七
番頭に案内され、億十郎は縁側を回り、客間に出た。
客間では布団が延べられ、理恵太が横になっている。源三が横に正座し、団扇で風を送っていた。仰向けになった理恵太の金髪が、畳に広がっている。
億十郎の気配に気付き、理恵太が青い目を開いた。億十郎は理恵太の枕元に膝を折った。
「理恵太殿。少しは回復なされたか?」
理恵太は弱々しく笑いを浮かべる。億十郎は頷いて、話を続けた。
「左様か。休んだばかりで済まぬが、ちょっと顔を貸して貰いたい。お主に頼み事があるのだ」
「何でしょう?」
理恵太は片肘をついて、上半身を持ち上げた。
億十郎は理恵太の肘を掴み、立ち上がるのに力を貸してやる。久兵衛のもとへ戻る途中で、事情を手早く説明する。
「惣助は、お蘭を完全に忘れてしまっておる。しかし、そちならば、惣助の失われた記憶を蘇らせるかもしれん」
「あたしが? どうして、そう考えられるのです?」
億十郎の推測に、理恵太は驚きに目を瞠った。理恵太の驚き顔に、億十郎は「やはり異人だな」と内心、納得していた。瞳の周りの白目が大きく剥き出され、江戸の人間とはまったく違う人種であると判る。
「お主の【遊客】としての力に期待しているのだ! 惣助に、お主が【遊客】としての気力を持って命令して欲しい。お蘭を思い出せ、と」
億十郎が理恵太を連れて戻ると、庭に座った惣助は驚きの表情になった。初めて見る金毛碧眼の理恵太に、やや怯みの感情を表す。
理恵太は縁側に座ると、じっと惣助の顔を見詰めた。
惣助は、さっと俯いた。
理恵太はゆっくりと話し掛けた。
「惣助さん……。思い出して欲しいの」
ぎく、と惣助は全身に緊張をしめし、顔を上げる。視線が理恵太と合うと、金縛りに遭ったかのように、強張った。
理恵太は目に力を込め、一語一語、区切るように話し掛けた。
「あなたは、お蘭様の付き人じゃなかったの? 思い出しなさい! お蘭様の子供のころを。あなたの大事な人を!」
惣助は真っ青になった。理恵太の隣に座る億十郎にも、【遊客】の気迫はびんびんと伝わってくる。
【遊客】が本気になって命令を下すと、江戸の人間には拒否するのは不可能に近いのだ。
ふつふつと惣助の顔中に汗が噴き出した。
苦しみに表情が歪み、ぱちぱちと瞬きを繰り返す。ぐっと唇が一直線になると、がくりと肩が落ちた。
「う! お、お、お、お!」
両手を挙げ、戦慄いた。遠吠えのように、丸く開いた口から絶叫が零れ落ちた。
「お、お、お蘭様……!」
ばたりと惣助は横倒しになった。
億十郎はさっと縁側から飛び出し、庭に降りると惣助の側に膝まづく。肩をぐいと掴み上げ、上体を起こすと、耳元に怒鳴りつける。
「思い出したか? 惣助っ!」
ぱちりと、惣助は両目を見開いた。
がくがくと何度も頷いた。
「思い出して御座います! 確かに、あっしは、お蘭お嬢様と一緒で御座いました!」
「惣助っ!」
総てを見守っていた久兵衛が、悲鳴を上げていた。




