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幕間②

 強くなりたい、そう思う。

誰かを守れるくらい、自分に自信を持てるくらい、恩を返せるくらい。


 彰良(あきら)から話を聞いた後、残夏(ざんか)はひたすら鍛錬に明け暮れた。担任の武田(たけだ)に驚かれたくらいだ。

勉強も、それから実技も。全部出来るようになって、あの人を手助けできたら。


 そんな思いで突っ走った結果。

残夏はものの一週間で熱を出して倒れた。普段使わない頭と筋肉に、身体が悲鳴をあげたらしい。

そうしてまた、医務室の白い部屋へと戻ってきてしまった。


「うう……情けない……。」


あの程度で倒れるなんて。(れい)はもっと完璧なのに。

しかし(うめ)いたところでどうにかなる訳もなく、いっそ早く治そうと無理やり目を(つむ)っていると、すぐ近くで涼しげな声が響いた。


「残夏。寝ちゃった?」


「え、た、隊長……!?」


その声に残夏は慌てて飛び起き、熱のせいでまたベッドへと撃沈(げきちん)する。

この間の入院からちっとも成長していない姿に、玲は相変わらず楽しげにくすくすと笑い声を漏らした。


「大丈夫?熱はどう?」


「平気です……。」


実際、点滴と注射で熱はとっくに下がっているのだが、玲はそう?と首を傾げると子供にするように手を額に当ててくる。

それがなんだか気恥ずかしくて頬に熱が集まった。

そうすればまた、目敏(めざと)く気がついた玲がまだ熱があるねと笑う。

この人といると幼子(おさなご)に戻ってしまいそうだ。


 そうして(しばら)(たわむ)れのように笑い声を聞いていると、ふと玲が声を掛けてきた。


「残夏。もし、キツくないなら少し俺と話をしよう。」


「え?」


「しんどいなら別にいいけど……。」


「あ、いえ!大丈夫です!」


玲から話なんて、そんなの聞かないわけがない。

残夏は緊張しつつも居住(いずま)いを正すと耳をそばだてた。

なんの話だろう。もしかしたら過去のことを教えてくれるのだろうか。

しかし玲からの問いかけは、残夏の想像とは掛け離れていた。


「最近、どうしたの?頑張ってるみたいだけど……。」


「あ……。」


そうか。

確かに急に頑張り出したら、それは驚くかもしれない。本当はもっと違う話をして欲しかったのだけれど、玲が気にかけてくるのも理解できる。

少しばかりガッカリしながらも残夏は玲の方に目を向けた。


「あの……強くなりたくて。」


「強く?」


「はい。」


誰かを守れるくらい、自分に自信が持てるくらい、恩を返せるくらいに。そして何より。

目の前の人を絶望に染めない為にも。

残夏の中の闇が狙われているのなら、残夏はそれに負けないくらい強くなって、この人を支えたい。


 しかしそんな思いはこの人にはまだ届いていないのだ。

玲は少しだけ首を傾げるとそっと口を開いた。


「何の為に?」


「え?」


「何の為に、強くなりたいの?」


「それは……。」


正直に言っていいのだろうか。

貴方の為に強くなりたいのだと言ったら、変な奴だと思われるだろうか。

だけど、玲の雰囲気は穏やかで優しい。

だから残夏は少しの逡巡(しゅんじゅん)の後、思い切ってこれまでの事を話した。

(らく)に聞いたこと、彰良(あきら)に聞いたこと、玲を支えられる人間になりたいこと。

全部話し終えた残夏が玲を見上げると、その表情は柔らかい笑みを浮かべていた。

残夏の心を浮上させる笑顔だった。


なのに。


「それは良くないなぁ……。」


「え?」


聞こえた言葉に、咄嗟(とっさ)に頭が追いつかない。

今なんと言ったのだろう。

見上げた先の玲の笑顔は優しく、それなのにどこか空恐(そらおそ)ろしい。


「強さの理由を他人に求めるのは良くない。……それじゃすぐ潰れる。」


「た、隊長……。」


「ダメだよ、残夏。他人の理由を自分の理由にしちゃ。」


なんだろう。どうして、こんなに怖いんだろう。

玲の口調は優しくて、声も穏やかで。

表情だって笑顔だし、ヒミズみたいに変な事も言っていない。

それなのに、どうして。

身体が震える。

胸の中の何かが反応するみたいに(うごめ)いた。ああ、残夏の中の化物ですら、いまこの人が怖いのだ。


「楽と彰良だね?ふふ、後でお仕置きかな。」


「あ、あの……。」


「どんな人生を送ろうと人間として生きるなら許してやる。でもそうやって他人を、増してや俺の為に生きるのは許さない。お前に俺の人生を背負ってもらう必要はないよ。だから。」


「あ……。」


何。

なんだ、これ。

目の前が回ってグルグルする。

玲の声が間延びしたように聞きづらい。


何か、これは、甘いーー、


「お休み、残夏。大丈夫。起きたら元通りだ。」


ーー花の、香りだ……。


残夏の意識はそのまま深く沈んでいった。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 まるで優しさの仮面を被った恫喝(どうかつ)に、松陰(まつかげ)は影から身を出した。

この世には兎角(とかく)影が多い。

そして影は松陰の領域。

そこら中から聞こえる様々な情報を集めるついでに、組織での会話を盗み聞きしていれば面白いものに当たったものだ。

深く眠り込んだ部下の前で、こちらに視線を向けて笑う男に松陰は目を細めた。


「可哀想に。主のことを考えてくれたのじゃろう?」


「ふふ、盗み聞きですか?相変わらず趣味が悪い。」


言葉に反し、その声は穏やかで優しい。

まるで子守唄のように落ちる声に松陰は目の前のパイプ椅子に腰を下ろした。

玲もそれを(とが)めない。


「良い子じゃな。」


「ええ。……だから、普通に生きて欲しいんです。」


「難しいのう。」


「それでも。」


そのひと言で、どれだけの愛情を注いでいるかよく分かる。

この男はいつもそうだ。自分の内には入らせないのに、注げるだけ愛は注いで。

そういう風にしか生きられない人間だ。


「良かったのか?」


「もちろん。もう少し青春を楽しんで、笑いあって、普通に泣いて。それで十分です。それにこんな子供に心配されるのも嫌でしょう?」


「変わらんな。」


きっと残夏は目覚めたらヒミズと玲の過去に対する好奇心や衝動を忘れているだろう。

幻術を応用したそれは、種となって芽吹くことなく残夏の心の奥深くに仕舞い込まれる。

相変わらずやる事が突拍子もなくて、無駄に器用だ。


 玲は一度残夏の頭を撫でると、松陰に向き直った。そこにはもう、慈愛(じあい)ではなく隊長としての冷酷さが(にじ)んでいる。


「頼んでいた件はどうですか?」


「おお、そうじゃった。お主の予想通りよ。面倒な事になりそうじゃ。」


「ふふ、それはそれは。北郷(ほんごう)さん経由で頼って良かった。……あ、その話、東條(とうじょう)さんにもしてます?」


「報告はせんといかんからのう。」


「成程……。最近あの人、俺に隠し事が多くて。独自ルートを開拓しないといけないのが疲れるんですよね。」


「心配しておるのよ。」


肩を(すく)めて楽しげに笑う顔に、松陰も(まなじり)を下げた。

皆心配するが、松陰は玲をその程度とは思っていない。この男は強く、鮮やかで、諦めも悪いのだ。

それでも心配してしまうのは人柄と、昔から見知っているせいだろう。

喜一郎(きいちろう)なんかが苦手だと言いながら世話を焼くのもそのせいだ。


「それで?どうする?」


「まあ、その内。どうせ表に出てくれば分かることです。そちらは南宮(なんぐう)さんの領域ですし任せましょう。今はまだ、平穏を満喫すればいい。……それよりこの間の能力向上現象について気になることがあって。」


「ほう。」


なんと人生の面白いことか。

この歳にもなって、まだわくわくさせてくれる人間と出会えるのだから。

でもそれはお楽しみ。まだもう少し先の話だ。


 松陰は立ち上がると、玲の近くに歩み寄る。

この子が子供でいられたのはたった三年。この子の師が守っていた(わず)かな間だけ。

あの頃の玲は反応も薄く無表情だったが、それでも子供だった。

(わらし)」という呼び方が似合うくらい。

しかしこの子はもう、子供ではない。


「よし、茶にしよう!」


「ええ?またですか?俺、もうお腹チャポチャポ……。」


「まだ今日は飲んでなかろう。お主に飲ませたい銘柄はまだまだ山程あるでな!」


「えー……。」


そう文句を言いながらも大人しく着いてくる玲に、松陰は機嫌良く笑い声をあげた。


ーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーーー


 窓の外を木枯らしが吹く。それを眺めながら、残夏はふわりと欠伸(あくび)をこぼした。

また今日も平和な一日が過ぎていく。


 風邪で入院し、退院したのはつい先日だ。

どうも残夏の風邪は酷いものだったらしい。

その前の一週間の記憶が無いが、(なぎ)に聞けば狂ったように勉強して鍛錬していたとか。

なんて恐ろしい風邪なんだろう。人格まで変えてくるなんて。

それに。


ーーこのニヶ月くらいも曖昧(あいまい)だなぁ……。


ヒミズに怪我をさせられてから、ずっと穏やかで平和な日々だったのは覚えている。

だけど他に何かあったような気がするのによく分からない。

そしてよく分からないという事は、きっと忘れても大丈夫な事だ。


「あ、そうそう。凪、残夏。ちょっとおいで。」


またしても欠伸が漏れそうだったところに、玲の声が響いた。

慌てて背筋を伸ばして隊長机に駆け付ければ、にこにこした玲が何かを差し出してくる。


「人形……?」


「わあ、可愛い!」


歓声をあげる凪の隣で、残夏は手のひらにすっぽり収まるマスコット人形を持ち上げた。

真っ黒な頭巾と衣装。フェルトで出来た鋭利な大鎌。そしてデフォルメされた骸骨。

死神のマスコットだ。

象徴するものとは裏腹のファンシーな見た目に、可愛いという評価は確かに頷けるかもしれない。


「くれるの?玲ちゃん。」


「うん。それ、俺のお手製の『切り裂きくん』。それ持ってたら自由に外出して良いから。」


「え?」


ネーミングセンスはさておき、自由に外出とは。

凪と残夏は保護観察の身。

しかもなぜか残夏はヒミズに狙われている。

それなのにどうして。

その疑問に玲は笑って答えた。


「それ、お前たちの首輪みたいなものだから。外出中は肌身離さず持っててね。じゃないと具現化して首を刈り取りに来るからね。」


「わあ!」


「ひえ……。」


凪の感嘆と、残夏の悲鳴が重なる。

凪がどうして嬉しそうなのか分からない。

かっこいいねって、それは確かにそうだけど怖すぎるだろう。

『切り裂きくん』。


「寮に置いて行ってもダメだから。万が一落とした時は……まあ、頑張って帰っておいで。」


なんだそれ。そんなのもうダメじゃないか。

急にこのデフォルメも怖くなってきた。

なんでウインクしてるんだろう。

残夏の首を狙っているというサインか何かだろうか。


「もしなんかヤバいのに遭遇(そうぐう)したら、『助けて切り裂きくん』て言えば助けてくれるから。」


「いい子なんだね〜!」


もう言葉も無い。

でも、本当にどうして。自由に外出なんて一番遠い話だと思っていたのに。

そんな疑念(ぎねん)だらけの残夏と楽しそうな凪の頭を撫でて玲はくすりと笑った。


「お前たちが良い子にしてたからね。特に問題も起こしてないし、上に掛け合いやすかったよ。まあ、それで放課後遊びに行っておいで。」


「遊び……。」


残夏は熱くなる頬に凪と顔を合わせて頷きあう。

なんだそれ。

嬉しくてちょっと泣いちゃいそう。

ずっと誰かと放課後遊びに行くなんて、やってみたかったんだ。


「雄星くんと(つかさ)くんも誘おう!」


「クレープ屋とかあるかな?食べてみたい!」


どんどん膨らんでいく話に、残夏は凪と執務室から飛び出した。

この時間なら雄星も司も寮の部屋に居るだろう。

早速、作戦会議の時間だ。


 日が落ちやすくなった季節。

だけどまだまだ残夏たちの期待は輝いている。


そんな残夏の手の中で、『切り裂きくん』がぱっちりウインクした。


ここまで読んでいただきありがとうございました。

エピソード7完了です。

残夏の消された記憶と、何かを調べている玲。今後このすれ違いがどうなるのか楽しみにしていただければ嬉しいです。

次回は残夏、初めての外出編になります!

が、今年はエピソード7までで、来年1/10から本編は再開させてください。

その代わり来週は少し長めの番外編を投稿します❣️


今年はありがとうございました。

また来年も引き続き読んでいただけると嬉しいです╰(*´︶`*)╯♡

皆様、風邪など引かれませぬよう〜!それではまた来年お会いしましょう!


次回更新の番外編は12/27土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします!)


水曜日は短編を投稿予定ですので、見に来ていただけると嬉しいです!


よければ感想、評価、リアクションなど頂けると励みになります。

これからもよろしくお願いします!

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