阿吽の誓い③
梓たちの任務先に指定されたのは街外れの廃工場だった。そこに居座っている低級のハグレモノを一体倒すこと。
任務とは名ばかりのお遊びのような内容だ。
どうやら玲は凪と残夏の気晴らしを随分と気にしているらしい。
ーー隊長、世話焼きだからなぁ……。てか忙しそうだし。
ここ何日か玲は清治と柳瀬まで連れて、ずっと何かの調査をしている。
朝は早々に出掛けていくし、帰りは梓たちが帰る時もまだ戻ってきていない。
あの人はそろそろ長期でしっかりと休みを取ったほうがいいと思う。
梓は内心息を吐き出すと、期待に満ちた眼差しを向けてくる後輩たちに向き直った。その初々しさに自然と笑みが浮かぶ。
「よーし!それじゃあ最終確認な。まず持ち物。二人とも、忘れ物はないか?」
「大丈夫だよ!ぼくも残夏くんも武器ちゃんと持ってきました!」
梓の呼びかけに、凪が立ち上がって自身のジャケットの裏に隠したナイフを見せてくれる。残夏も背中にしっかりとバットケースに入った両刃剣を背負っていた。
まだ見慣れないその姿に目を細める。昨日は大変だったみたいだが無事に武器を手に入れた二人の顔は輝いていた。
10番隊は変態の集まりだけれども、腕は良い。組織に勤めるなら何だかんだ付き合っていかなければならない連中だ。
梓のように避けていても始まらない。今回の件がトラウマになっていないようで良かった。
「よしよし、偉いな。じゃあ、任務について。任務中は?」
「梓さんと圭さんから離れないようにします。」
真面目な残夏の言葉に、梓はその頭を撫でてやった。そんなに強いハグレモノではないが、何かあったら大変だ。
梓と圭から離れなければ滅多なことも起こらないだろう。二人の後ろに控えている圭と視線を合わせれば、頷きが返ってくる。
これで準備は完璧だ。
「それじゃあさっさと倒して、美味いもん食って帰るぞーー!!」
「おー!!」
声を合わせて拳を振り上げれば凪と残夏も一緒に振り上げる。可愛い後輩たちに梓は笑みを深めた。
なんて事をしていた1時間前が懐かしい。錆だらけの機械の後ろに身を隠しながら、梓は息を吐き出した。
当初楽に終わると思われていた任務は、意気揚々と遭遇したハグレモノを殴った所で、急に分裂した事により完全に想定が破綻した。
ハグレモノが分裂するなんて聞いていない。
これは思っていたよりも少々、いやだいぶ任務の難易度が高いのではないか。そう判断して直ぐに梓たちは身を隠した。
見つかった以上、敷地外に出て追いかけてこられても一般人に危害が及ぶ可能性が高い。
逃げるという選択肢は出来なかった。
「おいおいおい……冗談じゃねぇって……。任務指示書、絶対間違ってんだろ……。」
ぼやきながらスマホに転送されている内容をもう一度確認する。
そこには何度見ても、低級のハグレモノで特記事項はなし、としか書かれていなかった。
「任務指示書も万能じゃないからね。よくあるんだよ、こういう事。」
圭の方も指示書を確認したのか軽く息を吐き出すと、凪と残夏に肩を竦めてみせる。
そう、こういう事は本当によくあるのだ。
幸い二人は緊張しているものの、焦ったりパニックにはなっていない。
だからといってあまり長引かせるのも可哀想だ。梓は圭に目配せすると、圭は心得たように頷いた。
軽く目を瞑って彼が手を掲げると、大きな図鑑のような本が現れる。
圭の瞳と同じ紫色の表紙のそれに、凪と残夏が小さく声を上げた。
「圭くん、それ……。」
「うん、僕の霊力だよ。僕の属性は『知』。この本は僕が見たもの全ての記録が書かれているんだ。」
「見たもの?」
「そう。記憶してなくてもいい。僕がこの目で『見た』ものが全て記録されるんだ。少し実践してみせようか。」
そう言うと、圭はその図鑑に霊力を注ぎ込んだ。そうすればその本が勝手に捲られて1つのページに辿り着く。
そこには昨日10番隊で見たであろう人物たちの外見的特徴や時間、場所が列挙されていた。
勿論、圭が知っているなら名前も。
「え、すごいすごい!これ全部、昨日10番隊にいた人達だよ!」
「こんな力もあるんですね。」
感心したような二人に圭が少しだけ俯く。あまり表情が変わらない割に照れているらしい。
それに笑って梓は口を開いた。
「圭は昨日言った術師向きの力なんだ。物理的じゃないから、その本は直接的な武器にはならない。だけど曖昧な任務が多い俺たちの仕事には必要な力だ。属性が物質的じゃない人は大抵術師向きかな。まあ、凪は集中力があんま無いから直接戦闘の方なんだけど。……あ、あと、清治さんも術師な。あの人は妖使い。今度見せてもらえよ。鬼を使役してんだ。」
「あ、ぼく見たことあるよ!牡丹ちゃんだ!」
「あの鬼にちゃん付け出来んのは凪くらいだな……。」
梓が苦笑を漏らせば、凪は得意げな笑顔をみせる。
集中力が無い、という発言は気にしていないらしい。
そんな凪とは対照的に残夏は不思議そうに目を瞬かせていた。
この二日間目まぐるしい量の知識を詰め込んでいるのだから当然の反応だろう。
「っと、悪い残夏。話ついて来れてるか?」
「あ、えっと、はい。色んな力があるんだなって少し驚いていたんです。本当に、皆んな違うんですね。」
「そうだな。皆んな違って、だから組織として色んな奴が集まって働いてんだよ。1人だけ強い人がいても、ハグレモノは多くて倒し切れないからな。」
ーーなんて……たった1人で全部やっちゃえそうな人もいるんだけどな……。
たった1人、カリスマの様に頂点に立つ人を思い出す。強くて、梓たちには決して弱さを見せない人。
だけどそれに全部任せてしまえば、いくら強いあの人だって潰れてしまう。だから、強くなって少しでも手助けするのが梓の今の目標だ。
そんな事を考えていたら、残夏が少しだけ上目遣いにこちらを見てきた。
そわそわとした様子に首を傾げてみせれば残夏はそっと口を開いた。
「あの……梓さんは、どんな霊力なんですか?」
「オレ?……あ、そっか。さっきケースごと殴ったからな……。」
残夏の疑問に、先程ハグレモノを倒そうとした時のことを思い出す。
低級だからと霊力すら纏わせずに適当に殴ったから残夏たちは不思議に思った事だろう。
これは少し出張授業が必要かもしれない。
「残夏、凪。ハグレモノを倒すにはどうしたらいいと思う?」
「え?えっと……霊力……あ、でも武器でいいから、?」
案の定よく分かっていない様子に苦笑しながら、梓はひとつ頷いてみせた。
「ハグレモノには『核』っていう部分があるんだ。人間でいうとこの心臓な。ハグレモノを倒すにはこの核を破壊する必要がある。」
そうでなければ奴らは再生し続ける。だけど人間と同じように身体の大部分が損傷すればハグレモノもただでは済まない。
中級以上ならそれでも再生するが、低級はもっと脆くて殴り倒す事も出来る。
だから梓は効率を考えてさっさと殴ったのだ。
まあそれがこんな大惨事を引き起こすとも思っていなかったが。
「ハグレモノは倒すと塵になる。奴らは死ねば何も残らない。肉体も、魂すら。それが人間でありながら堕ちてしまった奴らの末路だ。」
ハグレモノに堕ちれば輪廻にすら還れない。そしてそいつらに魂を取り込まれた人間も、また。
だからこそハグレモノは必ず倒さなければならないのだ。
黙ってしまった残夏の頭を撫でて、梓は肩に掛けていた細長いケースを下ろすと、中から自身の武器を取り出した。
重たい話の後はやはり楽しい話題がいい。
「それで、そんなハグレモノを倒す俺の武器がこれだ!」
「バット……?」
「そう。そんで、これに霊力を纏わせるとーー、」
萌黄色の霊力が木製のバットに流れ込む。そうすれば、バットは忽ち鉄に覆われた棘付きの凶器に変わった。
梓特製の棘バットだ。
わあ、と歓声を漏らす残夏と凪に笑って梓は勇者の様にそれを掲げてみせた。
「オレの霊力属性は『鉄』!色んなものを鉄でコーティング出来んのよ!」
そこまで凄い力でも無いが、新人2人には新鮮に映ったのだろう。
凄いとはしゃぐ後輩たちに頬が熱くなる。こうも手放しで喜んで貰えると嬉しくなるものだ。
そんな賑やかな雰囲気の中、圭の落ち着いた声が響いた。
「見つけたよ。今回のケースと似たようなハグレモノ。まあまあ厄介みたいだ。」
曰く、あのハグレモノは増殖の力を持っているらしい。しかも攻撃すればする程分裂して増えていく、という悪夢みたいな力だ。
全部が同じハグレモノであるから、倒すなら分裂しない様に千切ったり、切り落としたりしない事。
分裂したものは同時に処理する事。
それが倒す条件であるとか。
いま現在2体。倒すには2体同時でないといけない。
「でも千切れたらダメなんだろ?これで殴んのダメじゃね?」
「それはそう。だから、梓が鉄であいつらを覆って、残夏の炎で燃やす。それしかない。」
「え、も、燃やす……!?」
「そうだよ。残夏はただ、炎を投げ入れればいい。梓はそれが漏れない様に奴らが塵になるまで逃さない様にするんだ。出来るよね、梓。」
その問いに梓は少しだけ逡巡してから頷いた。
圭の作戦は中々に酷だが、合理的。
本当なら見学の二人には悪いが、一緒に頑張ってもらうしかない。
不安そうな残夏の肩に手を置いて、梓は宥める様に笑ってみせた。
作戦は二手に分かれる事にした。
実行役の梓と残夏が、見通しのいい作業場の高所作業用通路で待機。足の速い凪が囮役で、圭はそのサポート。
この作戦、一番危険なのは凪なのだが本人はニコニコと楽しげで気にしていないようだ。
ーーまあ、凪だから万が一もないよな……。
組織に引き取られて以降、玲が護身術と称して身体の動かし方を叩き込んでいるから、凪は動くだけならこの中で一番だろう。
あの人と鬼ごっこが出来るなんて芸当、ここにいる人物で凪以外は不可能だ。
少しばかり、頼るのは先輩として情けないのだが。
しかしこの場で最も的確な判断が出来る圭がそう言うのなら、それが正しい。
「よーし!頑張るぞー!」
「凪、気をつけてね。」
「大丈夫だよ残夏くん!玲ちゃんと鬼ごっこする時より全然怖くない!」
「それは……確かにそうかもね……。」
若干引き気味の圭の声に苦笑してから、二手に分かれた。
凪なら心配はいらないと不安そうな残夏を励まして、梓は高所作業用通路に向かう階段を昇る。
「凪たち、大丈夫でしょうか?」
「大丈夫だよ。さっきも言った通り凪の身体能力はハンパねーし、向こうは圭がついてるからな。」
梓が振り返れば、残夏が立ち止まった。その頭を撫でて、もう一度大丈夫と呟く。梓は圭を信じてる。
「圭、同期なんだけど学年で一番頭良かったんだぜ。天才、神童なんて言われててさ。」
「そうなんですか?」
「ああ。あいつ、元々司令部所属だったんだぜ?すげーだろ。」
「え、」
「あいつもオレと一緒で移籍してきたんだ。最初まったく喋んねーから何だこいつって思ってたな……。」
あの頃の事を思い出す。二人とも移籍されたばかりで、空気は最悪で、梓は何もかもが気に入らなかった。
多分、圭も同じだった。
梓と違って、圭は何か問題を起こしたわけではない。ただ、あいつが言うに、驕っていたのだそうだ。頭がいいから、周りが馬鹿に見えていたのだと。自分の意見が正しいと信じて疑っていなかった。
それが圭の失敗だった。組織は人間で出来ている。効率だけが全てじゃないし、人間は機械じゃない。圭の態度はかなり鼻についた事だろう。
それで失敗を押し付けられて圭は呆気なく出世街道から転がり落ちた。そして梓と共に玲に拾われたのだ。でも二人とも不貞腐れていて、あの頃は梓も圭も玲に反抗ばかりしていた。
あの人の事が信じられなくて。
それで何度も勝負を仕掛けてボロボロにされた。
「あの人容赦ねーから、毎日痣だらけだったよ。圭の方は頭脳ゲームで挑んでたけどそれも毎回負けてた。それでムカついてさ、圭と共闘したんだ。」
「それでどうなったんですか?」
「負けたよ!これっぽっちも歯が立たなかった。オレと圭でその時の全力尽くしたのにな。だけど。」
今でも覚えている。倒れ伏した訓練場の床から見上げた天井と、息切れひとつしていない玲の姿。
彼はあの時笑ったのだ。
「面白いね、お前たちは。いいバランスだよ。仲良くしてみたら?」
それだけ言って玲は去っていったけれど、梓と圭は動けなくて。だから何となく圭と話をした。
玲の言葉に釣られるなんて腹が立ったけれど、それ以上に全力で玲に立ち向かうのは楽しかったから。圭と共闘するのは楽しかったから。
あの日、梓は久しぶりに笑えた。親友を喪ってから本当に久しぶりに。
そして二人で誓ったのだ。
いつか必ず玲を倒すと。
それが何を間違ったのか手助けをしたいと思うようになるまでには、そんなに時間が掛からなかった。
「圭と一緒なら出来る事が増えるかもしれない。そう思ったから、信じる事にしたんだ。圭のこと。あいつ頭いいし、オレには出来ない事が出来る。オレのバット直してくれたのもあいつだしな。それでオレはあいつの出来ない事をやる。そしていつか隊長に頼られるようになるって決めたんだ。圭と二人で。だから、まだその目標に辿り着けてないから、大丈夫だよ。こんな所で圭も凪も死んだりしない。信じてる。」
そう自分に言い聞かせるように言葉を紡げば、残夏は一度目を瞑ってからしっかりと頷いた。
その夏空色の瞳には不安の影はもうない。
「オレも……信じます。凪のこと。それから、圭さんのことも。」
「おう。オレも信じてな。」
「はい!」
雲ひとつない快晴に、梓は少しだけ目を細めた。
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「ねえ、圭くん。なんで玲ちゃんのこと手助けしたいって思うようになったの?」
凪の無邪気な声に圭は溜息を吐き出す。ハグレモノを探すついでに昔話をしたのだが、少しばかり話し過ぎたらしい。
凪の好奇心を刺激してしまったようだ。
しかしこのまま黙っていても集中力を欠いてしまうだけだろう。
圭はもう一度溜息を吐き出すと、なるべく大きくならないように声を抑えた。
「……梓と共闘して、それからも色々試したんだ。その為に任務も沢山こなしてね。それである日、失敗して。僕の作戦が失敗したんだ。追い詰められて、動けなくなって。怖かったよ、あの時は。もうダメだって、梓と二人で震えるしかできなかった。それで、隊長に助けてもらったんだ。あの時のことよく覚えてる。庇われた背中が大きく見えて、悔しくて情けなくて堪らなかった。それなのに、その直ぐ後に隊長が倒れたんだ。……助けに来てくれたのも、自分の仕事後回しにしてだった。それなのにあの人病院でなんて言ったと思う?『かっこ悪いとこ見せちゃったなぁ』って笑ったんだよ?もう最悪だったよ。それで分かった。この人、慣れてるんだって。他人のために奔走して自分を顧みずに倒れても気にしない。そういうのに慣れちゃってるんだって。……僕はまだあの頃、梓の事本当には信用出来てなくて、隊長のことも信じきれてなかった。どこかで見返してやろうって思ってた。でも思ったんだ。隊長には敵わない。少なくとも1人じゃ。だけど梓は僕が出来ない事ができる。僕は梓が出来ない事ができる。だから、梓と一緒ならいつか隊長の横に並べるくらい強くなれるかもって。」
あの人みたいに強くなって、いつか返したいと思った。
助けてくれた事、拾ってくれた事。梓と仲良くしてみろと言ってくれたこと。
そういうのに、あの時ようやく思い至った。
それで玲に反発するのではなくて、あの人の役に立ちたいと思うようになった。
「……僕は自分が思っていたよりもずっと何も出来なくて。それなのに周りの事を見下して、1人でなんでも出来るって思ってたんだ。でも、今は違う。梓を信じてる。隊長のことも、お前らのことも皆んな。そう思わせてくれたあの人の役に立つって梓と決めたんだ。」
そっと息を吐き出す。やっぱり話し過ぎた。目元が見えないのに、キラキラとした視線が煩い凪を見てそう後悔する。
圭はまた溜息を吐くと、凪から視線を逸らした。
「ほら、さっさとハグレモノ探すよ。早く帰ったら今日は隊長いるかもしれないだろ。」
「うんうん!そうだね!!一緒に頑張ろ、圭くん!!」
嬉しそうに笑って、集中し始めた凪に圭は肩を竦める。
凪は集中力が足りないというよりも注意が散漫なのだ。気にかかるものがあり過ぎるのが理由だろう。
ちゃんと全部を取り払ってやれば潜在能力は高い。
その証拠に、凪は直ぐにハグレモノの痕跡を見つけると圭を振り返った。
白い巨体が凪の指し示す方向で揺れる。
「圭くん、あっち。」
「……凪。作業場までの通路は頭に入ってるよね?」
「うん!バッチリだよ!」
「OK。それじゃあ、作戦開始だ!」
圭の声と共に凪がハグレモノの前に飛び出した。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード3-3完了です。
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