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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第四回 明かされる【遊客】の秘密の巻
23/90

 声を張り上げたが、一向に返事はない。

 苛々していると、理恵太がさっと前へ出た。

 何をするのだろうと見ていると、理恵太は扉の飾りに手を伸ばす。飾られているのは、真鍮製の獅子の面で、あんぐりと開けた大口に、輪を咥えている。理恵太はそれを掴み、思い切り扉に打ち付ける。

 どん、どん、どん! と、虚ろな音が響く。

 呆気に取られている億十郎に、理恵太は悪戯っぽい表情で「ノッカーって、言うのよ!」と答えた。

 密やかな足音が聞こえ、かちゃりと音を立て、扉が外側に開いた。扉の陰から、全身が黒尽くめの、女が顔を出す。年の頃、二十歳前後であろうか。

 身に着けているのは、何だかごてごてと飾りが一杯ついた、外国風の着物である。頭に布の帽子を被り、女は胡乱うろんげな表情で、億十郎を見上げた。呆然としている億十郎に、理恵太が近寄り「あれはメイドの服装よ」と教えた。何でも、外国では小間使いを、メイドと呼ぶのだそうだ。

 女はじろりと億十郎に目をやり、口を開いた。女が口にしたのは、江戸言葉である。

「どちら様でしょう?」

 億十郎は力一杯、声を張り上げる。

「関東取締出役、大黒億十郎と申す! こちらにおられる理恵太と仰る【遊客】の相談に乗って頂きたく、参上仕った。是非とも、関所の番頭殿にお引き合わせ下され!」

 億十郎の大声に、女は顔を顰め、手で両耳を塞いだ。

「そんなに大声を上げなくとも、聞こえます! どうか、中に入ったら、お静かに願います!」

 女の叱声に、億十郎は恥じ入った。

「失礼をば仕った……!」

「では、こちらへ」

 女は億十郎の謝罪の言葉にまるで取り合わず、ひそひそとした動きで中へ戻ると、億十郎たちを誘った。

 億十郎たちは、室内に入り込んだ。長崎奉行所で学んでいるので、履物はそのままである。

 入ると、ひやりとした空気が辺りを包んでいる。秋とはいえ、まだ晩夏の熱気が残っているのに、出島の関所に入ると、驚くほど涼しかった。

「ひゃっ! 急に涼しくなりやがった! 何か仕掛けでもあるんですかい?」

 源三が思わず感想を述べると、メイドの女は、ちらと笑いを浮かべ答えた。

「空調を聞かせておりますので。ここは、夏でも摂氏二十五、六度に保たれております。風車がポンプを動かし、建物内に冷却水を循環させています。冬は水を温めて、適温に保っています」

「へえ……恐れ入りやした……」

 源三が恐縮しているので、思わず億十郎は「今の説明で、判ったのか?」と源三に問い質した。源三は首を振った。

「いいえ、さっぱり。ただ、珍粉漢粉なんで、恐れ入った次第で……」

「なんだ……」

 億十郎は呆れた。

「どちら様でしょうか?」

 響き渡る、低い声に、億十郎たちは振り返る。

 見ると、部屋の奥から、一人の外国人【遊客】の男が、興味深そうな視線で億十郎たちを見やっている。

 髪の毛は短く、やや亜麻色がかっている。瞳は緑色で、背は外国人【遊客】にしてはそう高くはなく、五尺七寸ほどだ。全体に均整の取れた身体つきで、年齢は三十歳半ばほどと見えた。

 身に着けているのは、灰色の手足にぴったりとした、筒袖の服である。何でも、背広という服らしい。

「私は出島の出入国管理官をしている、アーネスト・サトーと申す者。御用は何でしょうか?」

 にこやかな笑みを浮かべ、男は尋ねかけた。

 理恵太が、出し抜けに爆笑した。

「その名前! 幕末の有名人じゃない! 出島とはいえ、あんまりだわ!」

 サトーと名乗った外国人【遊客】は、気を悪くした様子も見せず、微かに頷いただけだった。

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