崖下の会談
目が覚めたら医療用ポッドの回復液に満たされて――なんて馬鹿みたいにポイントが掛かる治療を施されていた。
……そんなことはなく、冷たいベッドの上で目を覚ました。
チラリと鉄杭を装備した腕と反対側のレトロな時計に目をやる。
「二分ちょっと……か」
ほんの昼寝をしていたみたいだ。
頭に手をやると、ぬるりとした感触が掌に広がる。
「あー、こりゃパックリいってるな」
携帯ポーチから回復薬を取り出す。
前回の仕事で手に入れた天上製の、とびっきり高価でとびっきり効果のある代物だ。
もちろん、そのまま使うほど潤沢じゃない。
安価な回復ジェルと混ぜ合わせ、傷口に塗り込む。
節約しなきゃ掃除屋なんぞやってられん。
じわじわと熱が引いていく。効果が現れるまで二十秒。
その間に現状把握だ。
「機械巨人は……完全に沈黙、と」
片眼鏡型のアイウェアを装備する。
魔力やら瘴気やらが可視化される便利な代物だ。
魔力漏れ無し。瘴気無し。……だが、魔力反応はある。
つまり、中に天上人が居る可能性が高い。
出てこないってことは――気絶してるか、俺がくたばるのを待ってるか、助けを待ってるか。
どれにせよ油断はできねぇ。
取り急ぎ鉄杭をリチャージし、竜鱗のナイフをいつでも抜けるようにしておく。
気を張りっぱなしってのも性に合わない。
とりあえず腹拵えだ。堅焼きのクッキーを口に放り込む。
堅くて食うのに苦労するが、何も食わないよりはマシだ。
二個目を口に放り込もうとした、その瞬間――
機械巨人から、低く唸るような音が鳴り出した。
単目の色は、見たこともない青色。
プシューッ、と空気が抜ける音。
胸部の装甲が左右に割れ、ゆっくりと開いていく。
「……まずい。出てくる気だ」
天上人《お貴族様》は楽園の空気を処理できない。
出てきたら途端に苦しみだすに決まっている。
死なれでもしたらポイントは一銭も入りやしない。
念のために持ってきている真空救助バックは――遥か崖の上だ。
効果があるかどうかは知らんが、高濃度瘴気地域に侵入するための簡易マスクならポーチに入っている。
こいつを使うしかないか……二千ポイントもする高級品なんだがな。
そうこう考えている間に、機械巨人の胸部装甲がゆっくりと割れ、一人の女がせり上がるように現れた。
服は肌にぴったりと張り付き、胸とヘソの辺りには端子のようなものが並んでいる。
機械巨人と接続するためのものだろうか。
顔はつるりとしたガラスで覆われ、外からは中がまるで見えない。
それでも――女だと分かる。地上の女と比べて発育度合いが桁違いだ。
これでもかと双丘が鎮座している。……拝んでおこう。
女はガラスのヘルメット越しに、俺の顔を見ている。
見ている“はず”だ。視線は確かに感じる。
喉がひりつく。恐る恐る声を掛ける。
「……アロゥ《こんにちわ》? こちらのことは分かりますか?」
声を掛けた瞬間、ガラスの色が変わった。
銀色の膜がすっと消え、透明になり、向こう側の顔が露わになる。
黒髪に一房だけ銀髪。
美人か不美人かで言えば――とびきりの美人。
古代の彫像かと思うほど整った造形の女がそこに居た。
「お……」
鈴の音のような声。澄んでいて、どこか幼さの残るやや高めの響き。
その声が次に紡いだ言葉は――
「おなかすいた……」
なるほど。残念美人ってやつか。
「あー、お嬢さん《レディ》? あんたは天上人《お貴族様》で、合ってるか?」
くぅ……と美女の腹の虫が鳴るのを無視し、続ける。
「そのヘルメットを外すと、お嬢さん《レディ》、あんたは三日と生きられない。地面に足を付けたまま溺死してみたいなら外してもいいが、できれば俺たちの拠点まで来てくれると助かる」
残念美人はコクリと頷いた。
「助かる。生きててくれてよかった。んで、なんで機械巨人に乗ってたんだ?」
「コードE2468、発動申請」
俺の問いに答えず、女は淡々と告げる。
嫌な予感が背筋を走る。思わず竜鱗のナイフを構える。
クソ、もっとマシな武器を携行しておけばよかった。
直後、女のヘルメットから冷たい音声が響く。
「魔導術式E-2468――甲殻結界起動」
薄っすらと女の体が光を帯びる。
結界の膜が彼女を包み込み、空気が震えた。
「私はリリン。リリン・ストラフトといいます」
女は静かに名乗りを上げると、視線を俺の手元に向けた。
「貴方のその手にある原始的な食物を――分けてください」
光を帯びたまま、女はヘルメットを外した。
おい馬鹿、やめろ。
お前が死んだら、莫大なポイントを失ってしまう。
ところが、俺が思った現象は全く起きなかった。
息苦しそうにも、血管が沸騰しそうにもなっていない。
平然と、その場でヘルメットを脱ぎ捨てたのだ。
あの怪しい光の効果か?甲殻結界とか言ってたか?
竜と戦ったときの事を思い出す。
結界って確か、俺の鉄杭ですら簡単に防いだ魔術だよな。
「お嬢さん…まさかとは思うが、お前…」
くぅ…とまた小さく腹の音がなる。
「飯食いたさに魔術使ったのか?」
「そんな事はありません」
食い気味に否定された。「魔術」あたりで被してきやがったコイツ
「いや…まぁいいや。んで、リリンさんよ。コイツはくれてやる。くれてやるが、説明は頼む。なんでこんなトコにいやがるんだ?」
糧食の堅焼きクッキーとチョコレート・バーを投げ渡しつつ、リリンに聞いてみる。
答えてくれれば万歳。言い淀んでもまぁ仕方ないか。と密かに竜麟のナイフを握り直す。
「サンク。感謝する地上の戦士」
「俺はただの掃除屋さ」
チョコレート・バーの封を切りながら、リリンはポツポツと語り始めた。
「……私はメシアリア守護騎士団、団長リリン・ストラフト。天上から追放された方と共に地上へ降りました」
女は淡々と語る。だが、その声は時折途切れ、奥にかすかな震えがある。
「天蓋が開いた瞬間、竜が襲いかかってきました。船も機械巨人も致命傷を負い……姫君は、地上の外気に触れ……窒息死しました」
喉がひりつく。俺は息を呑み、竜麟のナイフを握る手に汗が滲む。
メシアリアの姫君――天上の国の血筋が、ここで死んだというのか。
「竜は撃退しました。でも巨人は力を失い、この渓谷で身を潜めるしかありませんでした。機械獣に襲われても、どうにか撃退して……」
リリンの腹が、くぅ、と鳴る。
彼女は慌ててチョコレート・バーをかじり、封を破る音がやけに大きく響いた。
「最後の食料は燃えてしまいました。三日前から、何も食べていません」
そりゃ…ご愁傷さまだ。
天上人だろうが地上人だろうが、死ねば仏。
俺は天上式の祈り、十字を切って手を合わせる。
「サンク」
すっげぇ真顔なんだけどチョコレートが口の周りに付いてる。
「お嬢さん、真面目な顔の所悪いんだが、口を拭いたほうがいい」
思わずハンカチを差し出してしまった。
さて、この展開。どうするべきかな
「ひとまず、ここに居ても話にならん。崖上に仲間がいる…って知っているか」
リリンはハンカチを受け取り、口の周りを拭く。
「あの狙撃手と爆弾は中々怖かった。地上の戦士、何故光線があの金の鎧の戦士を貫けなかったのだ?」
狙撃手はロクローの事だろう…爆弾はトールか。
金の鎧の戦士(笑)は立派な囮だと気が付かれてないし脅威判定もされてなかったか。
「蒸気って言ってな…そんな事より、崖の上に戻る方法を考える方が先だ」
説明をしようとしたが、それよりもこっから先の事を考える方が先決だ。
「あぁ、それなら大丈夫だ。地上の戦士…呼びにくいな、名は?」
「ドゥだ」
「ドゥ、君の武器には魔石を使っているだろう?魔石を一つ分けて頂く事は可能だろうか?」
堅焼きクッキーの封を切りながら、リリンは言う。
「構わないが…高く付くぜ?」
「命あっての物種…と言う言葉が地上にあると聞いた」
違いない
「それもそうだな、ほれ」
俺は腰のポーチから一つの魔石を投げ渡す。
竜のものでは無いが、比較的高純度の魔石だ。
「これで、機械巨人をもう一度動かす。跳躍くらいなら、まだ可能だ」
リリンが再度機械巨人の中に入ると、胸部から、まだ微かに残る魔力の脈動が伝わってきた。
「……まだ動けるのか」俺は息を呑む。
リリンが結界を展開し、巨人の脚部が唸りを上げる。
次の瞬間、崖下から天へと跳躍――
轟音と共に俺たちは崖上へと叩きつけられるように着地した。
「おい、ドゥ! 無事か!」
ロクローの声が響く。振り返れば、「金色の夜明け」の連中が武器を構えて待ち構えていた。
俺は肩で息をしながら笑う。
「……ああ。こっちは新入り付きだ」
リリンは真顔で一礼する。
「私はリリン・ストラフト。以後、よろしくお願いします」
仲間たちの視線が交錯する。緊張と戸惑い、そしてわずかな期待。
あぁ、なんだか面倒な事になりそうな予感がする。




