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特別講習②

 「皆さん、こんにちは。14番隊の亜月(あづき)と申します。本日はーー、」


白い雲がぷかりと浮かぶ穏やかな空の下。

グラウンドに集まった一年生達の前で、朗々(ろうろう)と涼やかな声が響く。

普段よりも少し丁寧な物腰の(れい)を横目で見ながら、清治(きよはる)は自分と同じように(そば)(ひか)えている二人に小さく声を落とした。


「……それで?何でいるの?」


少々(いぶか)しげな声音になってしまったのは許してほしい。

しかし、ここに居るはずのない二人に警戒はしないまでも呆れくらいはするのだ。なぜなら清治達よりも先に高専で待っていたのは、2番隊副隊長である三島(みしま)彰良(あきら)と4番隊に所属している北郷(ほんごう)(らく)だったのだから。


「……東條(とうじょう)さんから、あいつが無茶苦茶しないようにって頼まれたんだよ。なんかすげーキレてたって。」


「ボクは取材。今度の広報誌に、今日のこと()せるんだ〜。」


忌々(いまいま)しそうな顔の彰良と、あっけらかんとした楽に苦笑が漏れる。

彰良は嫌々らしいが、まさか楽まで来るなんて。(はか)らずも同期四人が揃ったという事だ。


ーー懐かしいな……。


高専時代はよく四人で任務にあたっていた。

今日は任務では無いとはいえ、久しぶりの感覚に少しだけ気分も高揚(こうよう)する。

口元がにやけないように気を引き締めていると、玲の挨拶に混じって、一年生達の(ささや)き声が聞こえてきた。


「あれって14番隊の隊長?」


「なんか弱そう。眼鏡も変だし。」


(ひそ)やかに笑いあうのに、またもや苦笑が漏れそうになるのを何とか抑える。

確かに玲は見た目からでは隊長格には見えないだろう。線の細い身体と、不恰好(ぶかっこう)な分厚いガラスの眼鏡。にこにこと人の良さそうな笑顔に、極め付けのよそ行きの上品さ。

楽の祖父であり、2番隊の隊長でもある喜一郎(きいちろう)であれば、その厳格な見た目から歴戦の猛者(もさ)のように見えるのだろうが、玲はせいぜいインテリと言ったところか。

隣の二人も似たような事を思っているのか、必死に笑いを(こら)えている。

そんな囁きも当然聞こえているだろうに華麗にスルーして、玲は最初の挨拶を済ませるとコホンと(わざ)とらしく咳をした。


「それでは本日の講習内容ですが……皆さんには『鬼ごっこ』をしてもらいます。」


突拍子(とっぴょうし)も無い玲の発言に、一年生達が驚いたように(ざわ)めく。

本来講習というのであれば、より実践的な訓練が主なものだ。間違っても児戯(じぎ)を取り入れるなんて事はない。

しかし、別に玲がふざけている訳では無いことは、長い付き合いで分かっている。


「制限時間は三時間。フィールドはこのグラウンド全域。……ああ、でも殺風景(さっぷうけい)だと面白味(おもしろみ)がないか。」


そんな呟きと共に玲が手を叩くと、途端に高専のグラウンドは木々が青々と蔓延(はびこ)る森に変化した。

その突然の変貌(へんぼう)に、一年生達の騒めきが大きくなる。そんな中、玲だけが楽しそうに言葉を続けた。


「鬼は君たち高専一年生全員。捕縛(ほばく)対象は、私です。方法はいたって簡単。それぞれにカラーボールを配るので、捕縛対象にカラーボールを当てられれば君たちの勝利です。霊力を使うのも自由。誰かと協力するのも自由。このフィールド内にあるものなら何でも使って構いません。挑戦は何度でも。おまけに私はこのフィールドの維持(いじ)以外で霊力の使用はしない事とします。」


活き活きとしている玲に呼応するように、一年生達の目がキラキラと輝き始める。

相変わらず人を乗せるのが上手いやつ。


「ああ、それと……誰かが勝利したら無条件で全員の評価をSとします。」


そのひと言で、わっと一年生から歓声が上がった。

高専は評価が全て。次学年に上がるためには一定の評価を得られなければ強制的に退学となる。

この条件は余りにも魅力的だろう。


ーーだけど……。


「それでは、特別講習を開始します。」


楽勝だ、と楽しげに駆けていく一年生達に清治は溜息を吐き出した。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「……全っ然当たらない……。」


講習が始まって一時間ほど。

残夏(ざんか)は芝が生い茂る木漏れ日の下で、仰向けになって高い空を眺めていた。

否。息を整えていたのだ。

隣では同じように肩で息をする雄星(ゆうせい)(つかさ)が寝そべっている。その目は胡乱(うろん)な色をしていた。


「速すぎるくね?あの人……。」


「速いよね〜!」


「……なぜ元気なんだ蓮池(はすいけ)……。」


唯一元気な(なぎ)に上から覗き込まれながら、残夏は空の高さに現実逃避をしたくなった。

先週、みてろよ白石とは思っていたが、まあ一年全員に向けられた講習なのだから残夏も玲に転がされる一人な訳で。

もちろん現時点で、かくも容易(たやす)く玲の手のひらの上でコロコロされている。


「ぼく昔から玲ちゃんとは鬼ごっこしてるから。でも玲ちゃんを捕まえられたことないよ〜!」


「……身体能力どうなってるんだ……。」


全くもって司の意見に同感だ。

凪もそうだが、玲の身体能力が桁違いすぎる。

まず普通に足が速い。追いかけても追いつける気がしない。

それから身体の軽さだろうか。まるで重力が存在していないみたいに木に飛び乗ったり、枝から枝にジャンプしたり。

そして極め付けは回避能力。多分、あれは投げる前からどこにボールが来るか分かっている動きだ。

あと普通に白石(しらいし)が掴みかかっていたけれど、華麗に流されていた。あれも多分警戒すべきところだと思う。

そんな訳で、玲に近づくことすらできないというのが現状だ。


「これは……あれだなぁ……。」


息を整えた雄星が起き上がって残夏たちを見回す。

(なら)って起き上がれば、雄星はひとつこくりと頷いた。


「作戦、いるんじゃないか?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「()ずは整理しよう。」


講習が始まって1時間半は過ぎただろうか。

残夏たちは円になって座ると、雄星の言っていた『作戦』について考えていた。


「オレたちの目標は隊長にカラーボールを当てること。だけどこれは普通に考えて、隊長の気を()らさないと難しい。」


「つまりは気を逸らさせることが第一目標ってことな。」


「気を逸らすくらいでいいのか?動いていたら当たらないぞ?」


「じゃあ玲ちゃんを動けなくしなくちゃね。」


動けなく。

それはまさしくそうだが、そもそも可能なのか。

うんうん(うな)っていると、同じように考えていた凪がぱっと顔を明るくした。何か思いついたようだ。


「そうだ!あのね、玲ちゃんの話を思い出したんだけどーー、」


「ふん、おままごと中か?」


凪の言葉を(さえぎ)るように、嫌味な声が響く。見れば、白石が取り巻きや他の一年生たちと一緒に残夏たちを囲んでいた。

一様(いちよう)にカラーボールのインクで汚れている。

まあ、それは残夏たちも同じなのだが。

白石は苛立った表情で顔を歪めた。


「お前らの隊長は、本当に素晴らしい人だな?こんなくだらないお遊戯(ゆうぎ)を提案して。何が霊力を使わない、だ。あんな動き人間じゃないだろ。……ああ、それともお前らと同じであいつも化物なのか?」


「……っ、」


あまりの言い(ぐさ)に拳を握りしめる。

なんだこいつ。玲を散々馬鹿にしていたくせに、敵わないと分かったら今度は化物って。

付き従っている他の奴らも他の奴らだ。

しかしこんな所で乱闘(らんとう)騒ぎを起こして、玲に迷惑をかけるわけにもいかない。

残夏が黙っている事を選ぶと、白石はそれを肯定と(とら)えたのか更に言葉を続けた。


「こんな講習、時間の無駄だ。なんだ『鬼ごっこ』って。絶対に勝てない勝負になんの意味がある。(あお)るだけ煽って、どうせ評価も適当なんだろう。そんな事だから14番隊は落ちこぼれだってーー、」


「それは違うよ。」


残夏がもう耐えられないと足を踏み出した時。白石の言葉に凪が声を上げた。

ふるふると首を振って、それは違うともう一度繰り返す。


「玲ちゃんは考えてるよ。絶対に勝てない、なんてあり得ない。確かにすごく難しいんだと思う。皆んながS評価は。でも、玲ちゃんは0%の事を煽ったりしないよ。……だからね、皆んなで考えよう?横の繋がりが大事なんだって玲ちゃんいつも言ってるもん。皆んなで協力したら、きっと良い案が浮かぶよ。」


その言葉に残夏は握り締めていた拳から力を抜いた。

ああ、やっぱり凪はすごい。どんなに逆境でも、嫌なことがあっても、他人に笑いかけられる。

残夏の初めての友達はこんなにも強い人間なのだ。

そんな凪に白石も呑まれたように後退(あとじさ)る。


「ふ、ふざけーー、」


「蓮池くんの言う通りね。評価のためにも、これからの為にもここは皆んなで協力した方がいいわ。」


(りん)とした声に白石が驚いたように声の方に顔を向けた。

そこに居たのは、クラスメイトの遠野(とおの)あかりだ。(けい)よりも青みの強い、(すみれ)色の瞳をした彼女と残夏に直接的な面識はない。

しかし毎度張り出されるテストの成績では必ず上位に食い込んでいて、あの白石も一目置いている人だ。

あかりは凪に近づくと、その手を取って微笑みかけた。


「……都合が良いかもしれないけれど……一緒に協力してくれる?」


「うん、いいよ!頑張ろう!」


「あ、じゃ、じゃあ私も……。」


「あ、僕も!」


あかりの行動に驚いていた他のクラスメイトも、凪の反応に安心したのか続々と名乗りを上げ始める。

それに驚いていれば、白石と特別親しくしている取り巻き以外は、なぜか協力する(はこ)びになっていた。


「ごめんな、蓮池、小鳥遊(たかなし)。」


荘野(しょうの)宮杜(みやもり)も悪かったよ。」


口々に告げられる言葉に、残夏は何が起きているのかよく分からない。

それは白石も同じだったようで、(しばら)く呆然とした後にハッと息を呑むと大声を上げた。


「お、お前ら!!いいのか!?そいつらは化物だぞ!!?」


「でもずっと見てたけど、小鳥遊も蓮池も悪いこと何もしてないよ。」


「荘野や宮杜も無事だし……。」


「そもそも白石の言うことってそんなに正しいの?いつも南宮(なんぐう)さん、南宮さんってそればっかりでさ。」


ざわざわと向けられる言葉と敵意に、白石が立ち(すく)む。

残夏はそこでやっと思考が追いついてきた。

そうか。皆んな白石とその背後にいる南宮を恐れていたのだ。

だからといって、急に掌返(てのひらがえ)しをしてくる人間が信じられるのかは分からないが、どうやら今この瞬間だけは残夏たちに力を貸してくれるらしい。


「貴方の負け惜しみなんて知らないわ。14番隊の隊長は、初めて関わったけれどすごい人よ。だから、協力して一矢(いっし)(むく)いたいの。協力する気がないなら向こうに行って。」


あかりのひと言に、白石は顔を赤く染めて歪んだ表情のままくるりと背を向けた。

それにほんの少しの同情も覚えるが残夏の知ったことではない。

残夏が白石から視線を(そむ)けてクラスメイトたちに向き直ると、なぜか司と雄星の間に座り込んだあかりがにっこりと微笑んだ。


「さあ、作戦会議をしましょう。」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「蓮池くん、さっき言いかけていた事があるみたいなんだけど……。」


「あ、それなんだけどね!」


あかりの問いかけを受けて凪が溌剌(はつらつ)と話し出す。

それは良いのだが、どうも居心地が悪い。生まれてこの方、クラスメイトに囲まれるのは初めてだからだろうか。

それとも、急に現れたあかりがこんな風に仕切っているからだろうか。

ちなみに(あいだ)に入られた司と雄星も、揃ってかなり微妙な顔をしている。


「えっと、最初に始める時……玲ちゃん言ってたでしょ?『このフィールド内にあるものなら何でも使って構いません』って。最初は森の木とか色々使っても良いのかなって思ってたんだけど……それ以外にあるんじゃないかな。」


「それ以外?」


「うん。この状況を打破(だは)できるものが。だから、もう一度皆んなでこの森を探索するのはどうかな?」


確かに玲は最初そんな事を言っていた。

気がする。

よく覚えているものだ。残夏はすっかり忘れていた。そんな凪の提案に全員が悩むそぶりをする。

まあ、それは仕方がないだろう。時間は残すところ半分程度。

グラウンドはそれなりに広いし、第一鬱蒼(うっそう)とした森で何かを探すのは時間がかかる。

しかし現状なす術もない。あかりは一頻(ひとしき)り悩むと、凪の提案を受け入れたようだった。

そのまま周りに指示を出す為に口を開く。この場で、現在最も発言権がある彼女の言葉をクラスメイトたちも待っているようだ。

しかし彼女が言葉を発する前に、凪が残夏を向いて口を開いた。


「ね、どう思う?残夏くん。」


「え……。」


どうしてこんなに大勢いる中で残夏に振るのだろう。あかりが少し苛立ったようにこちらを()め付けてきた。周りからの視線にも萎縮(いしゅく)してしまう。

しかし助けを求めるように視線を向けた凪は、笑顔のままだ。


ーーああ、そうか。


凪はこの作戦を誰かに渡す気はないらしい。

残夏と司と雄星と凪。四人で最初に考え始めたのだから、主導権(しゅどうけん)をあかりに奪われていては駄目だ。

折角の手柄を横から出てきた人に渡していては、白石に屈していた頃と変わらない。

残夏は一度息を吐き出すとしっかりと周りを見回した。

大丈夫。失敗したって、残夏には凪たちがいる。

残夏は心を決めると、喉から声を(しぼ)り出した。


「うん。それでいこう、凪。……皆んな、協力してくれる?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 森の奥から聞こえていた悲鳴や爆発音が止んで一時間ほど。

清治はフィールド内の森の入口で、手元の時計に目を落として溜息を吐き出していた。


「そろそろ何時間だっけ?」


「二時間半だよ。」


「俺ら何にもしてねーな……。」


彰良の言葉にもう一度溜息が(こぼ)れる。

どうやら一年生たちは今回の課題について、あまり理解できていないらしい。

ただ闇雲に向かっても隊長相手に勝てる、などということはあり得ないだろうに。


 当初、楽勝と息巻いていた一年生達は、最初の三十分でその認識の甘さに気がついたらしい。

少しばかり清治が楽の取材に付き合って見回っていた中では、笑顔の玲に(いど)んでは吹っ飛ばされて悔しそうにしている子たちや、カラーボールのインクでカラフルに染まった子たちが真剣な様子で作戦を考えている姿が散見(さんけん)された。

常々『横の繋がりが重要』と玲が言っている通り、自然と全員で協力する流れになっていたから、講習としては大成功だろう。

ただ、玲が最初から意図(いと)していた隠し要素に気づく子供たちは居なかったらしい。

凪や残夏もいるから、もしかしたらとは思っていたのだが。


ーー折角玲の『お願い』だったんだけど……。


滅多に頼み事をしてこないから少しばかり張り切っていたが、これでは清治はただ休憩を貰ったに過ぎない。

ちょっとでも手伝いになれていたらいいのだが。


 そんな事を考えていると、清治達の方に駆けてくる足音が聞こえた。

顔を上げれば、残夏と凪が走ってくるのが見える。その背後には他の一年生たちも。


「あの……!ちょっと良いですか?」


息を切らして残夏が声を上げた。

頬には弾けたカラーボールのインクが付いている。それに笑って、清治はいいよと応えた。


「その……隊長が最初に言ってたんですけど、『このフィールド内にあるものなら何でも使っていい』って。」


「それって、清治くん達も含まれると思うんだ。」


残夏の言葉を(おぎな)うように、凪が続ける。

興奮したような様子に相槌(あいづち)を打ちながら、清治はチラリと彰良と楽に目配(めくば)せをした。心臓が高揚(こうよう)で音を立てる。

もしかしたら、との気持ちを込めて続きを促せば、残夏と凪は決定的な言葉を口にした。


「隊長に勝つために、力を貸してくれませんか?」


意志の強い夏空色の瞳が(きら)めく。

その期待に応えるように、清治は笑顔で頷いた。



ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード10-2完了です。

次回でエピソード10は終わります。

残夏たち一年生と同期三人パーティーが玲にどうやって対抗するのか。

楽しみにしていただけると嬉しいです!


次回更新は2/28土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


水曜日は短編を投稿予定です!


よろしければ感想、評価、リアクションなど頂けると更に励みになります。

よろしくお願いします!

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