阿吽の誓い②
長い廊下は、暑さのせいか行き交う隊員が少ない。その閑静な廊下も後輩の二人がいれば賑やかなものだ。
「凪は属性?ってなに?」
「ぼくは『呪』!邪視だから、目に宿っちゃってるんだ。だから残夏くんたちみたいに何か出したりとかはできないの。」
「あ、そっか……。ごめん。」
「え?なんで?残夏くんの炎、すごく綺麗だから凄いなって思うけど、ぼくは邪視でいいよ。だって玲ちゃんに会えたし、残夏くんにも会えたからね!」
「凪……。」
背後でくすくすと笑いあう声は平和で柔らかい。
しかし圭としては、今から訪ねる10番隊のことを考えると気が重かった。
あそこは変人の集まりだ。何も問題が起きない、なんて事もないだろう。
しかも14番隊から一番遠いし。事情があるとはいえ梓も着いてこないし。後で絶対何か奢らせてやる。
そんな圭の思考を知ってか知らずか、背後からひょっこりと凪が顔を出した。
「ねえ、圭くん。なんで梓くん来なかったの?武器選ぶって楽しそうなのに……。」
「……。」
鋭い。丁度考えていた梓の話に、圭は溜息を吐き出すと、凪たちを振り返った。
不思議そうな二人には悪意のかけらも見つからない。それに少しだけ考えてから圭は口を開いた。
「凪は聞いたことない?移籍制度について。」
「ううん。どの部隊にどんな人が居るかとかは知ってるけど、その辺りの制度とかは知らない。玲ちゃん、いつか習うから今は気にしなくていいって教えてくれなかったから。」
「なるほど。隊長らしいね。」
凪は圭や梓が入隊するよりも前からずっと組織で生活している。
そんな凪に玲は、霊力の制御方法や一般教養を教えるばかりで組織内のことは学ばせなかったようだ。
隊員を目指しているならいざ知らず、ここでしか生きられない凪や残夏のような人間には出来れば普通の生活に近しい生き方をして欲しいからだろう。本当にあの人らしい。
だけどもう、彼らも高専生。
組織で生きていくならば耳に入るような話だ。圭は周りに誰もいない事を確認してから口を開いた。
「梓は10番隊から移籍してきたんだよ。向こうで先輩隊員を半殺しにして。免職になるってところを隊長が拾ったんだ。」
あの頃のことはよく覚えている。荒んだ梓の表情と、食えない笑みを浮かべた玲。
圭もまた梓と似たような顔をしていたことだろう。微かに息を呑む音にそっと息を吐き出す。いい子達だ。驚くことも、怖がる事も出来るはずなのに、ちゃんと最後まで話に耳を傾ける心遣いがある。
だから、ちゃんと伝えておこう。圭は吐いた息を吸い込むように小さく続きを言葉にした。
「あいつの事庇うわけじゃないけど、梓が100%悪いってわけでもない。……あいつの武器、中学時代の親友の形見だったらしいんだ。だけど10番隊って変人ばっかりだから、それを無断で当時のあいつの先輩が改造しようとして壊したらしくて。それで梓がキレて、3ヶ月入院レベルの怪我させたって訳。だから、あいつは今でも10番隊には近付かないんだよ。」
3人分の足音が廊下に響く。すっかり黙ってしまった二人に、圭は心の中だけで溜息を吐き出した。こんな雰囲気にしたかった訳ではない。
今日と明日、彼らには目一杯楽しんでもらわないと。そうでなければ梓と遅くまで残って考えた意味がなくなる。
圭は気を取り直すように二人に目を向けた。
「気にしなくていいよ。あいつもそんなに気にしてないけど、嫌いな人間にわざわざ会いたくもないってくらいだろうしね。それより暗い顔はやめなよ。そっちの方が気にするから。ほら、丁度着いたことだしね。」
コツリと足音を止めて、窓の外に広がる14番隊の執務室よりも広大な施設に視線を送る。
それに合わせて残夏たちから歓声が上がった。
簡易的な工場と研究施設をごちゃ混ぜにした10番隊の執務室は、組織の建屋とは別の建物に収まっている。ここで日夜、ハグレモノと戦う為の技術開発が行われているという訳だ。
とはいえ、成功品よりも失敗作の方がはるかに多いのは組織内では有名な話だけれど。
同じ組織かと疑うほどセキュリティレベルの高い受付で要件を伝え、二人には決して逸れないようにと言い聞かせる。
ここは変人の巣窟。
梓の件でも分かるように、ここでは常識が通用しない。ここで適用されるのはただ一つ。
研究という名の好奇心だけだ。
「許可が下りました。ようこそ、10番隊へ。」
そんな言葉と共に受付係が手渡してきたカードをロックに翳せば扉が開いた。
そこを抜ければ、好奇の視線が不躾にこちらを眺めまわす。その異常さに怯えたのか、ぎゅっと凪が圭の制服を掴んだ。
その気持ちはよく分かる。圭だってあまりいい気分ではない。
邪視の凪とハグレモノを取り込んだ残夏であれば一層だろう。
圭は凪の手を振り解くことなく、なるべく急ぎ足で武器開発室へと足を進めた。
早く、早く。
逃げるように足早に廊下の端を歩く。何事も無いように祈りながら。
しかしそれを許してくれないのがここの変人たちだ。
「……んあー?何処の御一行かと思えば14番隊じゃねーか。」
気怠げな声に、舌打ちが漏れなかったのは奇跡かもしれない。一番会いたくなかった人物に、圭はゆっくりと振り返った。
「……名雲隊長……。」
変人たちの代表格。10番隊隊長の名雲慶一。
何時も眠そうながら、天才技術者として知れ渡っている彼は、データのためなら人間だって平気で実験台にするサイコパスだ。
その変態が、凪と残夏に目をつけないわけがない。
名雲は灰色の瞳を煌めかせながら、あからさまな視線を二人に浴びせると片頬だけをニイっと吊り上げた。
「こんな所まで来てくれるなんてなぁ。わざわざ鴨がネギ背負って来てくれて嬉しいぜ。」
「……どういう意味ですか?」
「いやぁ、俺は南宮に賛成でよ。こういうのはさっさと実験材料にしねーとな。」
ぽん、と肩を叩かれて背筋に寒気が走る。
軽い声なのに身体が重くなるような威圧感に制服越しに凪の震えが伝わってきた。その震えに、圭はなんとか息を吐き出す。
いま、凪と残夏が頼れるのは自分だけなのだ。そして、このサイコ野郎が何を言おうが勝手に別部隊の隊員をどうにかは出来ないはず。
ーーしかも僕たちは隊長の隊員だ。
あの人が自分のものに手を出す人間に容赦する訳が無い。
圭は顔を上げると、二人を背に庇いながら無精髭の気怠げな男と目を合わせた。
「そういう発言は止めてください。……うちの隊長を敵に回したくないでしょう。」
その言葉に、名雲は嫌そうに顔を顰めると思いっきり舌打ちをする。冗談なのか、それとも本気か。
しかし彼の意欲を削ぐくらいには玲の名前は絶対だ。
「亜月はなぁ……。ああ、あいつも解剖してみてー……。」
そうぶつくさ呟きながら、名雲は歩き去って行った。それに安堵の息を漏らして、凪と残夏の背中を軽く撫でる。
大丈夫だと伝えれば、二人とも安心したように息を吐き出した。
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「きゃー!よくいらして下さいましたー!可愛い!思ってたより二人とも可愛い!!」
武器開発室に辿り着くと、そこには先程までの冷たい空気ではなく、明るい声が響き渡った。
キラキラとした表情で喜びを露わにする、おさげで丸メガネをかけた桃色の瞳の小柄な女性。
グイグイと詰め寄ってくるその人に、凪と残夏が少しだけ後退った。
「あー!怖がらないでください!怖がらないでください!ワタシ、野崎菜乃花です!10番隊の副隊長を勤めさせて貰ってますが、名雲のクソ野郎とは全く違いますから!仲良くして欲しいです〜!」
二人の手をとってぶんぶんと振り回す菜乃花に、二人が戸惑うようにこっちを向く。
その視線に圭はもう何度目かも分からない息を吐き出した。
野崎菜乃花。優秀な10番隊の副隊長で、例に漏れずこの人も変態だ。別の意味で。
「ところでところで、今日は亜月隊長はご一緒じゃないんですか?あ、いえ!!用事というか、ちょっと新しい盗聴器を使いたいというかーー、あ、いえいえ!なんでもないんです!!それより仲良くしましょう!そして亜月隊長にぜひワタシの移籍をお願いして欲しいんです!もうすっごく役に立ちますよってお伝えしてーー、」
「野崎さん、そこまでです。今日は二人の武器を探しに来たので。」
「あ、そうでしたそうでした!ちょっと待ってくださいね!」
見ていられなくなって止めれば、野崎はコツンと自分の頭を叩いて奥へと駆けて行った。
それを見送った二人の視線が圭に刺さる。
分かってる。
そんな目で見ないでくれ。
「……彼女は、隊長のファンなんだ……。ちょっとストーカー気質の……。」
「……。」
ああ、その無言と雄弁な視線をやめてくれ。
「ではでは!お二人の武器ですね。えっと、凪さんは邪視!!素晴らしい能力です!え?戦闘に使わない?なんと勿体無い……え?亜月隊長の指示?素晴らしいです!!ワタシもそう思ってました!じゃあ、分析したステータスに基づいて……ナイフとか暗器が使いやすそうですね!あとは飛び道具とか銃もいいかと!次は残夏さん!霊力は炎ですかー!!いい能力です!!ザ・戦闘タイプですね!骨もしっかりしてますし、近接の方が良いかもしれません!」
「は、はあ……。」
相変わらずの野崎節の早口で捲し立てられ、残夏は圧倒されたように頷く。
悪い人ではないのだが、この圧とストーカー気質が困ったところだろう。
いやストーカーは犯罪なのだから悪い人ではないという評価も甘いのかもしれないが。
ただ10番隊においては、彼女は比較的話が通じるタイプだ。大丈夫かとハラハラしながら見守っていると、暗器を提案された凪の方が不思議そうに首を傾げているのが目に入った。
暗器がよく分かっていないらしい。
「凪。暗器は小型の隠し武器だよ。お前、動き回るから軽い方がいいんじゃない?」
「あ、確かに!ぼく軽いのがいい。でも銃はダメって玲ちゃんに言われてるの。ぼく、銃は絶望的なんだって!」
楽しそうな発言だが、その裏に何となく玲の苦労が見えて圭は苦笑を漏らす。
凪がノーコンな事は聞いていたが、そうもハッキリと絶望的だと伝えているのだからその腕は相当なものだろう。勿論、悪い意味で。
しかしてそんな様子をしっかりばっちり聞いていた野崎は振り返ると瞳を輝かせた。
「『玲ちゃん』!!?か、可愛い〜〜!!ワタシも呼びたい!!玲ちゃん!!……え?あ、そうでした!武器!軽いものでしたら針とかもありますよ。あ、でも狙いをつけるのが苦手なんですね。じゃあナイフが一番使いやすいかもです!!服にも隠しやすいし、重量も低めです。あとは特殊なのであれば鉄糸とかもありますが、扱いは難しいです。あっちにあるから見て触って確かめてください!」
指し示された方向にずらりと揃う細かい武器に凪が歓声を上げながら、パタパタと駆けていく。
一方残夏は、大型の武器が揃う棚へと案内されていた。
「残夏さんは刀とか大剣とかどうでしょう?一番スタンダードな武器です!使い易いし、教えてくれる人も多いかと!後、霊力属性が炎であれば武器に纏わせることもできます!それ以外だとモーニングスターとか、鈍器もありますよ!ゆっくり見て触って振り回してくださいー!!」
「は、はい。」
にこにこと笑う野崎に頷いて、残夏は物珍しそうに辺りを見回す。急に武器を選べと言われてもよく分からないのだろう。
しかしこればかりは、本人が気に入ったものを選ぶしかない。今後自分の命を預けるものになるのだから。圭は二人が見える場所に立つと、取り敢えずと見守ることにした。
それから暫くして、圭が少し退屈を覚え始めた頃に凪が圭の方へと戻ってきた。
手には小さなナイフのセットが持たれている。どうやら凪は服に仕込むタイプの小型ナイフにしたらしい。
「圭くん!これ見て!すっごく軽いんだよ。それにいっぱい!ぼくこれにする!」
「へえ、いいね。隊長に見せたらきっと喜んでくれるよ。」
「うん!えへへ、早く玲ちゃんに見せたいなぁ。」
嬉しそうな凪の頭を撫でて、そっと安堵の息を吐く。今回、残夏と凪の武器選びも玲に十分に頼まれていたのだ。
気に入ったものが見つかったならそれで良かった。
本当は一緒に見たかっただろうあの人は、忙し過ぎて手が回らないと気落ちしていたから。
後はもう一人。残夏も無事に決まってくれれば。
そう思い残夏の方を見れば、最初のきょろきょろと物珍しそうな様子から一転し、1つの武器の前で立ち止まっていた。
その視線の先には物語の勇者が持つような両刃剣がある。残夏はそれを食い入るように見つめていた。
「残夏くん!それ気に入ったの?」
「わ、凪。もう決まったの?え、ナイフ?……凪らしいね。」
動かない残夏に凪が抱きつく。それでようやく時が進み出したのか、残夏が驚いた表情を見せた。
圭も近づけば、二人の会話が耳に届く。
「残夏くんはあの剣にするの?」
「あ、いや……昔、読んだ物語の勇者みたいだなって思ってただけだよ。懐かしいなって。」
「でも気に入ったんでしょ?ちょっと持ってみてよ。」
「あ、ちょっと。凪……!」
凪は言うが早いか、残夏の見ていた両刃剣を持ち上げて残夏に押し付けた。
残夏は驚いた顔をしながらも、手に収まったその剣にほんのりと頬を紅潮させる。凪の言う通り気に入ったのだろう。
憧れなんかも、戦う上では大事な基準の一つだ。
心が折れることの無いように。
圭は残夏の手に持たれた両刃剣を見て目を細める。丈も残夏に丁度良さそうだし、悪くない。
「残夏。……気に入った?」
「え、あ……えっと、……はい。」
何度か柄を握り締めて、迷いながらも残夏はハッキリと頷いた。その言葉こそが決め手だ。
「よし。じゃあ残夏の武器はその剣だね。」
「わあ〜!かっこいい!かっこいいね、残夏くん!」
「あ、危ないよ凪……!」
残夏に飛びつく凪に、慌てた声が響く。
それでも手離されなかった剣は、残夏にしっくりと似合って見えた。
野崎も声を聞きつけたのかこちらへと駆けてくる。
そして残夏と凪の手に持たれている武器に目をキラキラと輝かせた。
「わあああ!!いいですね、いいですね!小型ナイフと両刃剣!!素晴らしい選択です!!ちゃんと手に馴染みましたか?ぜひぜひ可愛がってあげてください!メンテもいつでもどうぞ!ワタシが24時間受け付けます!あ、あとあと、亜月隊長に今度お茶でもーー、」
「ありがとうございました野崎副隊長!それでは、我々はこれで!」
「あ、ああ〜〜!!また来てください〜〜!!」
長くなりそうな野崎の言葉に早々に別れを告げ、圭たちは三人で逃げるように10番隊を後にした。
背後から聞こえる悲痛な野崎の声に顔を見合わせて苦笑したのは三人だけの秘密だ。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード3-2の武器編完了です。
次回はついに残夏たちの初任務になります。是非お付き合いください。
次回更新は水曜日です!(19:30目安ですが前後する時はXでお知らせします!)
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