天蓋の下の掃除屋
ビー、ビー、ビーとチープな電子音がけたたましく鳴っている。
どうやら天蓋が開いたみたいだ。
降ってきたのはほんの先月だった気がしたが…まぁ、いいか。仕事だ。
「あー、あー、あー、マイクテス…えー諸君喜べ、大好きな掃除の時間だ」
古びたスピーカーから女の声がギルドホールに響く。
次なる情報を聞き逃さない為に誰もが口を閉じる。
どいつもこいつも口を開けば酒だ、金だ、女だと喧しい連中だが、仕事の情報は生死を分けうる。
誰もがスピーカーに注目し、耳を傾けている。
「掃除先はポイント22.98、北緯45度、109度ライン」
あるものは古びた地図を、あるものは電子機器を開き、ポイント22.98を探す。
北緯45度、109度ライン…。最悪だ。
空気が薄い、磁場の乱れ、見通しなんて明日のママの機嫌くらい見えねぇ
よりによって、渓谷地帯なんかに落ちンてんじゃねぇよ。
「なお、生体反応が微弱だがある。「お客さん」なら保護を推奨するよ。保護に成功したらギルドポイント2000点だ」
おぉ…と歓声ともどよめきとも取れる声が湧く。
「なお「トカゲ」の場合は討伐だ。討伐報酬は1500点だ」
2000点。悪くない数字だ。 周りの連中は「当たりだ」「ボーナスステージだ」と色めき立っているが、俺は密かに舌打ちをする。
素人はこれだから困る。「お客さん」は最悪だ。 天上の人間は、地上の「汚れた」空気を吸っただけで肺が焼けるとか言う虚弱体質だ。
保護したところで、搬送中に咳き込んで死ぬことなんてザラにある。
生きてギルドに届けられなきゃポイントはゼロ。
残るのは死体処理の面倒な手続きと、徒労感だけだ。
あの日は最悪だった。
ギルドのドアに手を掛けた瞬間に逝きやがった。
俺の腕の中で、最後に掴んだのは俺の袖だった。
今でも手に感触が残ってやがる。
「……トカゲであってくれよ」
俺は喧騒を背に、愛用の整備台へと向かう。 1500点なんてのは端した金だ。トカゲなら、皮、爪、牙、そして魔石。素材だけでその倍は稼げる。 何より、俺のこの右腕は「介護」なんて繊細な作業に向いちゃいない。
ズシリ、と重たい金属の感触。 俺は作業台に置いてあった鉄杭射出機に腕を通す。
なんか大層な名が付いてたけど…なんだっけかな。忘れちまったよ。
兎に角、鉄杭と呼んでいる。
油と火薬の染み付いた匂いが鼻をくすぐる。
固定ベルトを締め上げると、腕の血流が少し悪くなる独特の圧迫感。
これだ。この不自由さこそが、俺の自由だ。
「おい、行くぞ。早い者勝ちだ」
隣に座ってたロクローが声をかけてくる。
前回の仕事から相棒を組んでる気のいい奴だ。
前回はコイツに助けられた。
今度は借りを返さなきゃいけない。
それが流儀であり、マナーってヤツだ。
まぁ、そんな事が無くても命を預けあった仲だ。
信頼もするってもんさ
俺はカートリッジの装填音でそれに答えた。
「ああ。……掃除の時間だ」
「今回も稼ぐぜ!ツケが溜まってしかたねぇ」
まったく困った相棒だ
だが腕は確かだ。
超長距離電磁砲の使い手で、狙撃の腕前はギルド内随一だ。
22.98の情報を少しでも得ようと今更ギルドの受付に殺到する同業者を押し退け、ギルドホールの外に出る。
早いヤツはもう出発しているな…鉄馬が何頭かもう居やしない。
今回は《金色の夜明け》の連中も動くみたいだな。
見知った顔の鉄馬が3台、駐車所から消えている。
「オメェもそろそろ鉄馬くれぇ買えよ…」
ロクローがメットを投げ渡してくる。
「生憎とコイツのお陰で常時金欠でね。鉄馬なんてモンに手が届かねぇよ」
鉄杭射出機を指しながら笑う。
「んなモン使ってんの変わりモンのお前さんだけだ、ドゥ」
煙草を加え、鉄馬の起動キーを差し込む。
ドルンと心臓が跳ねる音を響かせ、鉄馬が起動する。
天上では鉄馬って言わねぇんだっけ…なんだっけかな。
あぁ、そうだ。
自動二輪だ。
ロクローの鉄馬に添えつけられたサイドカーに乗り込み。
煙草に火を付ける。
「お客さんどこまで?」
「地獄じゃなけりゃどこでもいい」
ちげぇねぇと二人でヘラヘラと笑う。
しかしなんだか嫌な予感がする。「お客さん」でも「トカゲ」でもどっちでもいい
さっさと終わらして、電撃蒸留酒でもやりてぇもんだ…
さぁ、ポイント22.98までのツーリングと行こうか。




