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特別講習③

 「じゃあ整理しようか。」


清治(きよはる)の言葉で、(つど)った一年生達は従順に首を縦に振った。

最初に見た時よりも数人足りないが、殆ど全員がここに居るようだ。いつの間にか、こんな人数を(なぎ)残夏(ざんか)は味方につけることが出来たらしい。

成長を感じて、つい頬が(ゆる)むのは仕方がないのかもしれない。


「まず、(れい)は戦闘に霊力は使ってない。それで合ってるよね?」


「はい。全部受け身で、避けたり、合気道みたいに流したりって感じです。」


「あと玲ちゃん、全然逃げないかな。突っ込んでくるのを待ってるみたい。ずっと真ん中の方でのんびりしてるよ。」


残夏と凪の言葉に清治はうん、と左手を口元に当てた。

最初の方は逃げ回っていた玲も、疲れたのか飽きたのか今は動いていないようだ。


だったら多分ーー、


「なら、そんなに消耗(しょうもう)してないな。」


清治の考えを引き継ぐように、彰良(あきら)が肩を(すく)める。

その通りだ。玲は多分疲れてはいない。

きっと逃げ回っていては、一向(いっこう)に誰の相手も出来ないことに気がついてやめたのだろう。

あいつと鬼ごっこなんて、清治達ですら追いつけるか怪しいのだから。


「フィールドは霊力でしょ?これだけ長い間出現させてたら普通に消耗するんじゃないの?」


「いや……多分、そこまで問題ないと思う。燃やしてるわけでもないし、本来のあいつの霊力は、自然と親和性が高いから。負担にもなってないだろ。」


パシャパシャと写真を撮りながら(らく)が不思議そうに首を傾げると、彰良がふるふると首を振った。まあ、これくらいで消耗していたら隊長になんてなれはしない。


で、あればどうするか。

流石に万全な玲を相手に、清治達三人が助っ人に入ってもどうにもならない気がする。

かといって一年生達の期待に応えない訳もいかないし、そもそもこんな仕掛けを用意しているくらいなのだから、玲は清治たちにも期待しているはずだ。

自分を楽しませて欲しいと。


「じゃあ、皆んなで囲むのは?玲ちゃん対ぼくたちだったら有利だよね?」


「うーん……。その前に捕まんないかな、玲が。あいつめちゃくちゃ速いから。」


凪の純粋な疑問に今度は楽が首を振る。

しかしそれは中々に良い提案だ。

清治は今しがた思いついた作戦に凪の頭を軽く撫でた。ふわふわの柔らかい髪が指の間で光を弾く。


「その案は悪くないよ。」


「どういうこと?」


「楽、シンプルに考えるんだよ。玲を捕まえるんじゃなくて、逃げる方向を限定させる。しかも玲が上手く動けない所に。」


「つまり……?」


ごくりと全員が固唾(かたず)を飲んで見守る中、清治は楽しげに口角を上げて見せた。


「つまり、上だよ。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「おや……。これは驚いた。」


にっこりと特に驚いた風もなく玲が笑う。

まるで待ち構えていたかのように、倒木(とうぼく)に座って足を組んでいるその姿に、全員の背筋を薄寒いものが走った。


 清治が考えてくれた作戦は至ってシンプルだった。四方向から玲を挟んで、上に飛んで逃げたところを木の上で待機している残夏たちが狙う。それだけ。

空中は身体の制御が効きづらい。いくら玲でもそう簡単には避けられないだろう。

多分。と少しばかり自信がなさそうだった清治に、残夏は首を傾げたものだったが。

確かにこうして目の前にすると、そうとしか言いようがない気持ちも分かった。ただ対峙するだけで、いいしれない恐怖を感じる。


 作戦遂行のために、残夏は木の上から玲を狙い撃つ役目を与えられた。

残夏以外にも、雄星(ゆうせい)や他の気配を遮断できるクラスメイト達がこの役割に当てられている。

残夏は遮断なんて出来ないのだが、観察力があるからと抜擢(ばってき)された。その評価には懐疑(かいぎ)しかないが、折角指名されたのならば頑張りたい。

雄星に残夏の分の結界を張ってもらい、息を潜めながら残夏は下の仲間たちに視線を()らした。


 凪とあかりは清治達と一緒に玲を挟み込む役だ。

凪は玲の動きについて行けるし、あかりの霊力である『人形操術(そうじゅつ)』は、あかりの作った人形を操って相手の動きを封じられるのだとか。

彰良は言うまでもなく実力者だし、清治は術で足止めをしてくれる。

そして楽は、なんと怪力の持ち主で、大太刀使いなのだとか。そのリーチと破壊力で、作戦の粗をカバーしてくれるようだ。

もちろん、先輩三人は本気は出さないが、十分に頼りがいがある。


 最後に(つかさ)は、残った他のクラスメイト達と作戦が失敗した時に突撃する役を引き受けてくれた。これできっと玲を倒せる。はずだ。


 ゆっくりと玲が倒木から立ち上がる。

残夏はその様子を木の上から眺めながら、(はや)る心臓を抑えていた。

木に登るのにも神経を使ったが、玲が気付いたそぶりはない。清治達も、初手の彰良が動けば()ぐに各々の行動に移れる。

チャンスは一回。絶対に間違えないようにしないと。


 ふう、と息を吐き出す音が合図だった。

直後、玲の正面から彰良が刀の(つば)に手を掛けて突っ込んだ。

居合いだ。

合わせる様に、楽が背後から大太刀で玲のいる空間を()ぐ。

更に右手からは凪がカラーボールを投げ、左手の清治が捕縛(ほばく)の術を唱えた。

あかりも茂みに隠れて、自身の草人形を玲に向かわせるのが見える。


あとは玲が飛ぶだけ。

そんな期待に満ちる一瞬の間で、残夏の目には、なぜか玲の笑みがハッキリと見えた気がした。


「……甘いなぁ。」


キンという音と共に、今にも抜かれようとしていた彰良の刀が(さや)へと戻された。のだと思う。

見えなかったから分からない。しかし玲の足が柄を押さえて、彰良の刀を抜けないようにしているから推測は出来る。だけど、


ーーそ、そんな事できるの……!?


場違いな感想が残夏の頭を駆け抜けた。

そんな事できるなんて聞いてない。彰良ですら驚いた顔をしているのに。


 思考の間にも、玲は流れるように彰良の刀の()を足掛かりに、回し蹴りを入れていた。

しかも彰良の顔に、正確に。

気の毒すぎる師の扱いに残夏は息を呑むが、下の攻防は続いていく。

玲に蹴られてふらついた彰良の身体には、丁度、凪の投げたカラーボールが命中した。

しかしそんな事を気にもせず、玲は次の行動に移っている。

薙いだ楽の大太刀の刃の部分に着地したのだ。ぽかんとした表情の楽に、笑いかけるのがやけにはっきりと見える。

そして次の瞬間には、楽の肩を支点に器用に一回転して、玲は楽の背後に立っていた。


ーーなんだこれ……。


とても人間の動きではない。

曲芸師(きょくげいし)か猿と言われた方がしっくりくる。というか目が追いつかない。

残夏が必死に見つめる先で、玲は楽の背を足で押す。そのまま楽が倒れると同時に、あかりの草人形も楽の下敷きになって潰れた。

残すは清治の術のみ。

しかし、その術が発動されるよりも前に、残夏の視界から玲が消えた。


「見ーつけた。」


「え?」


ふふ、と軽い笑い声がすぐ隣で聞こえる。

反対側にいた雄星が、驚いたようにこちらを振り向くのが妙にゆっくりに見えた。


何が起きたのか。どうしてここに。

そんな疑問が思考を埋め尽くすよりも先に、残夏の身体は浮遊(ふゆう)感に包まれていた。

しかもなぜか焦った清治の顔がだんだん近づいてーー。


近づいて?


「う、わあああああ!!!」


残夏が叫び声をあげたのと、清治にぶつかったのは同時だった。


「うう……。」


痛みと動かない身体で残夏は視線だけを動かす。

清治がちゃんと受け止めてくれたお陰で無事なようだが、木から落ちたせいか暫くは動けそうにない。

残夏の耳には、他にも隠れていた雄星や他のクラスメイトが次々と木から落ちてきて、悲鳴をあげる声が聞こえた。

視界の隅で凪が見える。どうやら無事なようだが、この惨劇(さんげき)に珍しく顔を青ざめさせて動けないみたいだ。


 玲はというと、特にダメージを受けた様子もなく木の上から飛び降りていた。

ちゃんと起き上がりかけていた彰良の上に、綺麗に着地する形で。


「ぐえ……!」


(かえる)を潰した様な声で動かなくなった師を見て、残夏の顔からも血の気が引いていく。


ーー作戦。ちゃんとした作戦を立てたのに……!!


そんな残夏の心情を知ってか知らずか。

玲はこの死屍累々(ししるいるい)の有様の中、腕時計に目を落とすと、隠れている一年生達に人好きのする笑顔を振りまいた。


「さて、残り時間はあと10分。万策(ばんさく)尽きても時間は有限だ。……さぁ、かかっておいで。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「はい、そこまで。これにて『鬼ごっこ』は終了。講評をするので順番に前に来てください。」


玲の呼び声に、地面で倒れ伏していた一年生達がウゴウゴと動き出した。木の上に登っていた子たちも降りてきたのを確認し、玲が霊力の森を霊子に戻す。

一瞬で元のグラウンドに戻るのに、痛む身体を抑えながら清治は立ち上がった。


 あの後、司が率いた一年生軍団で向かっていったものの、結局玲のスーツには土汚れひとつ付けられなかった。

それでも講習前よりも満足そうな表情の一年生達に、安堵の笑みが漏れる。

色とりどりのインクを引っ被った姿が夕日に照らされて、カラフルなのにどこか統一感があって可愛らしい。


「……あの連撃は良かったかな。でも軸がズレてたからもう少し基礎の体幹を(きた)えると……。」


あの入り乱れる鬼ごっこの中で、一人ずつちゃんと見ていたのだろう。

玲が的確に講評を伝えていくのを眺めながら、横で清治と同様立ち上がり身体を伸ばす二人に、清治はチラリと視線を向けた。

楽はまだしも、一年生同様、赤と青のインクに染められた彰良に吹き出してしまう。


「くそ、笑ってんじゃねーよ。ちゃんと落ちるんだろうな、これ……。」


「水溶性みたいだから大丈夫なんじゃない?ボクも土で汚れちゃった。」


「皆んなボロボロだね。」


苦情混じりにお互いを見渡し、顔を見合わせて笑い合う。

こんなにボロボロなのも久しぶりの感覚だ。


「てか楽。お前広報はどうしたんだよ。そんな汚れてざまあねーな。」


「うわうざ!!……いいもん。本当は玲が忙しいのに講習初めてって聞いたから、なんか手伝えるかなぁって思っただけだし。広報なんて口実(こうじつ)、口実。彰良だって似たようなもんでしょ。」


「俺はマジで東條(とうじょう)さんに頼まれたんだよ……。」


楽と彰良のやり取りに苦笑を漏らす。

二人とも玲に対して、とんだ過保護だ。でも気持ちはわかる。玲は放っておけば無茶をするから。

清治は同じ部隊だから、ある程度情報は掴めるけれど、別部隊の彰良と楽では分からない部分も多い。

それで気になったのだろう。

玲自身があまり自分の事を大事にしないから、周りが大切にするしかないのだ。


ーー今日はちゃんと手伝いになってたかな……。


結局最後の方にしか出番はなかったけれど、久しぶりに心底楽しそうだったから良い気晴らしにはなったのかもしれない。

ヒミズが現れてからというもの、玲が少しだけ情緒不安定になっていた事は清治だって分かっている。それは仕方がない。

だけど出来れば玲にはずっと心穏やかに元気でいてほしいのだ。

その為の手伝いならなんでもするから。


 そんな事を考えていると、遠くから一年生達が走ってきた。

目を丸くしていれば、代表して残夏と凪が前に出る。


「あの、ありがとうございました……!」


「ありがとうございました!」


生真面目(きまじめ)そうな残夏が深々と頭を下げる横で、快活(かいかつ)そうに凪もペコリと頭を下げた。

その様子に清治は慌てて口を開く。

礼を言われるようなことはしていないはずだ。


「ううん。僕たちこそごめんね。あんまり力になれなくて。」


ちゃんと皆んなで考えた作戦だったが、玲にはまったく通用しなかった。

未知のハグレモノと戦う上で、こういう事はこれから先も沢山あるだろう。だけど今回は講習なのだから、もう少し力になってあげたかったのだけど。

しかしそんな清治に、頭を上げた残夏がぶんぶんと首を横に振る。


「いいえ!……隊長が褒めてくれたんです。皆んなで協力出来たねって。まだまだな所もいっぱいあるけど、ちょっとずつ成長してるって。」


「ぼくも言われた!頑張ったねって。ちゃんと人と協力して、前に進んでるって。だから、」


『ありがとうございました!』


綺麗に声を重ねて、一年生たちが頭を下げる。

そのまま顔を上げると、集団はぞろぞろと戻っていった。満足そうな笑みを浮かべて。

その光景に何とも言えない感覚が胸に溢れていく。

特に凪と残夏。

邪視という特殊な能力のせいで、満足に人と関われなかった子供と、その身に化物を飼う子供。

あの二人にとって、誰かと協力して前に進むことはどれ程価値がある事だろう。


ーーきっと、あの子たちはこれから先も成長していく。


彼らを拾った玲が、望んだように。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「あ、いたいた。遅くなってごめんね。」


軽い足取りでこちらに向かってくる玲に、手を挙げて(こた)える。

講習が終わった後、理事長室に呼び出された玲を清治たちは高専の入口で待っていた。


「いいよいいよ。それより大丈夫だった?なんか(から)まれたんじゃない?」


「んー……まあ、色々あったけど大丈夫。」


「なんだそれ。全然大丈夫じゃねーだろ。」


不満そうな楽と彰良に玲が困ったように眉を下げる。玲が特別講習の講師に任命されたという事で、何かしら上層部が関与しているとは予想出来ていたが、やはりそういう事だったらしい。

とはいえ他言する事も許されてはいないのだろう。

二人の追及をのらくらと(かわ)す玲に、清治はそっと声をかけた。


「……何かあったら教えてね。手伝えるなら、手伝うから。」


「うん。ありがとう。」


ふわりと夕焼けに照らされて、玲が笑う。

眼鏡の奥の瞳が柔らかく細められるのに、少しだけ時間が止まったように感じた。


「……それより、もっと楽しい話しない?」


ふふ、と笑って玲が今回の戦利品について話し出す。三泊四日の高級老舗(しにせ)旅館への旅。

東條からのそれは、きっとこの後待ち受ける困難へのちょっとした休息だ。


「それで、温泉の後ろが竹林でね。それだけでも最高なんだけど、お風呂に入りながらお酒も飲めるっていうのが最高でさ。」


「ええ〜めっちゃいいじゃん!玲、浴衣の写真一緒に撮ろうよ。髪はボクがアレンジしてあげる。」


「可愛く?」


「めっちゃ可愛く!」


くすくすと笑い合う玲と楽を眺めながら、ぼんやりと考え込んでいれば、何かがコツンと頭に当たった。

彰良の手だと気付くよりも先に、小さく声を掛けられる。


「あんま気にしすぎんなよ。なんかあったら皆んなでどうにかすればいい。……今日みたいにな。」


「彰良……。……今日、どうにもなんなかったけど……。」


「そこはあれだ。今後の成長に乞うご期待ってやつ。」


「なにそれ……。」


適当な慰めについ吹き出してしまった。

彰良は玲のことなら完璧なのに、他の事となるとどうも適当で困る。

でも今はそれぐらいが丁度いいのかもしれない。


「あ、なに二人でヒソヒソしてんの〜!?」


「してねーだろ。それより玲。お前、人の上に降りてくんなよ。」


「そんな事したっけ?無様に地面に転がってるから、ミミズかと思っちゃった。」


「お前な……!」


より一層賑やかになった声に、そっと目を細める。

彰良の言う通り、これから先何があったとしても四人いれば大丈夫だ。

それに、(たくま)しい後輩達も育ってきているのだから。


 夕焼けの赤が遠く影を伸ばす。

それを追い越すように、清治は足を踏み出した。

玲の呼ぶ声に応える為に。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード10完了です。

次回でエピソード11ですね。ほのぼの温泉回になります。

楽しみにしていただけると嬉しいです!


次回更新は3/7土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


水曜日は短編を投稿予定です!


よろしければ感想、評価、リアクションなど頂けると更に励みになります。

よろしくお願いします!


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