七
長崎奉行の榊丹後守は【遊客】だった!
自らの正体を明かした榊丹後守は、にやりと笑って説明を始めた。
「考えれば、当たり前ではないか? 何しろ、拙者の仕事は、多数の外国人【遊客】との応対にある。相手が【遊客】では、歴とした旗本といえ、対応できぬわ。何か問題が持ち上がった場合、【遊客】がお得意の気迫を使うのは、目に見えておるからな!」
億十郎は「なるほど」と大きく頷く。悔しいが、億十郎にとっても、【遊客】の気迫は抗しきれない力を持つ。一々、【遊客】の気迫に振り回されては、奉行としての面子も丸潰れである。
【遊客】に対抗できるのは、【遊客】のみなのだ。
軽く手を挙げ、丹後守は億十郎たちを招き寄せた。
「ここ、長崎奉行所においては、客は椅子に腰掛けるのが、正式な作法である。ささ、座られよ!」
億十郎は窓際に、理恵太は奉行と向かい合わせの位置に座る。源三は座って良いものか、迷っていたが、丹後守が「主従とも同じ席に着くのが、ここでの作法である!」と強く主張するので、恐る恐る、椅子に浅く腰掛けた。
窓の外を眺めると、三階でもあり、また奉行所の建物が高台にあるのも手伝い、見晴らしは素晴らしい。窓からは、海が広々と見えて、海岸から扇形に島が見える。
「出島」である。「出島」には、整然と、沢山の家が立ち並んでいた。どれも石造りで、億十郎には見慣れない形をしていた。多分、日本式ではなく、外国人【遊客】たちの、故郷の造り方で建てられているのだ。
「さて」と丹後守が口火を切って、億十郎は慌てて長崎奉行に顔を捻じ向けた。
丹後守は泰然自若として、理恵太の顔を真っ直ぐ見詰めている。
「大黒億十郎の手紙を拝読したが、そちらの理恵太と申す【遊客】は、上総の上空に『虚ろ舟』で出現したとあるな。しかと、間違いないか?」
億十郎は軽く頭を下げ、答える。
「間違い御座いませぬ! 拙者が、理恵太殿の出現の場に、居合わせておりました」
「ふむ」と丹後守は軽く頷く。理恵太は椅子に背を伸ばして腰掛け、口を開いた。
「私の本名は、アイリータ・マクドナルド。アメリカ空軍所属の、大尉です。F22ラプターを操縦中、奇妙な衝撃を受け、それまでいた場所から、いきなりこちらへ運ばれてしまいました。何とか、元の場所へ戻りたいのですが、私はこちらの世界の所属ではないので、通常の方法では戻れません」
丹後守は理恵太の報告に「ふむふむ」と、何度も相槌を打った。完全に、理恵太の話を理解しているようである。
「それで、アイリータ……」と言いかけた丹後守は、ちらり億十郎を見て思い直した。
「いや、ここでは大黒億十郎の言い方に倣い、理恵太と呼ぶ。それでよろしいか?」
丹後守に尋ねられ、理恵太は頷いた。「どうでも良い」と思っているのか?
「理恵太が、お主の前に現われて、幾日が過ぎたかな?」
億十郎は、胸の中で、指折り数える。
「五日が過ぎております」
億十郎の答えに、丹後守は「ふっ」と笑いを浮かべた。
「それでは、拙者の助力は、完全に無駄である! 手遅れなのだ! もう、拙者がなすべき助力は、何一つ残されておらぬ!」