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特別講習①

 年も明け、そろそろ進級について本格的に焦る時期。いや、今から焦るのでは余りにも無意味なのかもしれない。

そんな折、残夏(ざんか)の耳はまたしても武田(たけだ)の声を素通りさせようとして、出てきた単語にハッと意識を戻した。


「一年最後のイベントとして、来週は特別講習があるからな。今回の講師は14番隊の隊長だ。隊長格が講師を(つと)めるのは非常に(まれ)でーー、」


「え?14番隊?」


咄嗟(とっさ)に出てしまった声は、思ったよりも小さく武田の声に紛れて響かなかったらしい。

残夏は慌てて自分の口に手を当てると、ぐるぐる回る思考に、もう片方の手で頭を抱え込んだ。


ーー隊長が講師……!?


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 そんな残夏が頭を抱え込む三日前。

組織内司令部の執務室では、恐ろしいほどの冷たさが室内を凍らせていた。


「……悪かったと言っているだろう。」


「それ、謝る人の態度じゃないですよね。」


後ろめたい東條(とうじょう)の謝罪を、(つね)ならぬ苛立(いらだ)ちの混じった冷たい声が()()ける。

ソファの肘掛けに行儀悪く座って、視線すら上げる事なく資料を(めく)(れい)に、東條は眉を寄せながらも、どうにもならない息を吐き出した。


 一週間後に(せま)る特別講習。

高専一年生を対象としたこのイベントは、準備の大変さや、安全上の気遣いなど、配慮すべき事は多いのに、評価には繋がらない。

普通なら隊長に頼むような仕事でもない、ハズレの業務ではあるのだが。


「……お前に事前に相談しなかったのは悪かった。だが、上層部からのお達しなんだ。」


ぴくりと玲の指が動く。しかし資料を捲る手は止まらない。

そのまま玲は溜息を吐き出すと、先よりも幾分(いくぶん)か温度の上がった声を落とした。


「残夏のこと、目つけられちゃいました?」


「まだ大丈夫だ。ただ、興味は持っている。……お前についてもな。」


「俺?」


「精神状態の確認だ。」


「あー……。」


読み終わったのか、資料を適当に(ほう)ると玲はようやく東條に目を向けた。言葉よりも雄弁(ゆうべん)な眼差しに、東條が押し黙れば、玲の方から口を開く。


「……ヒミズ、(さかき)さん、組織内の腐食(ふしょく)に上層部からの監視ですか。」


「上からすれば、小鳥遊(たかなし)よりもお前の方が懸念(けねん)事項だ。」


「こんなに働いてるのに。」


「……過去を考慮(こうりょ)すればだろう。」


最近は落ち着いているとはいえ、元々精神的に不安定だったことのある玲は、過去に大規模な霊力暴走を引き起こしている。

とはいえ被害は物的に(とど)まり、玲自身にも反省は見られた。更に言うなら、治療を受け、現在は寛解(かんかい)したと言っても差し(さわ)りはない。そして、そんな状態でも隊長に推せるほど優秀である事も間違いない。

しかし、もう一度暴走すれば、次はどうなることか。上層部はその余波が自分たちまで届くのを恐れている。あの老害(ろうがい)たちは、自己保身のためならなんでもするやつらだ。

そんな東條の思考を(さえぎ)るように、ことんと玲が首を傾げた。


「……。……バレてませんよね?」


困ったように眉を下げるのに、少しの不安が混ざっている。

それを霧散(むさん)させるように、東條は息を吐きながら軽く首を横に振った。


「大丈夫だ。ただし、ことを荒立(あらだ)てて小鳥遊を管理下から奪われる事は避けたい。忠誠心を持って期待に応える事だ。……今はな。」


「ふふ、仕方ないですね。」


くすりと笑って玲が立ち上がる。

そのまま放り投げた資料を一瞥(いちべつ)する事なく、まるで猫のように音を立てずに東條へと近寄ってきた。

そして悪戯(いたずら)っ子のように口端(くちはし)を上げると、歌うように言葉を(つむ)ぐ。


「いいですよ。東條さんの命令に従って、高専での特別講習の講師、お引き受けいたします。……ただし、」


眼鏡の奥で瞳がスッと鋭くなった。威圧感とも違う、逃げられない空気が辺りに漂う。

それを真正面から受けながら、東條は玲の言葉に眉を寄せた。


「ご褒美(ほうび)、いただけませんか?」


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 午前中に司令官から呼び出された上司は、かなりのご機嫌(きげん)で戻ってきた。


「え、今年の特別講師……玲が担当なの?」


「そう。一週間後の午後ね。悪いんだけど、清治(きよはる)も手伝ってくれない?」


「それはもちろんだけど……大丈夫なの?玲、物凄(ものすご)く忙しいのに……。」


毎年この時期に行われる、現役の隊員達による高専への特別講習。まだ経験の浅い高専一年生に実際の肌感覚を味わってもらう、という趣旨(しゅし)で開催されているこのイベントは、基本的に副隊長を中心に()り行われている。

従って、隊員というよりはサポートの役が強い柳瀬(やなせ)を副隊長に据えている14番隊は、今までこの役目がきたことは無い。

そもそも一般的な任務とは一線を(かく)すとはいえ、それなりに大変な行事。

組織の中でも一、二を争う程に忙しい玲が(にな)うには、あまりにもそぐわない仕事だ。

過労(かろう)で倒れることも多いのに負担ではないかと心配事を口にすると、なぜか上機嫌な隊長は、ふふんと得意そうに口を開いた。


「そこは交渉してきたから。聞いて驚かないでね?なんと、東條家の息がかかった高級老舗(しにせ)旅館、三泊四日で予約とってくれるって。」


ふわふわと花が浮かんでいる様な笑顔に、珍しいと目を瞬かせる。玲が東條にそんな事を頼むとは。


「伊勢海老が美味しいんだって。部屋に露天(ろてん)もついててさ。一回行ってみたかったんだよね。……最近、皆んな俺に休めって言うし、いいかなぁって思って。」


海鮮と温泉が好きな玲には最高のご褒美だろう。

滅多に休まない彼が休息を取ってくれるというなら清治にとってもこれ以上ない。

にこにことした様子に、清治も笑みを浮かべて良かったね、と言えば玲が不思議そうに首を傾げた。


「?清治も一緒に行こーよ。」


「え、僕も?いいの?」


「東條さんがお前一人だと何をしでかすか分からないから誰か誘えって。(らく)彰良(あきら)も誘ってさ、四人で行こうよ。久しぶりに。」


ふふ、と柔らかく笑う玲に清治も自然と目尻が下がる。玲のこういう所が人好きのする所以(ゆえん)だろうか。

楽しみだね、と言葉を変えれば、ふわりと嬉しそうに玲が笑った。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「お前らのとこの隊長が講師ってマジ?」


「ぼくらも初耳!玲ちゃん忙しいのに大丈夫かなぁ……。」


授業の間の休み時間、残夏たちは来週の特別講習の話で盛り上がっていた。

いや、残夏たちだけではない。クラス中がその話題で盛り上がっている。


「14番隊ってあのお荷物の……?」


「でも最年少の隊長だよ?」


そんな(ささや)き声を聞きながら、残夏は(なぎ)雄星(ゆうせい)の会話に相槌(あいづち)を打っていた。

確かに玲は年が明けても変わらずに忙しい。

しかしあの人に一対一ではないとはいえ、稽古(けいこ)をつけてもらえるなんて願ってもない事だ。

だって残夏は強くなりたいのだから。


ーー……あれ?


なんで強くなりたいのだったか。

強くなりたいという気持ちはあるけれど、その理由が浮かばない。だからどうにも気持ちが乗らない気がする。これは最近結構頻繁(ひんぱん)にある感覚だ。それも全部、玲のことを考える時ばかり。


ーー隊長……。


これ以上は考えてはいけない気がする。あの人のことをこれから先も信じていたいのなら。

残夏は一度、息を吐き出すと雄星たちの会話に意識を集中させた。


「あの人となると……突飛(とっぴ)な内容になりそうだな……。」


「料理教室とかじゃダメかなぁ。おせち、めちゃくちゃ美味(うま)かったし……。」


雄星の(なな)め上な意見に苦笑が()れる。

どうやら雄星の玲への認識は、膝枕の人が、超強い人を()て、おせちの美味しい人に落ち着いたらしい。まあ、めちゃくちゃ美味しかったけれど。

玲がくれたおせちは基本は和食であったが、残夏たちに合わせてくれたのか肉料理が多く、唐揚げなんかも入っていた。

それ以外にも、ちゃんと伝統的な一品もあって残夏は昆布巻きがあんなに美味しいものだと初めて知った。施設で出てきたものとは全く違ったから。

余り物として(もら)った肉じゃがや麻婆豆腐、グラタンなんかも絶品であれを食べて、年始をカップ麺で過ごす意欲は完全に破綻(はたん)したくらいだ。


「料理教室はないと思うけど……玲ちゃんのご飯美味しいもんね。きっと特別講習も楽しいよ!玲ちゃんだもん!」


「相変わらず蓮池(はすいけ)亜月(あづき)隊長に対する信頼度はすごいな……。」


「だって玲ちゃんだよ?」


凪の不思議そうな顔に、呆れた笑い声が上がる。なんとも凪らしい反応だ。

しかしそれが思いの(ほか)、面白く思わなかった連中がいたらしい。


(そろ)いも揃って、落ちこぼれが楽しそうだな。」


「……白石(しらいし)。」


ぴたりと話すのをやめた雄星と(つかさ)に代わって、残夏がその名前を呟いた。白石の顔には嫌らしい笑顔が浮かんでいる。

残夏たちと引き分けて(くや)しがっていたくせに、立ち直りの早いやつ。

南宮(なんぐう)に止められているのなら、一生残夏たちに関わってこなければいいのに。


「俺も来週が楽しみだよ。……どんなにくだらない隊長なのか、楽しみだ。」


その言葉に一瞬頭に血が昇るが、残夏は息を吐いて自分を落ち着けた。

こいつが何を言ったってどうでもいい。玲は最高の隊長だ。誰よりもすごい人だ。

だから残夏がここで喧嘩を買う必要はない。

来週になれば思い知るだけだ。


「オレも楽しみにしてるよ。お前が()(づら)かくのをな。」


「っ、お前……!!」


白石が掴みかかってこようとした瞬間、授業開始のチャイムが鳴り響く。その音に白石は舌打ちを(こぼ)すと、自分の席へと帰っていった。

口々に大丈夫かと(たず)ねてくる三人に軽く笑って、残夏も前を向く。

次は苦手な数学だ。だけどいま、残夏の胸は高揚(こうよう)感に(あふ)れている。


ーーみてろよ、白石。


白石の情けない顔を思い浮かべて、残夏はほくそ笑んだ。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード10開始です。

特別講習編になります。玲がどんな課題を持ってくるのか。残夏と白石の因縁はどうなるのか。

楽しみにしていただけると嬉しいです。


気づけばエピソード10まで来ました。

読んでいただけていることが本当に嬉しいです。これからも頑張りますので、よろしくお願いします。


次回更新は2/21土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします)


水曜日は短編を投稿予定です!


よろしければ感想、評価、リアクションなど頂けると更に励みになります。

よろしくお願いします!

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