灰の花②
週末。
残夏は逸る気持ちを抑えながら外へと繰り出した。空は雲ひとつない快晴。
前日まで私服で悩んだりしたけれど、きっと素晴らしい日になるはずだ。
そう、思っていたのに。
「それで?どうやったら隊長格を呼び出せんだ?」
目の前で残夏たちを見下ろす、柄の悪い男に残夏は泣きそうな心地になった。
正座させられている足も痺れて苦しい。だけど動く事も出来ない。なぜなら拘束されているからだ。
しかも、残夏だけではなく四人全員が。
残夏は恫喝してくる男に肩を跳ねさせながら、事の経緯を思い出していた。
今日は、本当にいい日だった。
澄み渡る空は綺麗で、寒いけれどカラッとした空気で。待ち合わせをして皆んなで外に出て、カラオケに行く前に少し商店街なんて見て回って。
なのに、その時間が終わるのは早かった。
商店街の人混み。
ゆったりとした歩みに、笑い合っていた残夏の肩に男がぶつかってきたのだ。驚いて、よろめいて。慌てて謝って。それで終わるはずだった。
しかし男は残夏の謝罪では足りなかったようで激昂し、掴みかかってきたのだ。
驚いた雄星たちが止めに入るも、なぜかその瞬間、残夏たちが世界から切り離されたように商店街の人混みがぽっかりと穴を開けた。
人々は気に留めることも、不思議に思うこともなく通り過ぎていく。
それに目を回していれば、男が残夏を掴んだ。
「逃さねーぜ。俺の足を止めた罰だ。」
ニヤリと笑われ、瞬いた時には公園の広場に移動していた。
ーー瞬間、移動……?
先程まで、確かに商店街にいたのに。しかもここでもまた、誰もが残夏たちを気に留めない。
そこで漸く気がついた。この男がただの人間ではないことを。
そして向こうも残夏たちの霊力に気がついたのだろう。残夏たちを縄で拘束すると、ポケットに入れていた学生証を引っ張り出して狂気的な笑みを浮かべた。
「なんだ……お前ら、組織の人間か。」
「な、なんでそれを……。」
「腹いせに殺してやろうと思ったがやめた。こりゃヒミズ様へのいい土産になる。」
「は……?」
なんで、その名前を。組織のこと、そしてヒミズのこと。そんなのを知っている人間なんて、組織の人間しか居ない。
じゃあこの男は。組織の者とは思えない、この目の前の男は。
残夏の身体がカタカタと震えだすのと、男の口が耳まで裂けるのは同時だった。
「ハグレ、モノ……!」
「はっはっはっ!!!傑作だなぁ!!」
そうして残夏たちは、ハグレモノに捕まったのだ。
現在。
もっとデカい獲物が良いと、そいつは残夏たちを餌に、更に上の人間を呼び出そうと画策している。
しかしそれに対して学生である残夏達が出来る事がある訳もなく。残夏の瞳からは堪えきれずに涙が溢れていた。
ーーなんでこんなことに……。
いつもいつも、自分の不運体質はどうしてこんな事態を生み出すんだろう。
ーーヒミズって言ってた。もしかして、オレを……。
あの時のように連れ去りに来たんだろうか。
だとしたら、残夏はまた三人を巻き込んでしまったのか。
どうしよう。
ただ友達とカラオケに行ってみたかっただけなのに。どうしよう。どうしよう。
折角、玲が外出許可証までくれたのに。
ーーそうだ。『切り裂きくん』……!
玲が言っていた。ヤバいのに遭遇したら『助けて、切り裂きくん』と言えばいいと。
残夏はちらりと横を見る。
凪も雄星も司も恐怖を感じているだろうに、残夏の視線に頷きを返してくれた。大丈夫だ、という頷きを。
しかしこのままこうして居たらいつ殺されるか分からない。残夏に出来ることはきっと、これだけだ。
残夏は心を決めると、大きく息を吸い込んで思いっきり叫んだ。
「『助けて!!切り裂きくん!!』」
「あん?なんだそりゃーー、」
突然の残夏の大声に、ハグレモノが首を傾げる。
その言葉が終わる前に、残夏と凪の鞄から凄まじい霊力が迸った。
途端、薄青の霊力が辺りを包む。霞んだ空間に、刃物が擦れる音がした。
揺らめく黒い衣装と、可愛らしい顔。なぜか大きくなった背丈。フェルトで出来ていた大鎌は陽の光に照らされて、確かに輝いていた。
「切り……裂き、くん。」
残夏たちを守るように二体のマスコットがハグレモノの前に立ち塞がる。
そしてそれらは、目にも止まらぬ早さでハグレモノへと切り掛かった。
「んだよ、これ!!?」
ハグレモノが忌々しそうに追い払おうとするが、切り裂きくんは早い。何度も切り付けるのにハグレモノの顔が苛立ちに染まっていく。
そんな中、司の声が響いた。
「今だ!拘束を抜け出せ!」
その言葉にハッと我に帰る。
そうだ。
早く抜け出さないと。
残夏は必死に身じろぎながら、縄を弛めようと力を込めた。
「っ、た、小鳥遊!なんだよあれ!?」
「オレも分かんない!隊長がくれたんだ!」
「かっこいいね、切り裂きくん!」
「蓮池!見とれてないで手を動かせ!」
お互いに言葉を交わしながら、だけど懸命に。
しかしどう動いても拘束が解けない。擦れた皮膚に血が滲んでいく。
抵抗虚しく、十数分後。
嫌な音が響いたと思ったら、切り裂きくんが見るも無惨に目の前で裂かれた。
裂かれたマスコットはしゅるしゅると元のサイズに戻り、動かなくなる。残夏たちを守り、玲が手作りしてくれたお守りが。
ぽとんと落ちた切り裂きくんに、残夏の心も裂かれていく。
しかしそんな感傷に浸る暇もなく、ハグレモノは怒り心頭な様子でこちらに近づいてきた。
「てめーら……手間取らせやがって……。」
「ひ、」
余りの重たい空気に、悲鳴が勝手に口から漏れる。
拘束はまだ解けない。だけどもう。
ーー逃げられない……。
絶望の中、ハグレモノは冷たく残夏たちを見下ろした。
「もういいわ。お前らはいらない。死ね。」
その言葉と共に、残夏たちに何かが振り下ろされる。瞬きすら出来ない間に。
しかしそれが振り下ろされるよりも先に目の前でハグレモノの頭に穴が空いた。
「……え?」
ゆっくりと倒れていく胴体と、溢れる血で広がっていく水たまり。中心に、透明な水が波紋を揺らす。
そしてそこからは、ここには居ないはずの声がのんびりと響いた。
「あーあ、あと二センチ左だったら脳幹ぶち抜けてたよ?もっと派手になったのに。」
「んな精密射撃出来るか。お前がやれよ。」
「ふふ、彰良がやらないと水鏡使えないじゃん。」
くすくすと楽しげな笑い声と、呆れと苛立ちが混じった声。どうしようもなく残夏を安心させる声だ。
残夏は慌てて水たまりに視線を向けた。
波紋が強くなる。赤を遠ざけて透明な水が濃い青色に染まる。
そして次の瞬間、残夏が思い浮かべていた二人が水たまりからするりと姿を現した。
「隊長……。」
「玲ちゃん!」
残夏と凪の声が重なる。
それに応えるように玲はこちらを向くと、そっと微笑んだ。
「残夏、凪。怪我はない?痛いところは?……腕、擦り切れちゃったね。戻ったら治療しようか。」
側に来て頭を撫でてくれる手が優しい。
隣では雄星と司が玲たちの登場に呆然と口を開けていた。
「14番隊の隊長……。」
「……と、2番隊の副隊長?」
ぽつりと漏れた呟きが聞こえたのだろう。
玲は司たちの方に顔を向けると、まるで子犬でも見るように、ぱっと雰囲気を輝かせて司に近づいた。
「司くんだ〜〜〜!!あ、君は……雄星くん?宮杜隊長の息子さんだよね。いつも残夏と凪がお世話になってます。」
「あ、わ、や、やめてください!!亜月隊長!」
「あわわ……。」
司が動けないのを良いことに、玲が司の頭を揉みくちゃにする。司から聞いてはいたが、玲は随分と司がお気に入りのようだ。
横で雄星が顔を青ざめさせている。
そんな楽しげな、と言えるかかは分からないが、わちゃわちゃとした空間に溜息を吐いて彰良が残夏たちの拘束に手をかけた。
「大丈夫か?……怪我してんな。ちょっと待て。」
「あ、ありがとうございます。……あの、隊長……なんかテンション高くないですか?」
「今日暇だったから出番できて張り切ってんだろ。……ん、これ解けないな。刀で切るか。」
「え?」
「動くなよ。腕切り落とされたくなかったらな。」
そんな恐ろしい事を言われて動けるわけもない。
というかなんだろう。少し不機嫌な気がする。
残夏が少しばかりの緊張の中、言われた通りに背筋を伸ばしていると、彰良は残夏と凪の拘束を手早く解いてくれた。
玲もまた、司と雄星の拘束を解いている。
向こうはなぜか手を翳しただけで解けているけれど、それは置いておいて。
司たちは拘束が解けた瞬間、残夏たちの方に駆けてきた。
よっぽど玲に揉みくちゃにされたのが堪えたらしい。
「お前たち大丈夫か!」
「うん、平気だよー!二人も大丈夫?」
「俺らは大丈夫だ。」
「よ、良かった……。」
ほっと胸を撫で下ろす。誰も怪我していないなら不幸中の幸いだ。
無事な顔を見渡して、もう一度安心してから一歩離れた場所で見ている玲と彰良に残夏は顔を向けた。
どうして二人がここにいるのだろう。玲はともかく彰良まで。
残夏は頭を下げながら口を開いた。
「助けてくれてありがとうございました。あの、お二人はどうして……?」
残夏の問いに、玲が首を傾げる。
そして、倒れたハグレモノの近くに転がっている切り裂きくんを指してにっこりと笑った。
「だって残夏、『助けて、切り裂きくん』って言ったでしょ?あれ言うと執務室にアラート鳴るようにしてたんだよね。でも今日は俺しか出れる人居なくて。あ、あと彰良は暇そうに歩いてたから連れてきた。」
「拉致られたんだよ……。昼休憩行こうとしてたらな……!」
苦虫を噛み潰したような彰良の表情に、残夏も頬を引き攣らせる。不機嫌そうだと思っていたがお腹が空いているらしい。
しかし玲は悪びれる様子もなく楽しそうに笑った。
「あはは、ごめんごめん。今度肉じゃが作ってあげるから許して。」
「……。」
それで良いのか、彰良は。
満更でもなさそうな顔に、残夏は堪えきれず苦笑を漏らした。
なんだか疲れた。でも皆んなが無事ならそれでいい。取り敢えず今日はどうしよう。
流石に解散だろうか。
ーー取り敢えず、切り裂きくん……。
回収して帰らないと。ちゃんと修復出来るだろうか。
なんて事を考えながら、足を向けようとしたその時。
「……おいおい、なんだよ。その、終わったみたいな雰囲気はよぉ……。」
地獄の底から這い上がるような声が響き渡った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード8-2完了です。次でエピソード8は終了になります!
地獄の外出になってしまいましたが、
この後玲達はどのように対処していくのか。
次週を楽しみにしていただければ嬉しいです❣️
次回更新は1/24土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします!)
水曜日は短編を投稿予定です〜❣️
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