三
座敷の中央に、ぱっと色彩が爆発したかのように、艶やかな色が咲いている。
理恵太は振袖を身につけ、髪の毛は島田に結い上げている。島田に結い上げた頭には、櫛、笄、簪などが、ちまちまと飾られていて、簪の飾りが、身動きにきらきらと光を反射していた。
ただ、髪の色は目にも鮮やかな金髪なので、妙な具合であった。
理恵太は、ちょっと怒ったような表情で、億十郎を睨んだ。
「仕方ないのです。お幸さんが、どうしてもと仰るから……」
「ほほ……」と、お幸は、くぐもった笑い声を洩らした。
「理恵太様が身につけていた、あの着物では、江戸を歩くわけには行きませぬからね。聞けば、理恵太様はまだ嫁がれていないと聞きましたので、振袖の丈を直して、着させて差し上げたので御座いますよ」
億十郎は頷き、お幸に向かって、軽く頭を下げた。
「それはお手数をお掛けした。お礼、申し上げる」
「そんな、他人行儀な……。億十郎様は、妹のお蘭の許婚ですもの……」
言いかけたお幸は、急に顔が曇った。お蘭が未だに行方不明なのを、思い出したのだろう。久兵衛は、おろおろと慰める。
「お幸。億十郎様が、お蘭を拐わかした曲者の正体を突き止めて下さった。いずれ、億十郎様が、何とかして下さる!」
「本当で御座いますか!」
お幸は喜色を取り戻した。久兵衛は何度も頷き、お幸の横に座った。
「仔細については、後でな……」
億十郎は、ずかずかと座敷に踏み込み、理恵太の前に膝をついた。
「理恵太殿。お主を元の場所へ戻すため、外国奉行に引き合わせる次第となった。ついては、今より、長崎奉行様の役宅へ向かわねばならんが、もう本復いたしたかな?」
理恵太はゆっくりと、億十郎の目を見詰め、頷く。理恵太の目を覗き込んだ億十郎は「おや?」と妙な感じを受けた。
なぜか、昨日と、理恵太の印象が変わっている。髪型や、身につける着物のせいかと思ったが、どうやら違うようだ。
が、億十郎は強いて自分の印象を振り払うように、声を励ました。
「それでは、参ろうか!」
理恵太は「はい」と頷き立ち上がった。
立ち上がった瞬間「あっ!」と悲鳴を上げ、がくりと膝を落とした。億十郎は慌てた。
「いかが致した? もしや、身体に異変か?」
「いえ……」と理恵太は真っ赤になる。
消え入りそうな声で「足が痺れて……」と言い訳する。
億十郎は源三と顔を見合わせた。源三は、笑いを堪え、肩を震わせている。真面目な顔つきを保つのが、必死なようだ。
そういえば、江戸にやってくる【遊客】は、正座が大の苦手で、ちょっと膝を畳んだだけで、すぐ足が痺れるのを思い出した。
理恵太の肘を掴み、立たせる。
まだ痺れているのか、へたへたと理恵太の足取りは頼りない。そろそろと、用心深く、理恵太は歩き出した。
何とか、店先に辿り着いた頃には、痺れが消えたようで、理恵太の足取りは、しっかりとしてきた。
まったく【遊客】というのは手が掛かる!
億十郎は、一刻も早く、理恵太を外国奉行に押し付けてしまおうと、強く思った。




