根に持つ女
夜道の一人歩きは危険だ。私のように、人から恨みを買っている人間にとってはなおさらのことだ。
突然の拉致監禁。薄暗い部屋で私は両手両足をきつく縛られ、がらの悪い数人の男に囲まれていた。
男たちの中でリーダー格と思われるスキンヘッドの男が、ニヤニヤ笑いながら言った。
「お嬢さん、あんた相当恨まれてんな。何人ものお坊ちゃまがあんたを殺してくれたらいくらでも出すって言ってきてよお」
私はその男を睨みつけてやった。唾でも吐きかけてやろうかと思ったが、生憎と男の顔まで届きそうになかったのでやめた。
「そんな怖い顔するなよ。可愛い顔が台無しだぜ? あひゃひゃ」
下品な笑い方。反吐が出そうだ。
男はおもむろに、懐に手を突っ込み、拳銃を取り出した。そして、私の額にそれを押し付けながら、「ま、その顔も今からぐちゃぐちゃになるけどな」と続けた。
「ふふふ」
私は笑った。たぶん不適にと表現するのがぴったりな笑い方で。
「あ? 何がおかしい?」
「ねえ、おじ様。本当に今私を殺してもいいの?」
「今さら何言ってやがる。お前を殺せば俺はお坊ちゃま達から莫大な金を巻上げることができるんだぜ」
「ふふふ、もし私を生かしてくれるなら……10年後、いや、5年後、あなたにもっとすごい大金を出してあげるわ」
「このガキ! 何言ってやがる!」
私の周りを囲っていた男の一人が叫んだ。そして、私を殴る。口の中が切れ、血の味が広がった。さらに二発、三発と殴られたところでスキンヘッドの男が「待て」と静かに言った。私を殴っていた手がピタリと止まる。
「おもしろい。おもしろいじゃねえか、お嬢さん。続けな」
私は口内の血を吐き出し、覚悟を決めた。
「私は絶対に絶大な富と権力を手に入れる。私にはそれができる能力も、覚悟もあるわ。だから……私を生かしてくれるなら、5年後、あなたは莫大な金を手にできるのよ。分かった?」
「ふふ、くくく、あーはははははは! おもしれえ! 全くおもしれえよ、お嬢ちゃん! いいだろう。今は殺さねえ。きっちり5年後、あんたのとこに金を貰いに行くぜ? 逃げようたって無駄だ。俺達はいつでもお嬢ちゃんを監視してるからな!」
「ふふふ、契約成立ね。でも、一つ憶えておいてね。私、根に持つ女だから」
「けけ、肝に銘じておくよ」
こうして私は死を免れた。それからの五年間はあっという間に過ぎた。そして、今日がきた。
「おい! 何だこれは! 俺を誰だと思っていやがる! こんなことしてただで済むと思うなよ!」
顔に真っ黒な袋を被せられた男が、怒鳴り散らしていた。両手両足はきつく縛られている。
「とっておやり」
女の声がしたかと思うと、袋が取り除かれ、男は数時間ぶりの光を見た。まぶしそうに顔をしかめる。
「ふふふ。お久しぶりね、おじ様」
男の正面にいた女が言った。
「て、てめえ! これはどういうことだ! 契約はどうなった!」
「あら、契約は守るわよ。あそこに積んであるでしょ? あれは全部あなたのモノよ」
女の言う通り、普通の人が一生かかってもお目にかかれないような札束の山があった。それだけではない。宝石や金塊、土地の権利書まであった。
「だったら、これは……」
「金のことと、今あなたがここにこうしているのとは、全く関係のないことなのよ」
「?」
「私はね、5年前味わった恐怖と屈辱を片時も忘れなかったわ。毎日毎日、あなたに復讐することだけを考えていたわ。そしたら、私は絶大な富と権力を手にいれたわ……」
「復讐、だと? だったら筋違いじゃねえか! 俺は坊ちゃん達に金で雇われただけだぞ!」
「ふふ、分かってるわよ。あのお坊ちゃま達なら今頃、海底で優雅にダンスでも踊っているんじゃないかしら」
女はそう言いながら、机の引き出しから拳銃を取り出した。
「お、俺が悪かった! 金はいらない。だから、だから助けてくれ!」
「そんな情けない顔しないでよ、おじ様。男前の顔が台無しじゃない」
女は男の額に拳銃を押し付けながら、「ま、その顔も今からぐちゃぐちゃになるんだけどね」と楽しそうに続けた。
「頼む! 命だけは!」
「ダメよ。言ったでしょ? 私は根に持つ女だって」
「ひッ! ま、待って……」
乾いた銃声が響き渡る。
「さよなら、おじ様」
昔書いたものに手直しを加えてみました。