八
億十郎は目を見開いた。横の理恵太を見ると、真っ赤になって俯いている。
億十郎は息を吸い込むと、丹後守に尋ねた。
「訳を、お聞かせ下さいますか?」
腕組みをした丹後守は、ぐいと片方の眉を持ち上げた。
「我々【遊客】は、三日間以上、こちらの世界で過ごせぬ決まりとなっておる! もし三日以上、こちらの世界で過ごすと、考えるのも恐ろしい事態に陥るのだ!」
億十郎はそっと、理恵太を見た。理恵太はぐっと目を閉じ、唇を真っ直ぐに引き結んでいた。
「御奉行様の仰る、恐ろしい事態とは、どのような……?」
丹後守は厳しい表情で、横顔を見せ、海を見詰めていた。やがて顔を戻し、口を開いた。
「我らの言葉で〝ロスト〟という状態になるのだ。お主らの言い方で最も近いのは〝立ち往生〟となるかな? 戻るに戻れず、この江戸世界に置き去りだ。一生、こちらで過ごさねばならなくなる」
億十郎は眉を顰めた。
「まるで、島流しではありませぬか!」
丹後守は大いに頷いた。
「まさに島流しよ! ただし、お主らの考える、いかなる罪を犯したわけではない! 単なる、粗忽ゆえの失敗となる。もっとも、理恵太は、事故によってこちらへ転げ落ちたという違いはあるが」
理恵太はぱっと、目を見開いた。紅潮した顔のまま、叫ぶように丹後守に話し掛けた。
「私が〝ロスト〟してしまったのは、すでに承知していました。しかし、私が所属すべき世界は、この江戸世界ではありません! 元の自分に戻るのは諦めていますが、何とか、私が所属していた世界への〝門〟を開く手段がないかと、お尋ねしたいのです」
丹後守は「ほっ」と息を吐いた。
「理恵太の自己紹介に、アメリカ空軍という名称が出たな? そちの元いた世界とは、どのような場所なのだ?」
理恵太は素早く返答した。
「〝戦略大戦世界〟として知られています。私は、あの世界で、飛行小隊長として活躍しておりました。私の部下のためにも、戻りたいのです!」
丹後守は、何度も首を振る。
「理恵太の願いは叶うまい。すでに五日が過ぎておる。常識的に考えて、すでに本来の理恵太が〝戦略大戦世界〟に出現しているだろう。理恵太が強引に手段を弄して、あちらに戻っても、もう一人の自分と鉢合わせしてしまう。そうなると、そちが大事にしている部下は、二人の上官を持つ事態になる。それで良いのか?」
理恵太は、がっくりと首を垂れた。
おずおずと、億十郎は理恵太に尋ね掛けた。
「その……〝戦略大戦世界〟とは、何なのだ? なぜ、そんなにも、戻りたいのだ?」
ぽつり、ぽつりと理恵太は自分の世界を話し出した。
理恵太の説明に、億十郎は完全に混乱してしまった。
理恵太の説明によると、そこではいつまでも果てない、戦いの日々が続くという。理恵太は飛行する機械に乗り込み、複数の部下を従え、幾度も生命の危機に立ち向かったらしい。理恵太は飛行する機械を操る任務をこなしていたが、他にも地上を走る戦の車。海を制圧する、巨大な戦の舟。あるいは、人の形をした、機械の兵士などが戦う、無限の戦場らしい。
「さっぱり判らん!」
億十郎は吐き捨てるように、感想を述べた。
「江戸で最後の大戦といえば、慶安四年に起きた、由井正雪の乱くらいのものだ。以来、江戸はおろか、全国津々浦々、平和を寿いでおるというのに、なぜそのように戦に身を置きたがる? ましてや、そなたは女人ではないか? 女が戦の将になるとは、巴御前でもあるまいし」
理恵太はぽつり、と答える。膝元に目を落とし、億十郎の顔を見ようともしない。
「遊びなんです……」
億十郎は思わず、聞き咎めた。
「遊び? 遊びとは、何だ?」
理恵太は目を上げ、億十郎を見詰め返した。
「だから、遊びなんです! 私たちは、戦争に遊びで参加しているんです! 好きこのんで、戦っているの! 悪い?」
挑発的ともいえる理恵太の返答に、億十郎は完全に言葉を失っていた。
遊びで戦うとは、まったく意表を突かれたというか、信じられない返答である。
その時、億十郎は、清洲屋で感じた、理恵太の変化に気付いた。あの時は何が変わっていないのか、判らなかったが、今ようやく、理恵太の変貌について悟っていた。
理恵太の瞳。真っ青な、空の青さを映したような瞳。その青が、ほんの僅か、虹彩の周囲が茶色に変化している。
目の色が変わっているのだ。
億十郎の胸に、ある疑問が、ふつふつと湧き上がって来た。
いったい、【遊客】とは何だ?




