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灰の花①

 マフラーが必要な季節。

日毎に寒さが増す中で、残夏(ざんか)の心は暖かい。例えば(なぎ)が差し出してくれているコンビニの肉まんみたいに。


「はい、半分どーぞ。」


「ありがとう、凪。ピザまんも、はい。」


「わあ、ありがとう!」


まだ湯気(ゆげ)の立つ暖かいそれにかぶりつく。

昼もしっかり食べているし、この後夕飯も控えているけれど、これは止められない。

ちょっとした贅沢だ。


「しかしクレープ屋が休みとは……。」


「いいじゃんいいじゃん。コンビニの唐揚げも美味いって。」


「む……おでんもなかなか……。」


寒い中、鼻を赤くさせながら皆んなで分け合うコンビニフードの味。それから白い息が上がる笑い声。

こんな日が来るなんて思ってもみなかった。

残夏は凪と(そろ)いでつけた(かばん)の『切り裂きくん』にそっと目を細めた。


 (れい)がくれた外出許可証もとい『切り裂きくん』は実によく働いてくれている。といっても動いたとかそういう訳ではなく、これがあるおかげで残夏は定期的に外に遊びに行ける、ということだ。

週末に執務室に(こも)る必要も、退屈に窓の外を眺める必要もない。もちろん遊びに行かない時はちゃんと執務室で過ごしているし、清治(きよはる)とのお茶会も毎日とはいかないが継続している。


だけど外で友達と遊ぶのは残夏の昔からの夢だった。だから今はそちらに比重が(かたむ)くのだ。

毎日が楽しくて仕方がない。こんな気持ちになれたのは『切り裂きくん』のおかげ。

あんなに怖かった人形が可愛くて仕方がなくなるなんて思わなかった。


「そういや、小鳥遊(たかなし)蓮池(はすいけ)は週末()いてる?」


「空いてるけど……どうしたの?」


「おー、カラオケ行かね?(つかさ)と久しぶりに行きてーなってさぁ。」


カラオケ。カラオケか。雄星(ゆうせい)の誘いに残夏は宙を見上げる。

誘われるなんて初めてだ。流行(はや)りの曲なんか知らないけれど、いいんだろうか。

そんな迷いに残夏が返事を躊躇(ためら)っていると、ピザまんを飲み込んだらしい凪が嬉しそうに声を上げた。


「わあ!行きたい!あ、でもぼくあんまり歌知らないよ?いいの?」


「ふん!そんな事気にしたって仕方ないだろう!」


「司はお前らと遊びたい〜って言ってんだよ。俺もさ、お前らと遊ぶの楽しーから。」


照れたように笑う雄星に、残夏も笑って頷く。

こんな時間がずっと続いたらいいと思いながら。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「あ、おかえり。今日は早かったね。」


コンビニでの買い食いも終わり、今日は帰ろうと組織に戻ってきた残夏と凪は、14番隊の執務室に来ていた。

相変わらず人が居ない執務室には、清治だけが机に向かっている。

清治は残夏たちに気がつくと、ぱっと顔を明るくした。


「清治さん。行こうとしてたクレープ屋さんが閉まってて……。」


「そうなの?あ、じゃあお腹空いてる?」


「ううん。肉まんとピザまん食べてきたよ!」


凪の言葉に、清治は少し残念そうに眉を下げる。

どうしたのかと首を傾げれば、清治は休憩室から箱に入った色とりどりのドーナツを取り出した。


「昼に松陰(まつかげ)さんがいらっしゃってね。(もら)ったんだけど今日は誰も居ないし……この量は僕もね。賞味期限があるから今日中に消費したいんだけど、残夏と凪、食べられそう?」


「二個なら……。」


「ぼくも二個!」


散々食べて、夕飯も食べるなら二個が限界だろう。しかし残夏と凪が食べてもまだ十個以上残っている。

清治は残夏たちに好きなものを取り分けてくれると、ひとつ考えて溜息を吐き出した。


「二人とも、もう要らない?」


「はい、ありがとうございます。」


「もう大丈夫!」


「そっか。じゃあいいかな……。」


清治はそう言うと、静かに目を(つむ)った。そしてひと言呟く。


「出ておいで。」


言葉と共に、ふわりと清治の若草色の霊力が舞い上がる。そして影から、ひとつの何かが湧き上がってきた。

それは、残夏の見たものの中でも断トツに不思議な光景だった。最初真っ白だった影が、少しずつ色彩(しきさい)(きざ)まれていく。そして。


牡丹(ぼたん)。」


清治が柔らかく微笑むと、人の形をした影がぱっと目を開けた。瞬間、像が形を結ぶ。

女の姿だった。真っ白な髪と、(にしき)の着物。瞳は珊瑚(さんご)のように紅く、そして何より頭には二本の真珠色の(つの)()えていた。


ーー鬼だ……。


前に(あずさ)が言っていた清治の使役(しえき)している鬼。鬼女(きじょ)、牡丹。

彼女は残夏たちに目もくれず清治に顔を向けるとその美しい顔を喜びに(ほころ)ばせた。


主様(ぬしさま)……!久しぶりにお呼びくださいましたな。牡丹、嬉しゅうございます。】


「ごめんね。最近ちょっと忙しくて……。でも牡丹の好きなドーナツあるよ。」


【どーなつ!何と素晴らしい!】


キラキラと瞳を輝かせながら牡丹はドーナツの箱に飛びつくと、両手に持って嬉しそうに頬張(ほおば)り出す。

呆気に取られていれば、清治がこちらに顔を向けた。


「驚かせちゃった?」


「えっと……。」


「僕の使役している、鬼女の『牡丹』だよ。甘いものが好きなんだ。……牡丹。新しく14番隊に入ってきた残夏くんだよ。仲良くしてね。」


牡丹は清治の言葉にちらりとこちらに視線を向けるが、その瞳は清治に向けられるものとは全然違う。

侮蔑(ぶべつ)を含んだ眼差しはひどく高圧的だった。


【ふん。(わらし)、貴様どーなつを持っておるな。(わらわ)に献上せよ。さすれば顔を覚えてやっても良い。】


「え……。」


「あ、こら!ダメだよ!牡丹の分はそこにあるでしょ!」


慌てて清治が間に入る。

しかし牡丹は残夏とは仲良くする気がないようでツンと顔を背けた。


【高貴なる妾が人間の童と仲良くなどせぬ。(いく)ら主様の(おお)せであってもな!しかしどーなつは別じゃ。それは妾のものじゃ!】


「もう……こうなるから皆んなに配りたかったのに……。牡丹。」


【ぬ、主様……。】


「今度僕が買ってあげるから。仲良くしなくてもいいから、他人のものをとっちゃダメだよ。」


【ぬう……。】


項垂(うなだ)れる牡丹と、腰に手を当てて(たしな)める清治。

何だか見ていて不思議だ。こんな事言うのは可笑(おか)しいのかも知れないが、なんとも可愛らしいやり取りである。

そのまま()ねたようにドーナツを頬張り出した牡丹に清治は苦笑すると、少しお茶にしようと紅茶を淹れてくれた。


「牡丹ちゃん、久しぶりだね。」


邪視(じゃし)の子か……気安く話しかけるでないわ!】


「こら!もう……。」


紅茶の湯気を前に、清治が溜息を吐き出す。

どうやら残夏だけでなく人間に友好的ではないらしい。しかし清治のことは好きなのだろう。怒られる度に悲しそうに眉を下げるのが同情を誘った。

そんな様子を見ながら、残夏は記憶を引っ張り出す。今までは物質に由来する霊力が多かったけれど、そうか。こんなタイプもいるのか。人成らざるものを操る力。

ちょっとカッコいい。


妖使(あやかしつか)い、でしたよね。他にも使役されてるんですか?」


「ううん。僕が契約してるのは牡丹だけだよ。でも、昔牡丹が負かした妖は彼女を通して使役できる。」


「すごい……。」


事も投げに言うが、そんなのまるで百鬼夜行じゃないか。それを率いる清治。ちょっと想像しただけで勝てる気がしない。

しかし残夏の反応に、清治はちょっと困った顔をして笑った。


(すご)くないよ。何かを使役してる人なら他にもいるし……あ、そうだ。彰良(あきら)もその一人だよ。あいつは龍神と契約してるんだ。」


清治の言葉に浮かんだのは、少し前のヒミズとの戦闘。

あの時、彰良がヒミズに怒ると黄金の龍が舞い降りた。あれが、彰良の契約している龍神なのだろう。


ーーあれ……?


そこまで思い出して、少しばかり首を(ひね)る。

彰良はどうしてあんなに怒っていたのだったか。ヒミズが何か言ったのだったか。


それは、なんてーー、


「ぼく見たよ!ぴかぴかしてた!」


凪の明るい声に、思考が散っていく。

何か思い出せそうだったのに。でも、大丈夫。きっと必要ない事だ。そんな気がする。


「それでね、彰良くん『ただ、共に』って言ってたの。あれはなに?召喚する時の呪文?」


「ああ、それね。」


無邪気な凪の言葉に、清治が頷いた。

残夏も知りたかったことだ。だってあの言葉を唱えた後に龍は姿を現したから。

でも呪文にしては、複雑さもないシンプルなもの。

あれは一体なんなんだろう。残夏の視線を受けて清治が優しく笑う。


「それは『解言(かいげん)』だよ。使役者が、使役しているものを呼び出すための短い言葉。契約した時の願いが反映されているんだ。」


「願い?」


「そう。契約する時に、どうして契約したいか相手に伝えるんだけど……その願いを切り取って、そのまま召喚の術とする。ただ使役者だけが使える召喚の言葉だよ。」


そんなものがあるのか。

残夏たちはまだ、術式は習っていない。一年生は主に体力や体づくりと基本的な知識が中心で、術式などの技術は二年生になってかららしい。

召喚についても教えてもらえるだろうか。


「教えてくれると思うよ。召喚だけじゃなくて、一般的な術式もね。」


「?術式って、術師だけが使うわけじゃないんですか?」


「そんな事ないよ。術式は数式のようなものでね。公式さえ知っていれば、誰が使っても同じ効果が得られるんだ。だから物理戦闘がメインの隊員たちも使ってる人いるよ。術師は更にそれの応用。既存(きぞん)の術式を組み合わせて、もっと強大な力にしたり新しく練ったりね。……まあ、要するに器用なだけでオリジナル性があんまりないんだけど……。」


【そのような事ございませぬ!主様はご立派じゃ。あまり卑下(ひげ)しませんよう。】


「分かってるよ。ありがとう、牡丹。」


そのやり取りはとても自然で。残夏はそっと目を細めた。

清治はすごい。残夏だったら沢山の公式を覚えて、しかもそれを組み合わせたり新しいものを作るなんて絶対に無理だと思う。

だから、清治はすごい。


「清治くん、術式なら誰にも負けないんだよ。すっごいの!」


「そんな事はないけど……ありがとう。」


凪の言葉に清治が照れたように笑う。

残夏はその表情と話に夢中で、こっそりと近づいてきている牡丹には気が付かなかった。

そして気がついた時には、


【ひ、ひいいい!!なんじゃその人形は!!あの男の気配がする!!】


牡丹の悲鳴が響き渡る。

驚いて見れば、残夏の鞄に入っていたドーナツを牡丹が取り出そうとしていた。

しかしその視線は、残夏の鞄の『切り裂きくん』に釘付(くぎづ)けでドーナツは地面に落ちていた。


「あ!盗もうとしてたでしょ、牡丹。君の分はーーあれ?もうなくなったの?」


【ぬ、ぬぬ主様!!あの者ら、呪物を持っております!!御身(おんみ)に危険が!!】


「呪物……?ああ、もしかして『切り裂きくん』?まあ、それにも術が仕込まれてるからね。でも呪物じゃないよ。」


【呪物じゃ!!!】


ガタガタと震えながら清治の背後に隠れる牡丹に呆気に取られていると、凪が小声で耳打ちしてくる。


「牡丹ちゃん、玲ちゃんが苦手なんだよ。」


そのひと言で、牡丹がなぜ反応したのかなんとなく分かった。

清治もまた、眉を下げて笑うと『切り裂きくん』に手を伸ばす。


【さ、触ってはなりませぬ!!】


「大丈夫だよ。……うん。強い術が掛かってるね。玲のお手製だからどんな術かまでは()ぐに分からないけど……。」


「そうなんですか?」


「玲の術式、基本的にアレンジしたり重ねたりして複雑にしてるから……それに二人が外出できるためのものだからね。相当強力だと思うよ。この人形、玲が夜中までかけて縫ってたからその分も含めてね。」


あの人、そんな事まで出来るのか。

無駄に器用というか、そんな事する暇があるなら寝てれば良いのに。身体もあまり強くないのだから。


ーーあ、れ……?


また変な気分だ。なんだろう。身体が強くない。それは合ってるはずなのに、もっと違う感じがする。

何だったか。もっと、根本的なーー。


ーーいやいや……。


そんな訳ない。何だかちょっとおかしい。

ここ最近少し遊び過ぎただろうか。今日は早めに寝ることにしよう。


「本当に強力だから、二人とも玲に言われた事はちゃんと守るようにね。大事なことだから。」


少しだけ難しい顔をした清治に、残夏は凪と顔を見合わせるとしっかりと頷いた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 「ただいまー。」


「あ、玲。お帰り。」


残夏たちも寮に戻り、そろそろ清治が帰り支度を始めようとしていた頃。14番隊の執務室に玲が戻ってきた。

今日は出張ではなく、他の隊長との会議や東條(とうじょう)との打合せだったはずだ。

普段の身体を動かす任務よりも疲労が濃い上司兼友人に、清治は眉を下げた。


「疲れた?」


「ん。……南宮(なんぐう)さんのとこが大変でね。ちょっとお願いしたい事があったから。」


玲が小さく笑みを浮かべる。東條の政敵(せいてき)である南宮は、玲に対する敵意が強い。

ただでさえ疲れる相手に頼み事とは神経が擦り減ったことだろう。

珍しく雑に椅子の背もたれへと体重を預ける玲は、ほっと息を吐き出した。


「うーん、ドーナツ残しとけば良かったかな……。」


「ドーナツ?」


「そう。松陰さんが持ってきてくれたんだ。多かったから残夏たちにあげて、後は牡丹に……あ、そうだ。そういえば松陰さんが箱は玲に、って。」


「……見せて。」


説明していると、玲が手を伸ばしてきた。いつもよりも少しだけ低い声。

清治はその様子に肌がひりつく感覚を覚えながら、捨てようと置いていた箱を玲に手渡す。

しかし箱は、玲の手に触れた途端、ぼろぼろと崩れ何枚かの長方形の紙片(しへん)になった。これは、


「写真……?」


「ふふ。()ってるね。」


玲は笑うと、一枚を手に取って眼鏡を外す。

アイスブルーの瞳が照明に(きら)めいて、冷たい色を()びた。

その視線の先。写真にはピントがぼやけた何かが写っている。

(かろ)うじて人のように見えるが、年代も性別も不明だ。なんとなく、左腕が欠けているような。

そこまで考えた瞬間、玲が小さく声を落とした。


「……(さかき)さん……。」


「え?」


「ううん。なんでもないよ。……清治、今日はもう帰っていいよ。引き止めてごめんね。」


「え、……あ、うん……。」


くす、と笑いながらも有無を言わせないような雰囲気に、清治はこくりと頷く。

玲は戻ってきた時と変わらない。ただ普段の笑顔よりも底が見えなかった。


 帰り際、もう一度視線を向けた写真はどれもピントがぼやけて何が撮りたいのか分からないものばかりだった。それに、玲のあの呟き。


ーー榊さん……。


「それって……。」


既に亡くなった、玲と東條の師の名前ではなかっただろうか。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード8-1完了です。

番外編を除いて、初めての残夏の週末外出編ですね(*´∇`*)

果たして残夏の希望通り、楽しい外出になるのか。

次週を楽しみにしていただければ嬉しいです。


次回更新は1/17土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします!)


水曜日は短編を投稿予定です〜❣️


よろしければ感想、評価、リアクションなど頂けると更に励みになります。

よろしくお願いします!


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