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電脳八州廻り~大黒億十郎の探索~  作者: 万卜人
第一回 清洲屋お蘭、目黒富士において拐わかされるの巻
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 頂上近くに上ると、意外にも山門がしつらえられていた。登り口の先に、山門があり、大きく扉が開け放たれている。

 山門の前には、山伏の装束をした番人らしき男が、手に杖を持って立っている。杖の先端には、四輪のしゃくがついていた。

 微かな身動きで、杖の錫が「りん!」と涼やかな音を立てた。

「ここより、男女別に分かれて参拝して頂く。よろしいな!」

 お蘭の姿を認めた山伏が、高々と命令するので、従者の惣助は思わず「へへっ!」とかしこまった。

 山伏の鋭い視線が、お蘭の顔を穴の空くほどじいーっ、と見詰めてくる。

 俄かな不安に、お蘭は背後の惣助を振り返った。惣助は、すっかり山伏の威に打たれた様子で、もごもごと口許を動かしているだけだ。

「よろしいな?」

 山伏が念を押してきた。

「は、はい……」

 思わず、お蘭は答えてしまっていた。答えた瞬間、むらむらっと反抗的な気分が頭をもたげた。

 だが、山伏の突き刺さるような視線に、つい、視線を下げた。

「では、娘御は、こちらへ行かれよ」

 山伏が杖を振って、左側を指し示す。

 何か妙だ……。

 言われるままに歩き出したお蘭だが、どうにもこうにも、喉に魚の小骨が引っ掛かっているような、気分である。

 ちら、とお蘭を見る山伏に目をやる。

 山伏の視線は粘るようで、お蘭の一挙手一投足を食い入るように見詰めてくる。

 ぞわっ、とお蘭の背筋に、正体不明の寒気が走った。娘らしい勘とは言えるが、まさか目黒富士の頂上で、しかも相手は厳しい修行で知られる山伏である。何か、良からぬ企みがあるとは思っても見ない──が?

 お蘭の総ての神経が、異変に備えて緊張している。一歩、一歩、薄氷を踏むような気分である。

 山門を潜った。

 瞬間、お蘭の身体は、ぐーっ! と空中に持ち上げられるような感覚を味わい、平衡感覚が失われる。

 次いで、すとんっ! と足下がぽかりと開いた穴に落ち込んだような気分になり、お蘭は思わず「きゃあっ!」と悲鳴を上げていた。

 しかし、お蘭の身体は、まるで動いてはいない。立て続けに、奇妙な感覚を味わっただけで、周囲は何も変わりはなかった。

「惣助!」

 お蘭は、思わず最も近しい名前を呼んでいた。振り向き、惣助がいるはずの方向を見た。

 確かに、惣助はいた。

 が、惣助は、まるで凍り付いているかのように、山門の直前で身動き一つしていない。

 片足が上がり、山門を通過する直前のまま、凝固していた。上がった足は空中でぴたりと固着していて、そのままでは明らかに、前のめりにばったりと倒れる寸前である。

「惣助! どうしたの?」

 叫んでみる。だが、惣助の耳にお蘭の声は届いていない。惣助の両目は、微かに上瞼が下ろされ、瞳は足元の地面に固定されている。

 もう一度「惣助!」と叫び、お蘭は駆け寄ろうとした。

 が、虚しい試みだった。

 お蘭の足は、その場から一歩も前へ動けなかった。というより、足は動くのだが、前へ進めないのだ。つるつる滑る氷の上を歩くようで、地面を踏んでいるという足応えが、さっぱりないのだ。

「ねえ、あたしの声、聞こえないの!」

 むかっ腹を立て、お蘭は思い切り叫んだ。叫びは、悲鳴のようになっていた。

 惣助の姿をもう一度よく観察したお蘭は、さらなる奇妙な現象に気付いていた。

 さっきより、片足が下がってきていた。最初に気付いたときは、片足はもう少し、上へ上がっていたはずである。

 それが、やや下ろされ、惣助の上体は僅かに前へ傾いでいる。

 お蘭はじいーっ、と惣助の全身を見詰めた。

 ゆっくり、ゆっくりと惣助の片足が地面に降りて行く。

 じれったいほどの動きで、遂に惣助の片足が地面に辿り着いた。

 すると、もう片方の足の裏が、ゆっくりと地面から持ち上がってゆく。爪先が地面を蹴り、膝が持ち上がってゆく。

 惣助は歩いている。ところが、動きが信じられないほどゆっくりなので、止まっているようにしか見えないのだ。

「お主は、惣助とか申す従き人とは、別の時の流れにいる。だから、お主の声も、姿も、惣助には感じられず、見えぬのだ。諦めるが良かろう」

 出し抜けに声が聞こえた。そちらを見ると、さっきの山伏が、ニッタリと邪な笑みを浮かべて立っていた。

 お蘭は立ち竦んだ。

 今、判った。

 何か変だと思っていたが、それは山伏を見た瞬間、感じていた。

 目の前の山伏の肌なのだ。なま白く、今まで一度も日に焼けた様子がない。

 激しい回峰修行を続ける山伏が、日に焼けないわけがない!

 では、目の前の男の正体は?

 さっと山伏の装束を身につけた男は、手にした杖を振り上げ、先端をお蘭に向けて突きつけた。

 しゃんっ! と錫杖しゃくじょうが鳴り響く。

 お蘭はくらくらっ、と眩暈に襲われる。意識がぼうっ、と揺れ、目の前が暗くなる。

 そのままお蘭は、仰向けに倒れこんだ。

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