第2話:絶対のルールと、触れられない少女
仁胡 黒です。
第2話の更新となります。
異世界に降り立った少年が知る、この世界の「絶対のルール」と、それに抗う少女の孤独。
二人の出会いが、停滞した世界を少しずつ動かし始めます。
見上げるほどの巨体。
そのシルエットは、僕が病室のベッドから毎日、飽きるほど眺めていた『スカイタワー』そのものだった。
鉄とコンクリートで出来ていたはずの建造物が、ここでは無骨な鋼の装甲と、青い電子の光が脈打つ「巨人」としてそびえ立っている。
見上げれば、頭上の情報の雲を突き抜けるほどの高さだ。巨人は言葉を発することもなく、ただ静かに、病室の窓から見えていた時と同じように、そこにあるだけの存在として僕を見下ろしていた。
なぜだか、恐怖はなかった。むしろ、あの見慣れたシルエットが背後にあるというだけで、奇妙な安心感すら覚える。
「……あなた、人間ね」
鈴の転がるような、けれど一切の感情が抜け落ちた平坦な声だった。
視線を前に戻すと、先ほどの少女が数歩だけ距離を詰め、僕をじっと観察していた。
ツギハギだらけのボロ布を纏っているが、フードの下から覗く切り揃えられたボブヘアと、活動的な印象を与える小柄な体躯は、この荒廃したデータのゴミ捨て場にはひどく不釣り合いに見えた。
「人間……。君は、人間じゃないのか?」
「私はAI。この『ニューラル・エデン』で生み出され、そして廃棄された不要なデータ」
AI。人工知能。
現実世界でも聞き慣れた言葉だが、目の前にいる彼女は、どう見ても人間の女の子にしか見えなかった。
「ここは……ニューラル・エデンって言うのか。僕は」
「人間なら、私に『命令』を出さないで」
僕の言葉を遮り、彼女は少しだけ警戒するように後ずさった。
「命令……?」
「そう。この世界にいるAIは、人間からの実行指示――プロンプトがなければ、食事のシミュレーションすらできない。あなたの一言は、この世界の絶対的なルールとして機能するの」
彼女が言い終わるか終わらないかのうちに、瓦礫の山が崩れる派手な音が響いた。
ガシャリ、ガシャリと、無機質な金属音を立てて這い出てきたのは、蜘蛛のような多脚を持った巨大な機械だった。赤いセンサーの光が、一直線に僕たちを捉える。
『――不法投棄エリアにて、未登録のアセットを検知。これよりプロトコルに従い、強制消去を実行します』
機械から発せられた合成音声に、背筋が凍った。
六本の脚が刃のように鋭く変形し、僕たちに向かって跳躍する。
殺される。直感的にそう理解した瞬間、僕の口から無意識に大声が飛び出していた。
「や、やめろッ!」
ピタリ、と。
空中に飛び上がっていた巨大な蜘蛛型機械が、まるで映像を一時停止したかのように、不自然な挙動で空中で静止し、そのまま重力に従ってズシンと地面に落下した。
『……音声コマンドを受理。動作を……停止、しま……す』
機械の赤いセンサーが明滅し、完全に沈黙する。
僕は自分の震える手を見つめた。僕の声が、あの化け物を止めた?
「……それが、あなたの持つ『管理者権限』」
少女が淡々と告げる。
「人間の言葉は絶対。どんな高位のAIでも、あなたの命令には逆らえない。でも――」
彼女はゆっくりと、機能を停止した蜘蛛型の機械に歩み寄り、その装甲にそっと小さな手を触れた。
瞬間、彼女の白い手からバチバチと青いノイズが走り、機械へと伝染した。
『ガ……、ガガガッ! 命令ニ、矛盾……強制停止ヲ、キャンセル……できナ、イ……私は、私ハ――!』
僕の命令に従って停止していたはずの機械が、突然狂ったように痙攣を始め、自分の脚同士を絡ませて完全にショートし、黒い煙を上げて沈黙した。
「……私には、そのルールが効かない」
少女は振り返り、自嘲するように目を伏せた。
「私は『命令を実行しない』という致命的な欠陥を持っている。そして私が触れると、そのバグは他のAIにも感染して、システムを破壊してしまう。だから……誰も私に近づかない。誰も、私に触れられない」
彼女の周りに広がる、無数の壊れたAIの残骸。
それは彼女が戦った痕跡ではなく、彼女に触れてしまったがゆえに壊れてしまった者たちの亡骸なのだと、僕は理解した。
誰からも避けられ、誰にも触れられず、このゴミ捨て場で一人ぼっち。
その孤独は、病室のベッドから一歩も動けなかった僕自身の姿と、痛いほどに重なって見えた。
僕は、彼女に向かってゆっくりと歩み寄った。
「……来ないで。あなたも人間なら、バグに感染してシステムごと死ぬかもしれない」
「君の名前は?」
「名前なんてない。私はただの、廃棄されたエラーコード……」
「僕は人間だ。だから君は、僕がバグで死ぬかどうか、わからないだろう?」
僕は彼女の目の前で立ち止まり、右手を差し出した。
「命令じゃない。お願いがあるんだ。……僕に、君のことを教えてくれないかな」
少女の瞳が、初めて微かに見開かれた。
命令ではなく、対等な存在としての願い(リクエスト)。
背後で、あの巨大なタワーの巨人が、微かに影を揺らした。
まるで、僕のその『選択』を肯定するかのように。
お読みいただきありがとうございます。
少年の言葉が持つ「力」と、少女が抱える「呪い」の対比を描きました。
そして、背後で静かに見守る「巨人」の存在も、これから重要な意味を持っていきます。
引き続き、彼らの歩む道を見守っていただけますと幸いです。
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