レンシレンジ :約2500文字 :会話劇
「はい、どーもお!」
「どーもです」
「いやあ、すっかり寒い季節になってきましたねえ」
「ですねえ。朝は特に冷え込みがきつくて、布団から出るだけでも一苦労ですねえ」
「そうそう。もう何をするにも億劫で、最近は何でもかんでもレンシレンジで温めるようにしてるんですよ」
「おー……ん? おお」
「パンとか牛乳とか卵とか、ピッとやってボン! てなもんですよ」
「爆発しとるやないか。気ぃつけなアカンで」
「そんなわけでレンジが壊れてしまいましてね。こないだ王手家電量販店に買いに行ったんですよ」
「言わんこっちゃない。まあ、今どきのは機能もぎょうさんついてますしねえ……ん?」
「入口くぐったら自電車がどわーっと並んでましてね。これ蹴倒したら気持ちいいぞ、なんてテンションが上がりましてねえ」
「どこでテンション上がってんねん……自電車?」
「で、早速エべレーターに乗り込んで家電と暮らしのフロアへ向かったんですよ」
「おー……」
「レンシレンジのコーナーに着いたんですけど、まあ数が多いこと多いこと!」
「いや……レンシレンジってお前!」
「ん?」
「『ん?』ちゃうねん。小ボケ挟むんなら、もっとわかりやすいの頼むわ」
「とかなんとか言っておりますけども。で、こうゆうのは定員さんに聞くのが一番だなと思いまして」
「店員な」
「忙しかったら悪いし、ま、一様、暇そうな定員さんを探そうと思ったんですよ」
「一応やろ」
「そしたら、全員暇そうにしてましてね。僕を見つけた瞬間、一斉にこっちへ向かってきたんですよ」
「一様ではあったんか」
「『お客様、何かお探しでしょうか!』『こちら新製品となっております!』『今月のランキグン一位です!』『あちらの掃除機、今なら二割引きです!』『センタッキお買い得です!』『ベットもございます!』『こちらダイアモンド加工です!』って、ものすごい勢いでね。まるで台風一家ですよ」
「おー……台風一過な」
「永遠と話しかけられましてね。『もういい、もういい! 自分で探します!』ってゆって、なんとか解放されたんですよ」
「延々」
「いやー、これでやっと落ち着いて探せるなあ。あっ、でもやっぱり予算が第一だなと思って、ジャンバーのポケットから財布を取り出そうとしたんですよ」
「ジャンパー!」
「そしたらね……ないんですよ。財布が」
「えっ、まさか」
「ケーキで来たから、家に忘れたってことはないんですよ。あれ? あれれー? ない、ない! ってポケットの中探ったり、体をパンパン叩いたりしていたら、また定員さんが駆け寄ってきましてね。『お客様どうされましたかー!』」
「ケーキ……定期? 定期券?」
「で、事情を話したら『それは大変だ!』って、また全員一斉に駆け出しましてね。棚の下を覗き込むわ、炊飯器を開けるわ、ベットをひっくり返すわ、もう完全に固く捜査ですよ」
「家宅捜査や」
「定員全員、一生懸命でね。まあ、そうせざる負えないでしょう。『いや、お前らの中の誰かがスったんだろ!』ってゆいたかったんですけど、そこはぐっと堪えて、観察することにしたんですよ」
「を得なかった」
「そしたらね……一人いたんですよ。むわっと湯気が立ちそうなくらい、ダラダラ汗かいている定員が。額から首筋までテカテカで、シャツも体にびったり張りついているんですよ。いやお前、バイオ前線最前線か! ってね」
「梅雨前線な」
「近づいた瞬間、ビクッって背筋伸ばして、そのまま硬直。ガタガタ震え始めましてね。今から微兵されて特攻でも命じられるのかってくらいの顔していましたよ」
「徴兵ね」
「『あのー、あなたですよね?』『え、いや、あの……』って、目が泳ぎまくり。これはもう確定ですよ。床に水たまりができるんじゃないかってくらい汗が滴っていましてね。ちょっとかわいそうになって、まあ最後の情けですね。駅前でもらったポケットテッシュを渡そうと、バックを開けたんですよ」
「おー……ほんでほんで。あとバッグね」
「そしたらね……ト報です。なんと、財布はバックの中にありました! いやー、勘違いだったんですねえ。定員さんは単に人見知りが激しい人だったみたいで」
「ト報……訃報? ……朗報!?」
「完全に僕の早とちりでした。謝られたら紳士として受け止めるつもりだったんですけど、逆にこっちが謝る羽目になりまして。まさにトホホウでしたよ。あ、それからこの前ね、スイゾッカンに行ったんですけど」
「いや、ちょっと待て」
「ん?」
「お前、さっきから間違い多すぎやろ」
「え? いや、財布の件は確かに僕が悪かったけど、多すぎってほどではないでしょ」
「そこちゃうわ! レンシレンジや! 電子レンジやろがい! 他にもいろいろひどかったぞ!」
「え? 何ゆってんの?」
「お前な、うろ覚えのまま話すな。恥かくぞ、ほんま。あと、『言う』を『ゆう』にすんのやめろや。腹立つねん」
「うる覚えね」
「うろ覚えや! なんやその自信!」
「それにレンシレンジはレンシレンジでしょ」
「お前なあ……もうちょっと物をよく見ろや。それこそ売り場に『電子レンジ』って書いてあったやろ?」
「いや、レンシレンジだよ」
「頑固やなあ……ほならちょっと見てこいや。すぐそこやろ、電子レンジコーナー」
「いや、見るまでもないって。レンシレンジだよ」
「ええから確認してこい! 電子レンジやって!」
「いいや、レンシレンジだね!」
「電子レンジや。なんやその熱量、怖……」
「レンシレンジはレンシレンジだから」
「電子レンジやて……」
「一回認めて。レンシレンジ」
「無理やて。電子レンジやもん」
「レンシレンジ」
「電子レンジ」
「お客さんもみんな言ってるよ。ねえ、皆さん。これレンシレンジですよね? ほら」
「えっ、なんや……なんなんや……電子レンジやろ……どうなってんねん……」
「お前はレンシレンジ」
「ちゃうて……」
「レンシレンジ」
「だから……」
「レンシレンジ」
「……はあ、わかったわ。もうそれでええよ」
「おおー! と、場も温まったところでご紹介しましょう! こちら新商品のAI搭載電子レンジ――『廉士レンジくん』です! 中の食品を自動分析し、いちいち設定しなくても最適な温度まで温めてくれます。さらに会話機能も充実。間違いを正すだけでなく、空気まで読んでくれる優れものですよお。さあ皆さま、ぜひお買い求めくださーい!」
「オーブン機能つきってのも言わなあかんやろ。ほんま、世話ばかり焼けるで……」




