狭間の逢瀬①
銀杏の黄色が目に眩しい秋。
ひらひらと舞う葉が窓の外に流れる14番隊の執務室では、客人を囲んで密やかな内緒話が響いていた。
「いや、付き合ってない。あれで全然付き合ってないんだよ。あいつら。」
久しぶりに14番隊に遊びに来た楽。情報通の彼は残夏の疑問に楽しげに答える。
疑問とはもちろん、玲と彰良が身につけている互いの瞳の色を写し取ったアクセサリーだ。
ちなみに玲は今日も出張で席を外している。
「でも、お互いの瞳の色ですよ?」
「それな。ボクも昔思った。てか知ってる?あれお互いの霊力石だよ?もうヤバくない?」
「霊力石?」
初めて聞いた言葉に残夏がきょとんとすれば、嫌そうに顔を顰めながら聞いていた圭が口を開いた。
「霊力を結晶として物質化させたやつだよ。残夏も多分今なら出来るんじゃない?」
「え?」
「ちょっとやってみなよ。手に力を込めて、結晶化。」
圭に言われるがままに手に力を込める。
そのまま霊力を流し込みながら、炎にならないように結晶化させるとそこにはひとつの石があった。
青空色の石は、残夏の瞳もとい霊力の色だ。
「わあ、綺麗!」
小さいけれど、透き通った空色に凪が残夏の肩に手を置いて背後から覗き込んできた。その反応になんだか嬉しくなる。
残夏は照れながらも凪に自分の石を差し出した。
「そう?凪、いる?」
「え?ほんとーー、」
「やめとけやめとけ。それが問題って今話してんだろーが。」
しかし凪がそれを受け取る前に、不貞腐れたように口を曲げていた梓が静止の声を上げる。
首を傾げていれば苦笑気味の清治が事情を説明してくれた。
「霊力石の交換って、普通は恋人同士がするものなんだよ。残夏と凪も、もう少し学年が上がったら分かるかもね。だからまあ……友人同士でも交換し合ったりしないんだけどね。」
「『保険』なんだってさ。彰良が言うには、玲が無茶してすぐ居なくなるから、転送術使うための保険で霊力石渡してるって言ってたよ。それで玲は、お返しであげたって。そういう奴らなんだよ〜!」
なんだろう、その苦し紛れの言い訳みたいな理由は。清治の言葉を引き継いだ楽の微妙な顔が、なんだか残夏にも移ったみたいだ。
絶対今、残夏はとてつもなく微妙な顔をしていると思う。
中でも圭と梓は不満を隠すことなく苛々と顔を歪めていた。
「んだよそれ……。そういうとこがさぁ。」
「分かる。もっと素直な感じならいいけど、回りくどいし牽制みたいだし腹立つよね。」
玲親衛隊と言っても間違いではないほど玲に懐いている二人にとって、彰良はどこまでいっても敵らしい。
もっとも、誰よりも玲に懐いている凪は気にしていないからこれは性格の問題かもしれないが。
そんな梓と圭に苦笑して清治が二人の頭を宥めるように撫でる。
照れくさそうにしている先輩たちは、清治から見ればまだまだ子供なのかもしれない。
「まあ、そう言わないで。玲にとっても彰良は大事なんだから。……でもそれと同じくらい、君たちのことも玲は大事に思ってるよ。」
「それは……。」
「……まあ。」
渋々という風に梓と圭が頷く。
それを横目で見ながら楽は肩を竦めた。
「とは言ってもあいつ、大事なものが多過ぎるからさ。ちゃんと見ててあげてね。」
楽の言葉に残夏は凪と顔を見合わせて首を傾げる。
大事なものが多いのと、ちゃんと見ているのは何が関係するんだろう。
それを残夏が理解したのは数週間経ってからだった。
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その日は珍しく朝から玲がいた。週末の、高専は休みの日。
いつもの様に執務室で宿題を片付けて、梓や圭の休憩の合間に任務の話を聞きながら感想を言い合って。
夕方から彰良の指導を受けに2番隊に行くはずだった。
しかし。
「玲!!」
清治の聞いたこともないほど鋭い声と、軽い何かが地面に落ちた音。
驚いた残夏が顔を向ければ、視線の先には床に倒れ伏してピクリとも動かない玲がいた。
そこからの記憶は酷く曖昧だ。
心臓の中を血が逆流する様な感覚を残夏は生まれて初めて味わった。母親が亡くなった時ですらここ迄の動揺は無かったはずだ。
玲は直ぐに医務室に運ばれ、付き添いは清治一人だけだった。
残夏たちは執務室で待機となり、不安に潰されそうな心を凪と身体を寄り添わせる事でなんとか乗り切った。
それから何時間経っただろう。
ようやく清治から連絡があり、面会を許され、柳瀬に付き添われながら残夏たちは医務室へとやって来たのだがーー。
「貴方、何回目だと思ってるんですか?私が言ったこと、ちゃんと覚えてます?」
「覚えてる……ごめん、椿。でも、やりたい事があって……。」
「それで何食抜きました?睡眠は?自分の身体のこと分かってるんですか?」
「うう、だって……。」
いつもは叱る側の玲が、一方的に怒られている。
しかも女性に。
言い訳すら取り繕えないのか子供じみた言葉を並べる玲と、それにピシャリと返す白衣の女性。
その人は綺麗な蘇芳色の瞳を持つ、美人と呼ぶに相応しい人だった。長く伸ばした黒髪をサイドの低い位置で結んで前に流している。
玲の言い訳を許さず淡々と正論を返す様子は一見すれば厳しそうだが、その言葉の端々に玲への心配が滲んでいた。
「玲さん。」
柳瀬の呼び掛けに、玲と椿の言い合いがピタリと収まる。
玲はこちらに視線を向けると、嬉しそうな、それでいて困った笑みを浮かべた。
「柳瀬さん。凪と残夏も来てくれたんだ。……ごめんね、驚かせて。」
眉を下げて玲が笑う。
しかしその腕には点滴が繋がれ、起き上がれないのかベッドに寝そべったままだ。
残夏は凪と共に玲へと駆け寄った。
「玲ちゃん、大丈夫?」
「うん、平気だよ。……残夏。情けないとこ見せちゃったね。」
玲が残夏の頭を撫でてくれる。
しかしその腕は細くて頼りなかった。いつもはあんなに頼りがいがあるのに。
何を言えばいいか分からなくて、残夏は口を閉ざした。それに玲の眉がますます下がる。
眼鏡のない瞳は相変わらず綺麗で、青白い肌を際立たせていた。
「隊長!」
音を立てて入ってきたのは梓と圭だ。
遅れて清治も姿を見せる。清治は二人を呼びに行っていたらしい。
梓と圭にも玲は嬉しそうに笑って、勢揃いだね、なんて軽口を叩いた。
しかしそれを許さない人間もいるのだ。
「皆さん、貴方を心配して来てるんですよ。理解してますか?」
「つ、椿……。」
「今回は3日は入院してもらいますからね。」
「え?いや、点滴終わったら大丈夫ーー、」
「3日です。」
有無を言わさない椿の声音に玲は口を閉じた。
負けたのだ。
この人が口で負けるところを初めて見た。
椿はそのまま振り返ると、残夏たちにも容赦のない言葉を放つ。
「さあ、面会は終わりです。3日間は完全休養ですから仕事の話は持ち込まないでください。面会は1日10分です。いいですね?」
「10分はちょっと短くない?」
「ダメです。貴方、話し込むと聞き役に回って長くなりますから。」
言うが早いか、残夏たちは半ば追い出されるように医務室を後にした。
背後で玲が残念そうな声を上げるのが耳に残った。
その帰りの道中。
ここまでがあっという間で現実感の湧かない残夏に、清治はぽつりぽつりと詳細を語ってくれた。
「彼女は東條椿さん。医療部隊である5番隊の隊員で、彼女も僕たちの同期だよ。そして名前で分かるかもしれないけれど東條司令官の実の妹なんだ。」
「え?司令官に妹さんがいるんですか?」
「うん。椿さんとの二人兄妹でね。で、東條さんと玲は……同じ師を持つ兄弟弟子なんだ。しかも東條さんは玲の後見人でもあってね。だから玲と椿さんも小さい頃から知り合いなんだよ。彼女は珍しい治癒の霊力を持っててね。玲の担当医なんだ。」
なんだその複雑な関係は。
あの人、掘れば掘るほど情報が錯綜するのは何故なんだろう。
しかしよく分かった。
玲があんなに椿に弱いのは、そういう背景があるからなのだ。まるで頑是ない兄を叱るしっかり者の妹のような雰囲気だったから。
5番隊が医療部隊というのも初耳だ。
確か司が5番隊に仮配属だったから、司も治癒の霊力を持っているのだろうか。
そういえば雄星と司の属性もまだ聞いていなかったかもしれない。
残夏は清治の話を聞きながら情報を整理していく。
これまでも色々な情報を得て来たのに、まだまだ知らないことが山積みだ。
特に、残夏の隊長については。
「……玲は、あんまり身体が強くなくてね。本当はゆっくり安静にしてなきゃいけないんだけど……。今回は業務時間外に14番隊の記録を整理してたみたいで。残夏も慣れた頃だし、見やすい方がいいよねって。僕も見逃しちゃってたのが悪かったかな……まさか食事も睡眠も忘れて没頭してるなんて思わなかった……。」
清治が深く溜息を吐き出す。
まさかそんな理由とは思わなかった残夏も愕然としてしまった。
普段から過労気味なのに、そんな隊員でもできるような事を業務時間外にやるなんて。
しかも全然気が付かなかった。
以前、彰良が言っていた言葉と、少し前の楽の言葉を思い出す。
『何も気付かせてくれない。』
『大事なものが多過ぎるから、ちゃんと見てないと。』
確かにその通りだ。
あの人は隠すのが上手くて、自分の大切なもののためなら何でもしてしまう。
それなのに何故か自分の不調には疎い。そういう人だって、残夏はもう理解できる。
「まあ、また明日一緒にお見舞いに行こう。きっと残夏たちの顔を見たら直ぐに良くなるよ。」
清治の言葉は優しくて、だからこそ余計に玲の身体が気に掛かって残夏は俯くしか出来なかった。
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空が少しずつ低くなってくる季節。
相変わらずの気候の良さにも関わらず、残夏の心は憂鬱で染まっていた。
そんな状態だから訓練に身が入るはずもない。
彰良は残夏の様子を見るに今日はもうやめだと、早々に切り上げた。
「すみません……。」
「気にするな。誰だって身が入らない時くらいある。」
彰良は肩を竦めると、徐に残夏の座っていた隣に腰掛ける。
いつもなら終わりと共に帰ってしまうのに、今日は残ってくれるらしい。
多分、残夏の話を聞こうとしてくれているのだろう。その不器用な優しさが残夏にも分かるようになっていた。
「……隊長、お見舞いに行ったんですけど眠ってて話せなくて。もう2日間も。10分しか面会できないし、見るたびに顔色悪いのに気がついてしまって……。」
「そうか。」
彰良の大きな手が残夏の頭に乗せられる。
慰めようとしてくれているのだろう。その手は暖かかった。
彰良は言葉を探すように少しだけ考えると、小さく息を吐き出した。
「……あいつは、寝るのが回復手段みたいなもんなんだ。だから、基本的に入院中はよく寝てる。寝る分回復するって思っておけばいい。」
「そんなにですか?」
「ああ。……あいつ、あんまり食べることに興味ないんだよ。だから寝るんだ。」
確かに玲が何かを食べているのを残夏はあまり見たことがない。基本的には飲料ばかりだ。
皆んなで焼肉に連れて行ってもらった時も、遊園地も、普段の執務室ですら玲は何かを摘むという事がなかった。
でもそれは身体にはどうなのだろう。
清治は玲の身体があまり強くないと言っていた。
そういう人はちゃんと栄養を摂らないとダメなんじゃないだろうか。
「……まあ、色々事情があるんだ。人間誰だって苦手な事くらいあるからな。お前は気にせず起きてたら顔を見せてやれば勝手に喜ぶさ。」
「でも……書類整理だってオレたちの為に……。」
「それこそ気にする所じゃない。あいつはな、仕事が趣味みたいなとこがあるんだよ。休むって概念自体が破綻してんだ。休みたい欲求はあるけど、いざ休みとなって何もすることが無くなるとふらふら仕事に飛びつく。ワーカホリックなんだよ。」
彰良の説明に益々困惑してきた。
身体が弱くて、食事は苦手で、趣味が仕事って。
人として大事なものが抜け落ちている気がする。
「いや一応趣味はあるんだけどな……読書と料理と……後はチェスとか?」
「料理?」
「自分は食わないのに他人に食べさせんのは好きなんだよ。」
彰良が深く溜息を吐き出す。
どうしよう。心配よりも呆れが強くなってきた。
そのまま彰良は空を見上げると独り言のように呟く。
「あいつ、器用で何でもできるから破綻してないように見えるけど、常人だったらとっくに破綻してるタイプの馬鹿なんだ。しかもどっかズレてるし。仕事だけ完璧な私生活ポンコツ野郎だからな。」
「なるほど……。」
「だからまあ、気にするな。性分だと思って気長に見ていけ。お前が気負う必要はない。」
そう締め括られた彰良の言葉に、残夏はどうにも微妙な気持ちになりながら頷いた。
何というか、多分彰良の評価が一番正しいのだろう。完璧な隊長。
でもあの人はそれ以上に予想の斜め上をいく天然だ。
彰良と連れ立って帰る中、夕陽が遠く赤を届かせる。残夏はまた明日、玲のお見舞いに行くだろう。
どれだけポンコツでも、あの人は残夏の恩人で尊敬すべき隊長なのだから。
ただ、溜息は抑えられないかもしれないけれど。
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「おい、小鳥遊!お前、自分の隊長に僕の話をしただろう!!」
彰良との訓練から2日後。残夏は教室で、司に詰め寄られていた。
とはいえ、司はいつもこんな調子なので慣れてしまった残夏にはなんの圧力にもなりはしないのだが。
残夏は首を傾げながら眉を吊り上げている司を見上げた。
「そういえば司、5番隊なんだっけ?治癒の霊力があるの?珍しいんだよね?」
「ま、まあな……!」
「へえ、すごいんだね。」
怒りはどこに行ったのか、すっかり得意げな司に残夏は思考を巡らせる。
誰かを治すってどんな気持ちなんだろう。
司もいつか、椿のように医者として残夏たちを診ることもあるんだろうか。
「5番隊って皆んな治癒の霊力持ちなの?」
「そんな訳ないだろう。本当に珍しい力なんだ!だから治癒の属性を持つ人間は基本的に5番隊所属になる。輝かしい僕に相応しい力だな!」
「じゃあ司と椿さんだけ?」
「……。まあ、そうなるな。」
少し威勢が削がれた司に首を傾げる。何か気に触る事を言ってしまっただろうか。
焦燥感に苛まれていると、顔に出ていたのか司が溜息を吐き出した。途端に雰囲気が少し和らぐ。
司は傲慢な物言いをするけれど、こういう風に空気を読むのは上手いし優しい。
「大した事じゃないから気にするな。それよりお前のところの隊長だ。」
「隊長と話したの?」
「話したも何も、四六時中話しかけられたんだ!!」
「そうなんだ……。」
残夏は結局、退院するまで話せなかったのに。
玲は昨日も眠ったままで面会時間には起きなかったから。
落胆が声に滲んでいたのだろう。
司はふむ、と言いながら残夏の前の席に腰掛けるとこちらを見つめてきた。
「なんだ。どうかしたのか?」
「……隊長、どうだった?入院中、元気そうだった?」
「そんなのお前の方が……、」
そこまで言いかけてから、司が溜息を吐き出す。
今度は呆れたような、それでいて仕方ないと甘やかすような顔をしながら頬杖をついた。
「……殆どは寝てた。あと食事も摂ってくれなくてな。椿さんが困ってたよ。それ以外は本を読んだり、たまに隊員や僕に話しかけてきたが……あの人、上手いな。最終的にこちらが自分の話をするように仕向けてくるんだよ。それでつい長話になって……。なんというか、掴めない人だな。」
「……そうだよね。」
残夏は溜息を吐き出すと机に突っ伏す。
やっぱり元気になってないじゃないか。
退院した直後なのに今日も激務に追われているのだからどうしようもない。
残夏が心配しても仕方ないのかもしれないけれど。
「気にしすぎるのも良くないぞ。」
「分かってる。分かってるんだけど……。」
「心配しなくても、一応回復していた。……だから元気出せ。」
「うん……。」
司の珍しい励ましにも残夏の心は浮上しない。
ふと、窓の外を見ると青空が曇天に飲み込まれるように遠くが暗く濁っていた。
もう直ぐ雨が降るらしい。
そんな会話をした数日後。
残夏の心を覆う曇天が晴れないまま、事態は最悪の方向へと転がってしまった。
「……ぁ、」
細い声が耳に届く。
それよりも先に、目の前で玲が地面に座り込んだ。
いや、座り込んだというのは語弊があるだろう。
執務室の壁に寄りかかってずるずると床に吸い込まれたという方が正しい。
慌てて駆け寄ったその顔色は青白いを通り越して紙のように真っ白だった。
「隊長!」
「……だいじょうぶ……。」
そんな訳ないだろう。
言葉を話すのもやっとという様子で、肩で息をする玲に残夏の心臓が痛いくらいに音を立てる。
やっぱりまだ治ってなかったんだ。
こんな状態で仕事なんて。
それより医務室に運ぶにはどうしたら。
今日はこの執務室に残夏と玲しかいないのに。
纏まらない思考がぐるぐると回って、何をすればいいのか分からない。
どうしよう、どうしようと周りを見回していれば丁度帰ってきたのか柳瀬がこちらへと駆けてきた。
いつもの上品な様子が鳴りを顰め、険しい顔をして玲の隣に膝をつく。
「玲さん。」
「……だいじょうぶ、なので……。」
「いいえ。大丈夫には見えません。」
そう言うと、柳瀬は玲を抱え上げた。そのまま休憩室へと運ぶ。
いくら小柄とはいえ初老の柳瀬が苦も無く抱え上げられる程軽いのだ。
柳瀬は玲をソファに横たえると眼鏡を外して、目蓋に触れたり脈を取ったりと手早く確認していく。
玲はそれに抵抗することなく、ぐったりと目を瞑っていた。
「貧血ですね。」
「……。……すぐ、なおる……。」
「いいえ、玲さん。脈も早く、飛んでいます。少しお休みになってください。」
「でも……。」
「大丈夫。ほんの少しですよ。」
その言葉に安心したのか、玲の意識は直ぐに沈んでいった。代わりに少し息苦しそうな寝息が聞こえる。
柳瀬はその痩躯にブランケットを掛けると、ただ見ているだけしか出来なかった残夏を振り返ってそっと背中を撫でてくれた。
それから数時間後、他のメンバーも帰ってきた14番隊で玲は目を覚ました。
「……えっと……これはですね。」
「言い訳は要らないよ。なんでこんな風になってるのか聞いてるんだから。」
そんな容赦のない清治の言葉に玲の目が泳ぐ。
ちなみにまだ起き上がれないようでソファに寝そべったままだ。
「……。……実は、最近の……この前清治たちと調査した件の続きをしてて……。」
「ハグレモノの能力向上現象?あれは一旦打ち切りじゃなかった?」
「そうなんだけど……ちょっと気になって……。」
「気になって、何したの?」
「……気になる場所に霊力でマーキングして、遠隔で情報収集を……。」
「情報収集?それなら僕たちにも声を掛けてくれたら人数も揃うでしょ?」
「いや、結構多くて……えっと、……50箇所くらい……。」
「ごじゅっ、……!!?」
清治が絶句して言葉を飲み込む。
残夏は話についていけないが、霊力でそういう事も玲は出来るらしい。
それがどれだけすごい事なのかは分からないが、清治が絶句する位には大変なことなのだろう。
残夏はそっと隣の梓の袖を引くと小さく尋ねてみた。
「……そんな事も出来るんですか?」
「そんな事できねーよ……普通。」
なるほど。
梓の呆然としたその答えでどれだけ規格外な事なのか理解した。
「それ、いつからしてたの?最近?」
「……ひと月ほど前から……。」
「はあ!?ひと月!?それもしかして入院してた時もずっと!?」
「……。……そうです……。」
絶句。
その場の全員が絶句である。
普通は出来ないような霊力制御を1ヶ月間続け、しかも霊力を通して伝わる膨大な情報も処理し、普段の業務もこなしていたと。この人。
ーー化物では……?
身体が弱いとか強いとかそういう次元を超えている気がする。
清治は言葉が出ないのか目頭を押さえて何かを堪えるように歯を食いしばると柳瀬を振り返った。
ちょっと普段の清治からは考えられないような顔をしている。
その勢いにも怯むことなく柳瀬は頷くと口を開いた。
「玲さん、暫く東條家での療養はいかがでしょうか?」
「え……。あの、気をつけるのでちょっとそれだけは……と、東條さんに言うのだけは……。」
「もう報告させていただきました。」
「ええ……!?」
柳瀬の言葉に驚いて玲が飛び起きるが、まだ目が回るのか直ぐにソファへと撃沈してしまう。
その間にも柳瀬はにっこりと有無を言わせない雰囲気で言葉を続けた。
「葵様から返事が届いております。」
柳瀬は懐から人形の紙を取り出す。
それに柳瀬の深緑色の霊力が流れ込むと、紙人形は司令官である東條の声で話し出した。
『亜月、お前にはほとほと呆れた。二週間は東條家から出ることはできないと思え。取り敢えずお前が無闇矢鱈に霊力を使わないようにお前の部屋に結界を張ったから、そこで一週間は休むこと。残りの一週間は出勤せずにリモートで書類仕事だ。いいな。』
「え、ちょ、東條さん……それは流石に……、」
『文句は聞かん。それと私もお前に言いたいことが山ほどある。覚悟しておけ。』
「ひえ……。」
玲の顔が悲痛に歪むが、紙人形はそれだけを告げると空中で燃えて消えてしまう。
そのまま恐る恐る玲が柳瀬に視線を向けるのに、柳瀬が恭しく笑みを浮かべた。
「と、東條さん……怒ってました?」
「ええ。それはもう。」
「うう……。」
先程よりも更に顔色を悪くさせ、玲は助けを求めるように周りを見渡す。
しかし今ここで玲に手を差し伸べる隊員はいない。
特に清治は誰よりも顔を黒くさせている。
それなのに玲は半泣きの状態で清治に手を伸ばした。
「き、清治……助けて。」
「玲。ちゃんと休んできて。」
そのひと言で玲の強制休養は決定した。
玲は最後まで嫌だと抵抗していたが、そもそも起き上がれもしないのだから抵抗の意味はない。
容赦なく柳瀬に抱えられ玲は東條家へと連行されて行った。
「……ほんっと意味分かんない。彰良と楽にも連絡だよ……。」
そう呟いていた清治は見たこともないほど恐ろしく、残夏は暫く夢でうなされる事になったのだった。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード5-1完了です。
エピソード5は玲の過去や、残夏の運命に触れるエピソードになります。
三部構成の予定ですのでよろしくお願いします。
次回更新は11/14土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします!)
あとカクヨムにも本日から展開します。(21:00予定です)エピソード1は改稿版を二週間に渡って毎日投稿するのでもし良ければ覗いてみてください。
水曜日は短編を投稿しますので、よかったら見にきていただけると嬉しいです。
よければ感想、評価、リアクションなど頂けると励みになります。
これからもよろしくお願いします!




