、黙考を続ける。

 やがて目を理恵太に戻し、口を開いた。

「理恵太さんの経験は、極めて異例です。私は今まで、そのような話は、聞いていません。何しろ、別の世界からここへ転移するなど、ありえない話ですからな」

「そうなんです! 世界同士を行き交う手段など、決して存在しないはずなのです! どうして、こんな状態になったのか、まったく判りませんわ……」

 理恵太は億十郎と話すときと違って、サトーに対しては女らしくなっている。やはり外国人【遊客】らしく、出島に来て、故郷に帰ったような気分なのだろう。

 理恵太とサトーの話を聞いている億十郎は、段々苛々してきた。

 話がさっぱり理解できないのは仕方がない。それより、二人の会話が、微妙に奥歯に物が挟まったような調子なのが気になった。

 億十郎が同席しているせいで、二人の会話は、ある重要な点を意識的に避けているように感じる。

 億十郎には聞かせたくない、何かがあるように思えた。

「御両所とも、もっとはっきり胸襟を開いて頂きたい!」

 億十郎は、思い切って声を高めた。

 理恵太とサトーは、ぎくりと身を強張らせた。

 億十郎は、強い調子で、二人に話し掛けた。

「拙者がおらぬほうが、話が進むなら、それで結構。拙者は、ただちに、お二人のお声が聞こえぬ場所へ参る所存で御座る」

 理恵太とサトーの間に、素早い目配せが交わされた。

 サトーは背を反らせ、両手を卓の上に組み合わせた。

「なるほど……。これは、失礼しました。つい、あなた方江戸のお方の前では、我々【遊客】は、思い切った会話を続けられないものでして……」

 ちら、とサトーは理恵太を促すように、目で合図する。理恵太は頷いた。

「そうなの。あたしたち【遊客】は、あなた方にある事実を話すのは、本来ならば禁じられているの。でも、億十郎さんは、充分に長く、あたしと付き合っているから、これから先も理解して貰うために、重要な事実を話す必要があるかもしれないわね……」

 理恵太は言葉を切ると、謎めいた表情になった。

 億十郎は我知らず、顔が赤らむのを感じていた。

 何事か、恐ろしく重大な話が、今まさに始まる予感に、胸は高鳴っていた。

 理恵太は話し出した。

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