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灰の花③

 頭を撃ち抜かれた人間が立ち上がるシーンを見たことがあるだろうか。例えばゾンビ映画やアクション映画で見たことがある人がいるかもしれない。

いずれにしろ、そんな場面はホラーだ。

そしてそれを現実に目の当たりにする心境はきっと、体験した本人にしか分かるまい。

そう、こんなに恐ろしいなんて、知りようがないはずだ。


残夏(ざんか)は目の前の光景を見ながら、恐怖に震える身体で立ち尽くしていた。


「話は聞いてたぜ……。てめえら、隊長と副隊長なんだろ?いいじゃねぇか。ぶち殺し甲斐(がい)があるってもんだ。」


くつくつと、何事もなかったようにハグレモノが(わら)う。興奮したように血走った目と、裂けた口。


確かにさっき、頭を撃ち抜かれたはずなのに。


ーーこれが……ハグレモノ……。


(あずさ)(けい)と倒した化物とは格が違う。

目の前にいるのは殆ど人間と変わらない個体。それなのに、生態はあまりにも人間離れしている。

だから余計に不気味で恐ろしい。頭を撃ち抜いても倒せないのならどうやって倒すのだろう。

こんな化物を。


「おら、やろうぜ。どっちが隊長だ?強いのはどっちだよ?」


恐怖で身体が震える。

残夏だけではなく、(なぎ)(つかさ)雄星(ゆうせい)もまた。

どうしてこんなに空気が重いんだろう。呼吸すら(はばか)られるような。

このままじゃ飲み込まれてしまう。

しかし、そんな空気を壊すように明るい声が響いた。


「ちょっと待った!」


「は?」


場違いな静止に、ハグレモノの動きが止まる。

いや、ハグレモノだけではなく残夏や他の三人もまた口をぽかんと開けて立ち尽くしていた。

視界の先で、(れい)彰良(あきら)だけが世界から切り離されたようにあっけらかんと話し合っている。


「どっちがやる?」


「どっちでもいーぞ。」


「んじゃ、ジャンケンしよ。勝った方ね。」


「ん。」


いやいやいや。それはどうなんだ。

ジャンケンって。あり得ないだろう、流石に。

しかしハグレモノを含めた全員が呆気に取られる中、玲と彰良はジャンケンを始めてしまった。

何度かあいこになった後、彰良がパー、玲がチョキで、玲の勝ち。

結果に玲は意地悪そうに笑みを歪めた。


「ふふん、ジャンケン弱!」


「うっざ。さっさとやってこいよ。終わったら昼飯な。」


「はーい。」


なんだろう。なんでこんな状態で、こんな気分になるんだろう。

いつの間にか消えていた空気の重さに、残夏は深く息を吐き出す。

隣で凪が楽しそうに玲に頑張れ、と応援の声をあげていた。


「はい、お待たせ。俺が相手でいい?」


玲がにこやかに挨拶をする。対してハグレモノは、反応することなく(うつむ)いて肩を震わせていた。

そして次の瞬間、先程までよりも濃い霊気がハグレモノの身体から噴出(ふんしゅつ)する。

しかし今度は息ができる。

残夏たちの周りを(おお)う、彰良の霊力のおかげだと気がついた時には、ハグレモノが血走った目を玲に向けていた。


「てめえら……。」


「ん?」


「……()めやがってえええええ!!!!」


叫び声と同時に、ハグレモノが一瞬で玲との距離を詰める。そのまま腕を振り上げるのに、残夏は息を呑んだ。

早すぎて移動している瞬間が見えなかった。しかも腕はカマキリのように変形している。

あんな腕に()で切りにされたら。


ーー隊長……!!


ハグレモノが腕を横に()ぐ。

残夏は咄嗟(とっさ)に叫びそうになり、しかしそれは()ぐに喉の奥へと消えていった。

それよりも違う音が(あふ)れてくる。


「え?」


間抜けな音だっただろう。だけどそれ以外何も言えなかった。ハグレモノが腕を薙いだ瞬間、玲が視界から消え失せたからだ。

残夏だけじゃない。司や雄星からも同じ音が溢れ落ちる。

慌てて視線を巡らせれば、玲はいつの間にかハグレモノの背後に立っていた。


「まあまあ、落ち着いて。自己紹介とかいらない?名前とか名乗らなくていい?」


「てめえ……。」


飄々(ひょうひょう)としたその態度に、ハグレモノの顔が(しか)められる。狐につままれたような、そんな表情だ。

反して玲は柔らかく笑うと、優雅にお辞儀をした。


「14番隊隊長の亜月(あづき)玲です。よろしくね。」


優しい笑顔だ。この場にそぐわないような。

そんな様子を呆気に取られて見ていると、残夏の隣で彰良が溜息を吐き出した。


「遊んでるな……長くなりそ……。」


「え?」


「お前らも座っとけ。別に帰ってもいいけど……隊長レベルの戦闘なんて早々(そうそう)見れるもんでもないしな。座ってゆっくり見学しとけ。」


肩を(すく)めて、彰良は適当に芝生(しばふ)に腰掛ける。疲れたように腕を回すのに、残夏は凪たちと顔を見合わせると、隣に座り込んだ。

ぼんやりと玲を見ている彰良に、少し遠慮がちに口を開く。


「あの……隊長、大丈夫なんでしょうか?」


「ん、まあ大丈夫なんじゃないか。」


「え?し、心配じゃないんですか?」


「……心配するような事は起こらねーよ。どっちかというと、あのハグレモノの方が気の毒だな。」


「ええ?」


「いいから、前見てろ。ほら見逃すぞ。」


彰良の言葉に残夏は顔を前に向ける。

視界の先には相変わらず楽しそうな玲と、顔を歪めたハグレモノが立っていた。


「隊長ねぇ……。」


「ふふ、一応ね。君は?名前なんていうの?面白かったら覚えておいてあげるよ?」


「は、てめえに教える名前なんてねー、よ!!」


またハグレモノが玲に飛び掛かるが、玲はしゃがみ込んでその攻撃をかわす。

特に危なげもなく、(かす)ることすらないままに、軽い動きで玲は攻撃をかわしていった。

まるで手品だ。もしくは人形劇。玲の手のひらで踊らされているような。


「くっそ!!ちょこまかと……!!」


「あれだよ。動きが少し雑かな?切り込む前に気持ちが前に出て、足が先に動いてるんだよね。」


「うるせえ!!!」


なぜか敵に指導までしている玲に、なんとも言えない気持ちになりながら残夏は戦闘を見つめた。

ハグレモノの動きが大振りなのに対し、玲は最小限の動きだけで翻弄(ほんろう)している。(かろ)やかで、花が舞っているみたいだ。

しかし何度も同じ攻防(こうぼう)が続くと、玲は動きを止めて腕時計に目をやった。小さく首を傾げる。


「うーん、あんまり変わらないな……。もっと奥の手とかない?」


「あん?奥の手?」


「ないかなぁ……。彰良がお腹空かせてるんだよね。もう終わりにしようか。」


「は?何をーー、」


パン、と乾いた音が鳴る。

その音は、ハグレモノの言葉を飲み込んで何度も空間に響き渡った。

音の出所は玲だ。いつの間に取り出したのか銃を手に持っている。

そしてハグレモノはというと、最初に頭を撃ち抜かれた時とは比にならないほどの弾丸を顔に受けていた。それだけじゃない。

身体中、致命傷になりそうな所は全て穴が開いている。


「ぅ、……。」


飛び散る血と、弾ける肉片。

薬莢(やっきょう)の音が響き、煙の匂いが鼻につく。


あまりの光景に残夏は吐き気を覚えながら口元を手で覆った。顔から血の気が引いていく。

早く終わってほしい。そう願うのに、ハグレモノの傷は逆再生のように直ぐに治っていく。


「てめえ……。」


「ふふ、再生力があるね?ほら、でもまだ弾は沢山あるよ?」


「う、がああ!!」


にこやかに、玲は躊躇(ちゅうちょ)する事なくハグレモノを撃ち抜いていった。

直視するのもなかなかにきつい光景に、彰良以外は皆んな目を()らしている。

これがハグレモノとの戦闘なのだろうか。残夏たちもいつか、あんな風に戦うのだろうか。


「……目、逸らすなよ。」


「……え?」


「慣れとけ。これが俺たちの世界だ。」


誰に言うでもなく、銃の音を縫って耳に届いた彰良の言葉に、残夏たちは顔を見合わせた。

全員が青い顔をしている。それでも。


ーーこれが、オレたちの世界……。


一方的で、少年漫画みたいじゃなくて、殺し合いで。血も叫び声も止まない。

これが、残夏が生きていく世界なのだ。


「死なないな……打たれ強いね?」


「くそが!!くそが!!くそがああ!!!」


玲が困ったように眉を下げた。

その表情は頑是(がんぜ)ない子供を前にした大人のようだ。

そんな様子を見ながら、ぽつりと司が口を開いた。吐き気を(まぎ)らわすように、息を整えながら。


「……上級の再生力はすごいな。」


「上級?」


人形(ひとがた)のハグレモノだよ。……俺も初めて見た。」


雄星の言葉に、残夏はそっと梓たちとの任務を思い出した。あの時は低級が相手だった。少しだけ厄介で、だけど低級。

残夏たちが四人がかりでも倒しきれなかったのに、玲は片手間のように上級と戦っている。


「玲ちゃん、大丈夫だよね?」


「……うん、きっと。」


不安ではなく確信したような凪の声音に残夏は頷いた。

ハグレモノは何度も再生している。

しかし(いく)ら再生しようが、次の瞬間には頭や心臓に弾が撃ち込まれるのだ。優劣(ゆうれつ)一目瞭然(いちもくりょうぜん)だろう。


ーーオレも、あんな風になれるのかな……。


想像なんて出来なくて、なんだか玲が遠かった。


 少しした後、結果は誰が見ずとも明らかという状況で均衡(きんこう)していた時。

残夏たちが、残虐(ざんぎゃく)さに慣れてきた頃。ハグレモノが耐えかねたように口を開いた。


「ああああ!!もういい!!くそが!!やってやらぁ!!!」


「?」


「馬鹿にしやがって!馬鹿にしやがって!馬鹿にしやがって!!見てろ!!てめえは絶対に殺してやる!!!」


言葉と共に、ハグレモノの身体がぼこりと隆起(りゅうき)する。ぼこぼこと質量が増し、弾け、身体が何倍にも(ふく)れ上がっていく。


それはまるで巨大なカマキリだった。

腕は鋭利に尖り、腹からも足が生えている。


そこでようやく理解が追いついた。これが、ハグレモノ。人間じゃない。こいつは化物だ。


 玲はそんな化物を見上げると、躊躇(ためら)うことなく銃を撃った。

しかし、その身体は鋼鉄(こうてつ)で出来ているかのように弾をはじき返す。

はじき返されて地面にめり込む弾丸に、ハグレモノの高らかな笑い声があがった。


「ははは!!!もうそれは使えねーな!!てめえもこれで終わりだ!!!」


玲はそんなハグレモノを見上げて、少し驚いたように口を開く。

その表情にハグレモノは気を良くしたように笑うと自身の鎌を見せつけてきた。


「よく見ておけ!!これでお前の身体を八つ裂きにしてやる!!生きたまま少しずつ皮を()いでやる!!!絶対に生きて返さねえからな!!」


耳障りな笑い声が響く。残夏の心臓が縮んでいく。

もし、玲がやられたら。そんな最悪の想像が頭に浮かぶ。

残夏の喉が声にならない悲鳴で震えた、その瞬間。

ハグレモノが巨大な鎌を玲に振り下ろした。


が、


「ふ、ふふ……あはは、あはははは!」


場違いに明るい笑い声が上がる。

玲だ。心底楽しそうに、腹を抱えて笑っている。


そしてなぜか瞬きの後、ハグレモノの腕がゆっくりと地面に落ちていった。

落ちた腕は、地面にぶつかった衝撃で(ちり)に変わる。

ハグレモノがぴたりと動きを止めた。呆然と腕を見つめるのに、玲の笑い声は止まない。

余りにも異質な光景だった。玲だけがどこか別の空間にいるかのようで。

凪が残夏の袖を掴む。残夏は動けなかった。


 玲はくすくす笑いながらハグレモノに向き直ると、ゆったりとした動きで眼鏡を外した。

美しいアイスブルーが唯一の色のように鮮やかで。

ハグレモノも呑まれたように玲の瞳に釘付けになっていた。

そのまま玲はひどく優美に微笑む。


「ごめんね、玩具(おもちゃ)使ってさ。」


「……は?」


「お()びに見せてあげるよ。」


ふ、と玲が軽く目を伏せた。美しい顔から表情が消えて、周りに薄青の霊力が(ほとばし)る。

霊力は花弁(かべん)に変わって玲の周りを舞い散った。

しかし次の瞬間、花弁は燃え上がり地に落ちる前に灰となって消えていく。

そのひとつを玲が掴むと、花弁は一層燃え上がり、集まってひとつの形を成した。

それは玲の背丈よりも大きな漆黒の大鎌だった。


ーーなに、あれ……。


玲の霊力は花のはずだ。

燃えて、大鎌に変容(へんよう)するなんて。あれは一体なんなのだろう。どうして残夏は少しの恐怖を感じているのだろうか。

凪の手が微かに震える。残夏もきっと、身体が震えていた。


 そんな中、玲はうっそりと笑うと呆気に取られているハグレモノに小さく首を傾げた。


「ふふ、そんなに見つめないでよ。厨二病みたいで恥ずかしいんだから。」


「な……てめ、」


「にしても、まさかカマキリとはね。ねえ、こんな話を知ってる?」


玲の声は涼しげに耳を(くすぐ)っていく。

穏やかで、圧力があるわけでも、重たい何かに身体を締め付けられる訳でもない。

なのに、誰も動くことが出来ない。

玲だけが許されたように淡々と言葉を続けていく。


「小さなカマキリが、馬車に立ち向かう話。決して(かな)わない相手に立ち向かう、無謀(むぼう)とも(たぐ)(まれ)なる勇気とも取れる話だよ。『蟷螂(とうろう)(おの)』って言ってね。君はどっちかな?ね、カマキリくん。」


それは鮮やかな笑みだった。強くて、美しい。誰の目をも惹きつける笑顔。

しかし言葉には侮蔑(ぶべつ)嘲笑(ちょうしょう)が見え隠れしていた。ハグレモノの顔が怒りで歪んでいく。

動いたのは一瞬。

巨体は目にも止まらぬ速さで玲を(つらぬ)いた、ように見えた。


「……え?」


「おや、君は無謀の方みたいだ。」


ハグレモノの驚いた声と、玲の冷めた声が響く。

何が起こったのか残夏の目には見えなかった。なのに結果だけは分かる。

ゆっくりと手足を残して地面に吸い込まれていくハグレモノは不思議そうな顔をしていた。

一瞬おいて、血が吹き出す。

ハグレモノから切り落とされた手足はさらさらと崩れて塵になり消えていく。呆気なく、勝負はついた。

玲はそのままハグレモノの胴体(どうたい)に腰を下ろすと魅惑(みわく)的な笑みで口を開く。


「さて、君には聞きたいことがあるんだ。」


「な、なんだよこれ!?何をした!!なんで、なんで……!?」


「再生できない?ふふ。それはね、切ってないから。」


「は?」


「この大鎌、切るんじゃなくて対象物を焼き溶かすんだ。だからその傷口は再生しない。だって今も焼き溶けていってるからね。ほら、感じない?少しずつ傷口が広がってるの。」


「!!?」


ハグレモノの顔が恐怖に引き()った。

残夏も怖い。なんだそれ。それのどこが花の霊力なのだろう。


「まあ、それは置いておいて話の続きだ。ヒミズ。こいつについて教えてくれない?」


「な、」


「どこにいるのか知りたいんだ。会いたくて仕方がない。何を考えて、何をしようとしてるのか知りたくてね。教えてくれる?それか連絡してくれないかなぁ……。『亜月玲が会いたがってる』って言えばすぐ来てくれると思うんだけど。」


玲の言葉に、全員が息を呑む。

残夏の隣で今まで静観(せいかん)していた彰良も驚いた顔をした。

だが残夏はそれどころではない。ヒミズ。どうして玲がそいつに会いたいのだろう。

なんだ、何かのピースが足りない。どうして。何か、何かを残夏は。

しかしその断片(だんぺん)を掴む前に、ハグレモノの大声にそれは頭の奥へと消えていった。


「な、な、なんでお前がヒミズ様を知っているんだ!!?会いたいだと!?ふざけるな!誰が言うか!!」


「?……残夏を狙ってきたんじゃないの?それか、俺を。」


「そんなわけねえだろ!!!くそ!!離せ!!オレはてめえらをヒミズ様のとこに連れて行って目を掛けてもらうんだ!!霊力の高い人間を連れて来いって言われてんだよ!!!


精一杯の叫びに玲が驚いた顔をする。

次の瞬間には、興味が薄れたような冷たい笑顔がその顔には張り付いていた。


「ひっ……!」


「そう。……上位になりたてか。所詮(しょせん)はこんなものだな。……もういいよ。要らない。」


玲は独り言のように呟くと立ち上がる。

玲の動きに合わせて、ハグレモノの手足の傷が加速するように身体を呑み込んでいった。

ハグレモノの絶叫がこだまする。

しかしそれも数秒のうちに全てが呑み込まれ、塵になって消えてしまった。


 誰も言葉が出ない。

そんな中、玲はひとつ息を吐き出すと眼鏡をかける。

くるりと残夏たちに顔を向ける雰囲気はいつもの穏やかなものに戻っていた。


「さ、終わったよ〜。」


「お前……。」


「ふふ、後でね。あ、残夏たちはどうする?帰る?それともご飯行く?」


「え?」


こんな戦闘の後に、ご飯なんて行ける人間がいるんだろうか。残夏は吐き気で苦しいのに。

司や雄星も似たものだったのだろう。軽く首を振ると、丁重にご飯の誘いを断った。

凪は少しばかり残念そうだが、残夏たちに合わせてくれるらしい。特に何も言わない。


「そう?じゃあ気をつけてね。あ、それと『切り裂きくん』壊れちゃったからこっちで処分するから。帰るまでは一緒に帰ろうか。」


「え、処分しちゃうんですか!?」


玲の提案に、残夏はそれまでの全てが吹き飛んで大きな声を出してしまった。出してしまった後で恥ずかしくなるが仕方ないだろう。

残夏を助けてくれた切り裂きくん。どうして処分など出来ようか。

戦闘のせいで踏まれて更にボロボロになった人形に残夏は俯いた。

今日の衝撃(しょうげき)よりも何よりもショックが大きい。

そんな残夏に玲はふむ、と考え込むと柔らかい声を出した。


「じゃあそれを修理しよう。もう少し強化もしようね。本当はあんまり強化すると残夏たちが逃げきれなくなるからどうかなって思ってたんだけど……それだけ大事にしてくれてるなら大丈夫かな。綺麗にして直ぐに返すから。」


「本当ですか?」


「うん、約束。」


残夏はほっと胸を撫で下ろす。良かった。切り裂きくんは無事だ。

司と雄星がわずかに引いた顔をしているが許して欲しい。外出させてくれて、助けてくれた切り裂きくんに残夏は本当に愛着があるし凪も嬉しそうにしているのだから。

玲は残夏の様子に、にっこりと微笑んだ。


 その日はそのまま、全員で組織へと帰還した。カラオケはといえば来週に予定が変更された。

トラウマになりそうなものだが、司も雄星もどこか吹っ切れたらしい。もちろん、残夏も。

切り裂きくんは三日後、無事に帰ってきてくれた。

こうして残夏の胸に少しの違和感だけを残してこの事件は無事解決したのだった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「おい。」


組織の食堂に向かう廊下で彰良は前を歩いていた痩身(そうしん)を呼び止める。

振り返った表情はよく貼り付けている嘘の笑顔そのもので、彰良は盛大に舌打ちを溢した。

ああ、苛々(いらいら)する。


「どうしたの?なんで怒ってんの?」


「分かんねー訳ないよな。」


「ふふ、まあ落ち着いてよ。」


玲は回りくどい。わざとこんな風に喋る時は、仕事モードか何かを隠したい時だ。

睨みつけてもどこ吹く風。

こいつのこういう所が本当に腹が立つ。


「……なんでヒミズを呼び出そうとした。上の許可も無しに。一人で乗り込むつもりかよ?」


「まさか。ただ知りたかったんだ。ヒミズに会いたいって言ったらどうなるのかなって。」


「ふざけんな。そんな遊び半分でーー、」


「遊びじゃないよ。」


真っ直ぐに見据えられて言葉が出なかった。

眼鏡に隠れているはずの瞳の色が透ける。

有無を言わさないように、いつも彰良を置いていく時の覚悟を決めた顔で。


ーーこいつの、こういう所が……。


(しばら)くそのまま睨み合い、しかし玲はふと笑うと視線を逸らした。

それに安堵(あんど)してしまう自分に一番腹が立つ。


「大丈夫。無茶はしないよ。東條(とうじょう)さんに怒られちゃうしね。でも最近あの人、俺に秘密にしてる事がいっぱいあるんだよねぇ……。」


「……考えがあってだろ。」


「ふふ、心配性だもんね。」


俺が、殺せたらいいのに。ヒミズを。玲の周りの、こいつを脅かすもの全てを。

だけどそれが無理な事くらい彰良が一番分かっている。彰良じゃまだ実力不足だ。

今日の玲の戦闘を見て分かった。彰良では玲に遠く届かない。

副隊長なんて所詮お飾りの称号。隊長に任命されただけ。せめて隊長クラスの力をつけないと。


 隣を歩く玲を見る。彰良よりも小さくて、華奢(きゃしゃ)で、だけど誰よりも強いこの男を。


ーー守れるくらい……。


そっとシャツの上から自身の首飾りに触れると、彰良は幼馴染の歩幅(ほはば)に自身のものを合わせた。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード8完了です。

次週から年末編に入ります!また読んでいただけたら嬉しいです!


次回更新は1/31土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします!)


水曜日は短編を投稿予定です〜❣️


よろしければ感想、評価、リアクションなど頂けると更に励みになります。

よろしくお願いします!

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