六
奥へと案内され、億十郎は久兵衛と向かい合わせに座った。源三は理恵太の世話で、久兵衛と二人きりである。
すぐ茶が出され、億十郎は一服がぶりと口に含み、旨さに感嘆の声を上げた。
さすがは茶問屋である。
出したのは、お蘭の姉のお幸で、億十郎の前に茶と茶菓子を置くと、一礼して下がっていった。
お幸の顔を見て、億十郎は「なるほど似ている」と思った。が、お幸の目には、お蘭に見て取ったような、険の強さは感じ取れなかった。
通された座敷の庭を囲む塀の向こう側は、川になっている。荷物を舟で運ぶために、清洲屋のような問屋は、たいてい、川に面した場所に建てられている。
まず、億十郎が口を開いた。
「お内儀は、いかがなされた? お姿が見えないが」
久兵衛は、がっくりと項垂れた。
「臥せっております。お蘭が……」
途中まで言いかけ、やがてやっと「神隠しに遭ったと判って」と言い終える。久兵衛もまた、今にも倒れ臥しそうな様子である。
湯呑みを置いて、億十郎は腕を組んだ。
「書状には、お蘭殿は付き人と一緒だったらしいな。惣助とか申したが……」
久兵衛は朦朧と頷くと、廊下を見て、ぱんぱんと手を叩く。
すぐに足音が聞こえ、番頭が姿を表し、膝を折った。
「御用で御座いますか?」
「惣助を呼んでおくれ」
久兵衛の命令に、頷くと立ち上がった。ちょっと間があって、番頭は初老の男を庭先に連れて来た。初老の男は、庭先に座り、頭を下げた。これが惣助だろう。
億十郎は立ち上がると、縁側に出た。片膝をついて、惣助を観察した。
惣助は膝に目を落とし、小さくなっている。
億十郎は優しく、声を掛けた。
「面を上げよ」
惣助はゆっくりと顔を挙げ、億十郎と視線を合わせる。
「惣助、そちは、お蘭という娘の名前に心当たりがないと申すが、本当か?」
「へえ……」
もぐもぐと、惣助は口を動かす。視線が躊躇いがちに、あちこちに彷徨う。
「目黒富士に登った経緯も、憶えておらんのか?」
億十郎の質問に、惣助はちょっと首を捻った。
「へえ。とんと覚えが御座いませんで。あっしが目黒など、どうして参る用が御座いましょう?」
惣助の受け答えは正常であったが、口調は何か台詞の棒読みのようで、感情の揺らぎが全く含まれていない。
億十郎は、ゆっくりと立ち上がり、惣助に命令した。
「判った。少し、そこで待っておれ」
惣助を連れて来た番頭に顔を向ける。
「儂が連れて来た【遊客】のお方は、どちらにおられる?」
出し抜けの億十郎の質問にも、番頭は淀みなく答えた。
「ああ、あのお方なら、若旦那が客間に御案内を申し上げております」
「案内してくれ。ちょっと用がある」
番頭は頷いた。
「では、こちらへ」
番頭が歩き出し、億十郎はもう一度、惣助に声を掛けた。
「待っておるのだぞ!」
惣助は小さく頷いた。