平凡令嬢の確実な利のある推し活生活
『アリン嬢は……なんだ。きっといつかエルマールを助けてくれる』
覚えている限りで最も古い記憶だ。
しかしこの言葉を残した両親も、既に事故で過去の人。
僕も来年には成人し、正式にフロックハート伯爵家を継ぐことができる。
その前に全てを清算しなければならない。
アリンとは僕の婚約者の名だ。
ギレット男爵家の令嬢。
どうして家格の低い男爵家の令嬢と僕をわざわざ婚約させたのか、両親の意図は知らないのだ。
僕が物心つく前に結ばれた婚約だから。
僕を助けてくれるという、古い記憶におそらく関係するのだろうとしか。
ただどうしてアリンが婚約者なのだろう、という疑問はつきまとう。
どう見ても平凡な令嬢だからだ。
家格差を埋め、あえて求めるだけの令嬢には思えない。
これは僕がアリンを気に入っているのとは別の話で、俯瞰で見た価値がどの辺にあるのかってことだ。
亡き両親はどう考えていたのだろう?
いや、アリンが善良で穏やかで真面目なところは全く疑いようがない。
いつも一生懸命勉強している割に、王立アカデミーでの成績には反映されないなあ、というだけ。
顔立ちも平凡だしなあ。
ただし笑ったところは可愛いと、僕は思う。
級友に言われたことがある。
「エルマール、ちょっといいか?」
「ん? 何だろう」
「君、婚約者とうまくやれてるのか?」
「まあ普通には。何故だい?」
「気を悪くしたら申し訳ないが、傍から見た客観的な意見だと思って聞いてくれ」
「わかった」
「フロックハート伯爵家は不幸があって、君は両親を失った」
「そうだね」
領で視察中に崖崩れがあったのだそうだ。
両親はそれで命を落とした。
避けようがなかった事故だと聞いている。
「すまないが、家勢が落ちてると言わざるを得ない」
「いや、僕自身もそう思う」
「エルマールに聞く耳があって嬉しいよ。であるならば、もっと家格の高い家から婚約者をもらい、家を立て直すべきという考えはあるんじゃないかってことを言いたかった」
よくわかる。
確かに一つの堅実な考え方だと思う。
フロックハート伯爵家に娘を送り込みたい有力貴族なんていくらでもいるだろうから。
しかし……。
「僕とアリンの婚約は、両家で納得して決めたものなんだ。僕の両親が何を考えていたか今となっては知るすべがないが、だからこそ両親の意思を無下にしたくない」
「そうか」
「またギレット男爵家はすごく親切でね。両親の死後、大層世話になっているんだ。君の言うように家格の高い貴族から婚約者をもらうことも、外れのない一手法だとは思う。だが両親とギレット男爵家に対して、二重に背くことになるだろう? 僕はそんな方法を取らない」
「うむ、エルマールにしっかりした考えがあって安心したよ。オレの言ったことは忘れてくれ」
「いや、わざわざありがとう」
やはり周囲にもこう思われてるのか。
注意しなければならないな。
とは言っても疑問はつきまとう。
両親はアリンの何を買ってごく幼い内に婚約を決めたのか?
いつかきっと助けてくれるとはどういう意味だ?
アリンとのお茶会の時に聞いてみた。
来年には僕達も結婚することになる。
わだかまりなりモヤモヤなりを残すのはよろしくないだろう。
アリンは大きめのカップを両手で持ってお茶を飲むのが好きだ。
小動物みたいで和む。
「アリンに聞きたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
「僕達の婚約はごく幼い頃に決められたろう? どういう経緯があったのか知らないか?」
――――――――――アリン・ギレット男爵令嬢視点。
わたしの婚約者エルマール・フロックハート伯爵令息は、とっても素敵な令息なのですよ。
見目麗しく文武両道でキリッとした凛々しい雰囲気があって、わたしを大事に扱ってくれるのです。
しかもうちギレット男爵家よりもはるか格上である、フロックハート伯爵家の嫡男。
はあ、こんな殿方が婚約者なんて惚れ惚れいたしますわあ。
わたしは大変に恵まれていると思います。
喜んで推し活いたしますとも。
今日もエルマール様とお茶会です。
エルマール様は律儀な方でもあります。
絶対にお茶会をすっぽかしたりなさいませんし。
わたしも友人の皆様に大変羨ましがられております。
幼馴染の婚約者って素敵ね、と。
いえ、エルマール様とわたしの婚約は少々わけありなのですけれどもね。
エルマール様が問いかけてきます。
「アリンに聞きたいことがあるんだ」
「何でしょうか?」
「僕達の婚約はごく幼い頃に決められたろう? どういう経緯があったのか知らないか?」
お茶を吹きそうになりました。
えっ? エルマール様は理由を聞いていないの?
それなのにわたしみたいな平々凡々な男爵家の娘が婚約者で納得していたのです?
エルマール様は伯爵家嫡男の貴公子なのに?
驚きの事実でした。
……だとしたら、今になって婚約の経緯を知りたがるのは何故でしょうね。
ついにわたし、愛想を尽かされましたか?
いえ、仕方ないことだと思いますけれども。
「わたしは知っております。おそらくは完全な事情を」
「ふむ、そうか」
「あのう、エルマール様はどうして婚約の経緯を知りたいのですか? ひょっとしてわたしはエルマール様の婚約者失格ですか?」
「何をバカな。アリンは可愛いし頑張り屋だし、特に不満はない。また両親が事故死した時、ギレット男爵家には随分と世話になった。僕は恩知らずではない。婚約解消など露ほども考えていない」
よ、よかったです。
婚約者クビという最悪の事態は避けられたようです。
となると逆に困りましたね。
どう説明すればわかってもらえるでしょうか?
「ただ僕の友人の中には、フロックハート伯爵家の家勢を盛り返すために婚約者は重要じゃないか、という言い方をする者もいるのだ。家のことを持ちだされると、今の僕は弱くてね」
「あ、だから婚約の経緯を知りたいということなのですね?」
「可能ならばだけどね。また両親の考えの一端を覗き見たいということもあるな。もう直接聞くことが許されないから」
エルマール様が少し寂しそうです。
「わかりました。しかしわたしとの婚約が続くということであれば、一部話せないことがあるのです。それ以外はお伝えいたします」
「む? 婚約が続くと話せないのか? 逆ではなく?」
「理由があるのです。まずギレット男爵家は昔経営破綻寸前でした。その時フロックハート伯爵家に救っていただいたのです」
「うむ、聞いたことがある」
「フロックハート伯爵家の支援により、ギレット男爵家は持ち直しました。しかしうちからお返しできるものは何もありませんでした」
「気にすることはないのにな。フロックハートだってボランティアというわけではない。あくまで共同事業が当たったというだけだ」
エルマール様はそう仰ってくれますが、ギレット男爵家と組んでくれる貴族家や商人はなかったのですよ。
フロックハート伯爵家以外には。
あちこちで随分足元を見られて苦労したものだと、お父様が今でもしみじみ話すことがありますよ。
当時お父様はまだ家を継いでいなかったはずですけれども。
「そこでわたしが加護持ちだということが判明したのです」
「加護? まさか神の加護?」
「そうです」
神の加護とは、生まれながらの異能です。
数千人に一人くらいの割合で誕生すると言われています。
神に愛された者がもらえるギフトと言われることがありますが、実際には原因不明らしいですね。
ともかくわたしは異能持ちでして。
「なるほど。だからアリンが僕の婚約者になったのか。神の加護に期待して」
「さようです」
しかしこの先は言えないのです。
わたしの異能は『代理』という、ちょっと変わったものなのですよ。
わたしが努力して得られた成果を対象に加えることができる、という。
ただ対象に『代理』行為をしていることを知られると、効果が失われてしまうのです。
ですからこれ以上はエルマール様に言えなくて。
そう、もちろんわたしは『代理』の対象をエルマール様にしています。
わたしが頑張るほど、エルマール様がより優秀に魅力的になるということです。
何と素敵なことでしょう!
ちなみに私はこれを『推し活』と称しています。
さて、これをどうエルマール様に説明したものか……。
「わかった、ありがとう」
「はい?」
えっ? 何がわかったというのでしょう。
「あの、まだわたしの加護の内容については何も……」
「いや、アリンが僕の婚約者になった経緯を理解したからいいんだ。同時に僕の両親がまだ小さかったアリンの何を評価したのかも」
「そ、そうなのですね?」
「アリンは先ほど、一部話せないことがあると言った。それがつまり、加護の条件や代償に関わることなのだろう?」
「そ、その通りです」
「アリンから見て、今まで加護はうまく機能しているんだな?」
「はい」
「ならば僕が聞く必要はないじゃないか。もし困ったことがあるなら、早めに僕に相談しなさい。いいね?」
わあ、エルマール様はさすがです!
余計なことを聞かない、とってもいい男!
「惚れ直してしまいました」
「ハハッ、アリンのそのとろんとした顔も可愛いな」
「ぎゅーしてください」
「よしよし」
エルマール様がハグしてくださいます。
こんなに察してくださる殿方が婚約者だなんて。
何とわたしは運がいいのでしょう。
ガンガン努力し、推し活を進めますよ。
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