伯爵令嬢はマネーボールがお好き
WBC、面白いなぁ……
気持ちの良い初春の昼下がり、美しく整地された公園にきていた男は、とある人物を見つけると妻に話しかけた。
「おい、見ろよ!ラッキーお嬢様が視察にきてるぜ」
「まあ!きっと子供達も喜ぶわ」
話題になった令嬢は、名をラッキー・トゥ・ラキーチという。
かつて彼女は神童と呼ばれた。
幼少期より凄まじい内政の才能を発揮し8歳の時には父親の実務を手伝いめ、それから10年たらずでラキーチ領を大発展させた本物だ。その活躍は多岐に渡る。
一例としては領内で採れる木材や動物皮の優れた加工技術を編み出し、無学な民への教育メソッドを確立し、失業者対策に公共事業をおこして公園を作った。
しかも、ただ賢いだけではない。
公園づくりでは自らも現場で斧を振り、地面を均して荒地を開墾していった。完成後は私財を投げ打ち子供達が遊べるような道具を揃えるという領民への滅私奉公ぶり。
勿論その材料は自領の木材や動物皮である。
彼女のお陰で領民達は経済的に豊かになり、この数年は様々な方法で余暇を楽しむ余裕もできた。
中でも一番人気なのは、これまたラッキーの考案した『三角ベース』という遊びだ。今日も公園には、熱中する子供達の笑顔が溢れている。
ヒットを打ち手を振る少年に、拍手しながら笑顔を浮かべるラッキー。それをみた男の頬も緩む。
「全く、日々お美しくなられていくよな。昨年デビュタントされたけど、一体どんな相手と結婚するんだろう」
「求婚の申し込みが殺到しているけど、まだ自領でやり残した事があるといってお断りしているらしいわよ」
「ああもう、無欲な天使かよ……」
そんな訳で遠目に羨望の眼差しを向ける夫婦。ただ、当のラッキーはと言うとーー
「ヒットを打ってベース上でのパフォーマンス、プロ野球みたい……ふふふ、そう、いつかこの世界にも野球を普及させて世界大会を……」
なんて我欲丸出しの呟きをしていた。
憧れるのをやめましょう案件だが、幸か不幸か二人がそれに気づく事は無かった。
***
第一王子、ブルード・アラ・オレドラゴンは、希代の才覚とそれに比肩しうる野心を持ち合わせた人物だった。
幸い今は小康状態だが、世は長年様々な国や種族が争う戦乱の時代。
故にブルードは、他国・他種族に負けぬ様に国土を拡大していくことを考えている。当然王妃となる人物を選ぶにあたってはコネや血筋より乱世に役立つ実務能力や志を重視したい。
そんな彼は現在、国王と折衝しつつ自らの伴侶選びのため資料を纏めているところであった。
「ほう……」
各地に派遣した調査員からの報告書。ラッキーの功績をまとめ『無欲で温厚な人格者』と評したそれをみて、しかしブルードは『裏』があることに勘づいていた。
「父上、俺は彼女に興味がわきました。伯爵令嬢ですし、実績も申し分ありません。どんな人物か見極めたいので、一度見合いをセッティングして頂きたい。」
***
ラッキーは野球をこよなく愛する転生者である。
前世は関西に拠点を構える縦縞軍団ファンだったが、特定の球団というよりはプロ野球全般、のみならず野球文化のすべてを愛していた。
転生した当初、彼女は絶望した。
なにせ文化レベルが1800年代後半のアメリカよりも大分低く、野球文化もなかったのだから。
人はスマホやテレビが無い生活に慣れる事はできても、野球がない生活に慣れる事はできない。野球で言えば九回裏ツーアウトに追い込まれた状況からのスタートである。
しかし彼女は諦めなかった。
野球はツーアウトからとも言う。
野球が無い?作ればいいじゃない。
文明レベルが足りない?発展させましょう。
幸い、彼女は野球の全てをこよなく愛していたのでグローブを初めとした革製品の加工について深い知識があった。
また、植物は前世と同じ生態系だったらしい。
アオダモ、メイプル、バーチ、ホワイトアッシュといった木材の特徴や加工する機械についても造詣があったおかけで、内政無双することができた。
諦めないことは大切なのだ。
そして、それより大切なのは野球。野球は万物に通じ全てを解決する。ラッキーは神に感謝した。
「天国のベーブ・ルースさん、ありがとうございます」
スタメン予想や打率や防御率を肴にワイワイするのも野球の醍醐味だから子供達に読み書き計算を教え、公共事業にかこつけて公園も作った。
ちゃっかり自分も参加して手斧でスイング練習、トンボでグラウンド整備だ。今はこれが精一杯だけど、現場で汗を流すのもまた楽しい。
野球の前身としてシンプルな三角ベースを流行らせることはできた。ゆくゆくは各地に球場をつくり、地域対抗の野球大会を開きたいものである。その野望が達成されるまで、結婚なんてしている場合ではない。
(だというのに、王子と見合いなんてするハメになってしまったわ……上手いこと断らなくっちゃ)
普及のために金とコネはあればある程よい。しかし、それはあくまで自由に使える事が前提である。
「さてラッキーよ、人払いも済ませたし、堅苦しい挨拶はこれくらいにして互いの本心を話し合おうか。お前、おそらくこの縁談に乗り気ではないな?」
「……殿下の様な貴きお方に、わたくしはきっと相応しくないでしょう。今までの経歴に興味を持って下さったとのことですが、その認識には少々齟齬がある様にも感じますし」
自分の行動原理は一にも二にも、野球の普及なのである。志を共にしない者と伴侶になることで、その活動に支障をきたすわけにはいかない。
そんなわけでそっけない態度をとるラッキーだったが、ブルードは逆に彼女への興味と好意が強まった。
「ふっ、面白い女だ……」
新鮮だったのだ。
なにせ、今まで彼の周りには玉の輿を狙って己を大きくみせたり、色目を使いしなだれかかってくる女しかいなかったから。
そして、先の『経歴について少々認識に相違がある』という台詞をもって自らの判断が間違っていないという確信も深めていた。
「ラッキーよ、単刀直入に問おう。お前はこの国が、というかこの世界が少々退屈で息苦しいと思った事はないか」
「……あります」
何せ、この世界にはまだキチンとした野球が存在しないのだから。言うなれば酸素が足りない様なものだ、当然苦しい。
「だからお前は、まず自領を発展させ領民が余暇を楽しめるほど生活を豊かにした。しかし実はその余暇の『三角ベース』にも狙いがある。と言うかそれこそが真の目的だ……違うかな?」
ブルードの問いに、ハッと目を見開くラッキー。
「な、なぜそれを!?」
もしかして、彼も転生者なのかしら。
「俺には夢がある。世界制覇という夢が。そしてそのためには大規模な意識改革と転機が必要だと考えている」
「つまり、『アレ』というコトでしょうか」
「そう、一度『荒れ』る必要がある。理解してくれるか」
「わ、わかります……わかりますわ殿下!」
セ界制覇、アレ(A.R.E.)……さては、殿下も前世は同じチームのファンだったのですね!
おーん、大外れ。
ブルードはただの有能で野心的な現地人よ。
「俺は『富国、強兵』という長期ビジョンが大切だと思っているんだ。言っている意味、わかるな?」
「ええっと、他より強い戦闘集団をつくるためにはまず運営元の資本が大切という事ですよね」
「ご名答。ただ、現実問題として富国には少々時間がかかる。しかし開戦の日時はこちらの都合通りにはいかないこともあろう、キミがトップならそんな時どうする?」
質問され、ラッキーは思った。
きっと贔屓球団オーナーになった際の運営シミュレーションという事だろう、楽しい話題だ。
なら自分はきっとこうする。なにせ映画『メジャーリーグ』や『マネーボール』は実に面白かった。
「そうですね。『育成と移動とケア環境の充実』、『統計学的なデータ分析と活用』、『先入観にとらわれず内外から過小評価されている人物を見つけ、抜擢および獲得』などでしょうか」
「成程、素晴らしい」
褒めてもらった。最高でーす。
どうやら今日は、転生して初めて同好の士と野球を肴に一杯やれそうだ。
「そこで君が考案したという三角ベースだ。今まで見聞きした事ない遊びだが、調べてみれば実によく考えられている。」
違った。
ブルードは政治や軍略の事を言っているので噛み合わなくて当然である。
イケイケ右側の彼は現在、動物皮や木材加工、そして三角ベースは軍事転用可能……なんてことを考えていた。
ちなみにラッキーへの現評価は『必要ならば戦いをも辞さぬ、内密に軍備をすすめるリアリスト』だ。
そんな事はつゆ知らず、じゃあ先程の発言はなんだったのだ、ぬか喜びさせやがってという気持ちになるラッキー。紛らわしいことしたらアカンすよ。
「走、振、投と言った動作に加えて動体視力や連携まで内包されているな。実に素晴らしい。キミは未来に向けて種を蒔いていたわけだ」
「流石は殿下、ご慧眼おそれいりました」
しかしどうやら彼は野球の前身となる三角ベースの素晴らしさを理解したらしい。見る目あるじゃん。
「君といると人生に倦まずにすみそうだ……と言うわけで、君に結婚を申し込む。」
なるほど、同好の士ってことね。
でもいきなり結婚なんていいのかしら。
「強制はしないが、受けてくれるな?もちろん、君には王妃として持てる最大の権限を与えよう。自己裁量で好きに動いてみてくれ、どうやら我々は同じ方向を向けるようだしな」
「承知しました。よろしくお願いいたします」
「ありがとう、そう言ってくれると思っていた」
いいわよね。野球の普及のために使えるお金とコネは、あればある程いいし。殿下のことはよくわからないけど、二人の間に愛(野球への)があればきっと大丈夫でしょう。
***
こうして二人は結婚した。噛み合わないまま辻褄だけはバッチリ合ったが故の早急な成婚だった。
しかし幸運にも相性は良かった様だ。
全くチグハグな二人だったが、まるで野球のバッテリーの様に各自の足りぬところを相互補完し合った。夫婦仲も死が二人を分つまで、長年にわたり良好だったそうな。
ちなみにラッキーの内政チートは結婚後も火を吹き続けた。なんなら、強力な金とコネを手に入れた分より火力を増したまである。
結果ブルードは晩年、強力な経済力と軍事力をバックに無血にてオレドラゴン帝国を世界の覇者することに成功した。
またその頃には人族以外にも野球文化が根付き平和の祭典として、wonderfulーBridgeーCreatureship 、通称WBCが開催されるようになるのだが……それはまた別のお話。
野球テーマの連載やってるのでよろしければ
その野球小僧、前世知識で鍛錬中につき
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