夏の残りと秋の空③
その光景を見て、大声を上げなかった事は奇跡だと思いたい。
だってそれくらい信じられない光景だったから。
目の前で口元に人差し指を当てて、静かにと伝えてくるのは残夏の師である彰良だ。
カーテンの隙間から朝日が差し込む薄暗い室内で、彼の銀髪がチカリと光る。
静かな深い青色がこの空間に静けさを与えているようだった。だけど。
ーーここ、14番隊の休憩室だよね……?
何度確認しても、ここは14番隊。2番隊では決してない。
しかもそれより衝撃的なのは、彰良の膝を枕にして小さく丸くなっている人物。
もしかしなくても残夏の隊長ではないだろうか。
ーーな、何事……??
残夏は混乱する頭で、状況を整理した。
そもそも今日は14番隊全員が不在で、朝の集合は中止にされていたのだ。
しかし残夏は昨日、14番隊で片付けた宿題を忘れていたため1人で朝早くから執務室に取りに来ていた。
そんな早朝。
無事に宿題を見つけた残夏は、ふと誰かの気配を感じて休憩室の扉を開けた。
そこにこの光景が飛び込んできたのだから叫ばなかったのは本当に奇跡だろう。
「残夏。時間あるならそこのブランケット取ってくれないか?」
呆然としている残夏に、低く静かな声が届く。
ハッと我に帰れば、彰良が休憩室に常備してあるブランケットを指差していた。
残夏はそれに慌てて頷くと、白く柔らかいそれを手に彰良の方へと近づく。
よく見れば玲の身体には彰良のものであろうジャケットが掛けられていた。
その下で微動だにしない玲はどうやら眠っているらしい。
眼鏡のない顔は何処か頼りなく、長いまつ毛の影だけでは説明がつかないほど濃いクマが出来ていた。
「悪いな。」
「い、いえ……。」
彰良は残夏からブランケットを受け取ると、玲の身体に丁寧に掛ける。
そっと落ちる視線が優しげで、なんでだろう。心臓がドキドキする。
残夏が動けずにそれを眺めていると、徐ろに彰良が顔を上げた。
相変わらずの仏頂面なのに、どうしてだろうか。普段よりもずっと雰囲気が柔らかい。
「……忘れ物か?」
その視線が残夏の手に持たれた宿題に向けられる。それに残夏は何故か焦りながら首を縦に振った。
「は、はい。宿題を。……あの、隊長は……。」
「ああ。疲れてそうだったから仮眠を取らせてるんだ。さっき寝たばかりだからもう少し寝かせてやってくれ。」
「はい……。」
まるで当然のような返答に驚きながらも、残夏はそれ以上追求できずに頷く。
何故別部隊の彰良が玲に仮眠を取らせているのか。何故ここにいるのか。そもそも膝枕は必要なのか。
そんな疑問が頭を渦巻くが、これ以上はなんだか場違いのような気がして残夏は早々に休憩室を後にした。扉を閉める際に少しだけ振り返ると、変わらず彰良が玲の方へと視線を落としているのが目に入った。
扉が閉まる音と、遠ざかっていく軽い足音が響く。その音に、彰良の膝で静かに寝息を吐き出していた男の身体がピクリと動いた。
ごそごそとブランケットに顔を埋めながら、寝ぼけた声が静かな空間に落ちる。
「……?だれかきた……?」
「別に……。もう少し寝てろよ。」
「?あきら……?なんでここにいるの……?」
ブランケットから顔を出して、まだ眠気の濃いアイスブルーの瞳が彰良を捉えた。それに軽く息を吐き出す。
ああ、起きてしまった。
「お前昨日帰ってないだろ。清治から昨日の夜、連絡が来たんだよ。そんで見に来てみたら床で倒れてたから。」
「そうだっけ……?」
「もういい。まだ寝てろ。」
埒の明かない会話に少し苛立ちながら、彰良は無理やり玲の目の上に自分の手のひらを乗せた。
長いまつ毛が当たって擽ったいのが余計に腹が立つ。あっけらかんと『そうだっけ』なんて言っているが、倒れた姿を見つけたこちらの身にもなって欲しい。心臓がいくつあっても足りはしない。
しかしそう簡単にはいかないのがこの幼馴染だ。
玲は目が覚めたのか、それとも夢の淵を漂っているのか機嫌良さそうにくすくすと笑い声を漏らす。
結局いつも彰良は玲のペースに巻き込まれる。
「ねえ、残夏はどう?いい子でしょ?」
「……ああ。ちゃんと言われた事は忠実に守るし、キツくても弱音を吐かずについてくるし、しっかりしてるよ。」
「ふふ、良かった。彰良、心配してたでしょ?だから会わせた方が早いかなぁって。」
「別に心配してねーよ。」
玲が目を掛けたのだから、当然悪い奴じゃない事くらい理解している。理解はしているけれど、気に掛かっていたのも事実だ。
でも楽みたいに訪ねるのも憚られて、ずっとモヤモヤしていた。また面倒ごとを一手に引き受けたんじゃないかと思って。
だけどこんな事、恥ずかしくて言えないから、わざと素っ気なく。
それなのに玲は何もかも分かっているというように笑うと、小さく息を吐き出した。
「うん。きっと大丈夫。全部上手くいくよ。……だから……。」
「……玲?」
中途半端に紡いだ言葉は、静かな寝息に変わる。
それに彰良は溜息を吐くと、玲の瞼から手を外した。相変わらず濃いクマに、折れそうな身体。無茶ばかりする幼馴染はどれだけ言ったところで変わらない。
彰良に出来ることはただこうして、一時ばかりの止まり木を作ることだけだ。
ーーそれでも……。
ついこの間から面倒を見ることになった子供を思い出す。
あの子が屈託なく育つくらい、穏やかであればいい。例えそれが少しの間だけだとしても。
緩やかに流れる空気に、それだけを祈って彰良も目を閉じた。
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「幼馴染って膝枕したりする?」
「んなわけねーよ。俺と司がしてたら気持ち悪いだろぉ。」
嫌そうに顔を顰める雄星に、残夏も物々しく頷く。
やはりそうだ。
いくら残夏の人付き合いが雀の涙程度でも、流石にあの距離感はおかしいと分かる。
以前清治が言っていた、会えば分かるとはこういうことだったのだろうか。
ちなみにその清治から聞いた話だが、玲も彰良も血筋は五大名家とまったく関係ないらしい。
関係ない人間が二人、幼馴染で近くにいるのはやはり不自然ではないだろうか。
「そうかな?仲良しでいいなってぼくは思うけど……。」
「蓮池はもう少し世間一般常識を身につけたらどうだ!恋人でもないのに膝枕はアウトだろう。家族でも微妙だぞ!」
「あはは、司くんに言われたくないな。」
「なんだと!?」
すっかり四人でいる事にも慣れてきた日々の中で、やはり欠かせない話題が玲のことである。
この間の衝撃的な一件以来、二人を見かけるたびになんだか心がそわそわする。
それで残夏も色々、主に清治に色々聞いているのだが苦笑するばかりで教えてくれない。
だからもう、ここは雄星たちに頼るしかないのだ。
「とは言ってもなぁ。関係性なんて人によって変わるだろうし……。まあ、気にしなくていいんじゃねーの?」
「うう、でも気になる……。」
なんでかは分からないが、気になる。
なんだろう。多分、残夏は安心したいのだ。
常に完璧な玲の完璧じゃない部分を知って、こんな人なんだと自分の感覚で測りたい。
それが分かれば信じることも容易い気がするし、もし裏切られても安心できる保険が欲しい。
その保険として、彰良との関係に言及してしまうのは、あの人が彰良といる時が1番リラックスしている気がするからだ。
そんな風に盛り上がっていたのが悪かったのか良かったのか。
久方ぶりに教室内で騒いでいたことも要因だろう。
武田にこっ酷く叱られて以来声を掛けてこなかった白石と、その付き人たちに目をつけられたのは最早必然だったように思う。
「煩いな。落ちこぼれたちが騒ぐなよ。」
その言葉に、騒がしかった教室がシンと静まり返った。
そのまま白石はこちらに近づいてくるとバカにしたように鼻を鳴らす。
「いい気になってるみたいだが、小鳥遊。所詮そいつらは落ちこぼれだぞ?高専で最後まで残れもしない弱者だ。分かっているのか?」
「……なんだよそれ。高専で最後まで殘れないってどういう事だ。」
「お前は本当に何も知らないなぁ。まあ、化物には必要ない知識だろうけど、特別に教えてやるよ。高専では結果が全て。成績で一定以上の成果を残せないと次学年には進めないんだ。お前たちが実技でおままごとに興じている間に、お前たちの脱落は決まっていく。普通なら退学だが……小鳥遊と蓮池はどうかな?」
くすくすと嫌な笑いがさざめきのように広がった。
それに残夏は眉を寄せる。
そんな高専のシステムなんて知らなかったが、白石の言いたいことは分かる。
要は結果が残せなければ残夏も凪も処分対象という事だろう。それは事実だからどうでもいい。
ただ腹が立つのは、この間まで同じクラスメイトとして仲間だったはずの雄星や司を馬鹿にするところだ。なんでこいつはすぐに他人を見下して笑えるんだろう。
「別にお前に関係ないだろ。」
「関係ないね。ただ俺は、可哀想だと思って助言してやってるんだ。だって後がないのに落ちこぼれ二人組なんて引き連れて呑気に笑ってるんだからな。」
「落ちこぼれって……勝手なこと言うなよ。お前が二人の何を知ってるんだ。」
「知ってるさ。なんせ親戚だからな。よーく知ってるよ。落ちこぼれの宮杜と荘野。宮杜は図体ばかりの小心者で、荘野は口だけの馬鹿。有名だからな。」
とんでもなく不名誉な称号に、雄星は顔を青ざめさせ司は怒りで顔を赤くした。
そのまま掴みかかりそうになるのを雄星が必死に止める。
「な、なんだと!?この僕を馬鹿にするな!!!」
「ああ〜ダメだ司。白石に逆らうなよぉ……。」
ほらな、と言う風に二人を見下す白石に残夏は拳を握り締めた。
此処で喧嘩して、殴ってもいい。
だけどそれだと14番隊に、寝る間もなくクマを作っている玲に迷惑がかかる。
だから感情的になるな。こんな時、玲なら、彰良ならどうするだろう。常に冷静なあの二人なら。
残夏はハタと思いつくと白石に向き直った。真っ直ぐにその瞳を見つめる。
それに少しだけ白石が怯むのを見ながら、残夏は口を開いた。
「……実技訓練だ。」
「は?」
「実技訓練で見返してやるよ。二人も、オレと凪も落ちこぼれじゃない。絶対に脱落したりなんかしないって!」
途端に笑い声が上がるが気にせず睨みつけていれば、白石も本気と感じたのだろう。
嫌そうに顔を歪めながら、それでも笑みを浮かべる。侮蔑の笑みだ。
「……楽しみにしててやるよ。宮杜、荘野。お前たちが南宮さんの言いつけを無視していることは分かってるんだ。ここまで言って俺たちに負けるようならお前らの処分も南宮さんにお願いしないとな。」
「何を……!」
「ふん、もういい。話は済んだからな。」
白石はそう言うと自分の席へと戻っていった。
直後、午後の授業の鐘が鳴る。
その音に取り敢えず場は収まり、全員が自分の席に着く。
しかし残夏は、沸騰するような怒りに目の前が赤く染まる心地がした。
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「実技訓練の決闘……。」
残夏の話を一通り聞いて、彰良はぽつりと言葉を落とした。
それに残夏の肩が跳ねる。もしかしたら子供っぽいと呆れられただろうか。
残夏としても思い返すと、どうも頭に血が上りすぎていたようにも思うのだ。
ただ、負けたくない。
残夏は覚悟を決めると彰良の方に目を向けた。
白石に啖呵を切ってから数日。残夏たちはあまり上手くいっていない連携に焦っていた。
それもそのはずで、雄星と司の動きがどうも良くないのだ。特に司は南宮の名前に怯えているのか動きがぎこちない。
折角武田に褒められる程度には成長していたのに、これでは振出しだ。
それに自分の怒りに雄星達を巻き込んだことも残夏を落ち込ませる原因になっていた。
雄星は大丈夫と眉を下げていたけれど、残夏があんな啖呵を切ったせいで処分なんて恐ろしい脅しをかけられてしまったのだ。
だからこそ負けられないのに、焦れば焦るほど動きがぎこちなくなっていく。
白石たちと当たる実技訓練はもう明日に迫っていると言うのに。
それで残夏は藁にもすがる思いで彰良に相談したのだが。
ーーやっぱり何を考えているか分からない……。
たったひと言呟いたきり、何かを考えているのか何も言わない彰良に残夏の心が荒れていく。
相変わらずの仏頂面は見つめたところで数ミリすら変わらないのだ。
しかし、しばらくした後、そんな残夏に彰良は休憩を告げると座るように促した。
まるで叱られるかの様なシチュエーションに残夏の威勢も萎んでいく。
一体何を言われるのかと正座したところで、彰良は静かに口を開いた。
「……アドバイスしてやりたいが、俺はその宮杜と荘野の事は分からないからな。なんとも言えない。」
確かに。
正論すぎて何も反応できなかったが確かにその通り。残夏は目から鱗がこぼれ落ちる様な感覚に衝撃を受けていた。
というか彰良ってもしかしてかなり真面目な人なのだろうか。沈黙している間、アドバイスについて真剣に考えてくれていたのかもしれない。
そう思うと、途端に自分の幼稚さが分かってしまい、残夏の頬に恥ずかしさからくる熱が灯る。
しかし慌てて撤回しようと謝罪を口にするより前に、彰良は言葉を続けた。
「ただ、凪の事なら知ってる。あいつ、かなり動けるだろ。玲に仕込まれてたからな。」
「あ……。」
「凪の体格は小さくて軽い。そのおかげで、周りに合わせてトリッキーな動きが出来る。だからお前は気にしないでどっしりと構えて目の前の敵に集中していればいいんじゃないか。」
「そんな事で……。」
本当に良いんだろうか。
何か作戦とか、出来ることは他にもあるはずなのに、残夏はただ自分の目の前だけを見据えていても。
そんな不安を見透かす様に彰良の手が残夏の頭に乗せられる。
誰よりも大きくて、無骨な手だった。
それが初めて残夏を撫でてくれる。
「良いんだよ。お前にも凪にも基礎は叩き込んでる。南宮のとこの奴らもそうだろう。だったら後は信じるだけだ。お前たちは圧倒的に経験が少ない。それを補う時間もない。だけど普段の任務なんてそんなもんだ。敵は圧倒的で、その場で組む奴らもいる。情報も足りていないし、気は急くだけ。そんな時、最後は信じるんだ。仲間をな。」
「信じる……。」
「少なくとも俺はそうしてきた。」
彰良のぶっきらぼうで、飾らない、だけど真っ直ぐな言葉に残夏は頷いた。
彰良の言った通り、残夏たちには経験も知識も何もかもが足りない。
だけど、ここ数週間一緒に時間を過ごして、彼らのことを理解できた様な気がした。仲良くなれたような気が。
そんな友人たちを信じよう。
焦るんじゃなくて、残夏は残夏の目の前を見据えて。
「……ありがとうございます。」
小さく呟けば、視線の先で初めて彰良が微かに笑って見えた。
「決闘するんだって?青春だね、残夏。」
訓練を終えて執務室に戻った残夏を出迎えたのは、玲だった。
今日は他には誰もいない。凪もまだ戻っていないらしい。
どこから情報を仕入れたのか楽しげな玲に残夏は頷いてみせる。
この人は本当に不思議で、でもいつも楽しそうな人だ。
「オレが喧嘩売っちゃって……。皆んなを巻き込んじゃったんです。」
「いいんじゃない?そんなもんでしょ、仲間って。」
どこまでも軽い言葉に目を瞬かせる。
玲にとっては残夏のこの気持ちも青春の1ページなのだろうか。
だけど馬鹿にされているような感覚もない。ただ穏やかな安心感だけが残夏を包んでいく。
どうなっても、きっと大丈夫なんだって。
だから残夏は少しだけ玲に話を聞いてみたくなった。彼ならどうするのだろう。
「隊長だったら、どうしますか?……明日が本番で、でも皆んなと息が合ってなくて、もし負けたら誰かが自分のせいで傷ついちゃうかもって……そんな時、どうしますか?」
思えばここまで玲に何かを話したのは初めてだったかもしれない。
こんな問いかけ、意味があるのか分からないけれど。それでも残夏は何故か一歩踏み出せた気がした。
そんな残夏を前にして、玲は少しだけ考える素振りを見せる。
しかしそれも直ぐに終わり、くすりと小さな笑みが浮かんだ。
「信じるよ。仲間を、信じる。」
「え?」
「自分一人でなんとか出来るならね、俺は多分全部自分でやっちゃうんだけど……でも、どうしようもなくて皆んなの力が必要で、怖いって思ったら……信じる。」
ーーそうか、この人は。
誰かが自分のせいで傷つくのが怖いのか。
だから全部自分で被るのだ。
だけど、それでもどうしようもない時は玲も彰良と同じ答えを出した。
もしかしたら、それが彼らの絆なのかもしれない。
残夏は何となく心がすくわれるようなそんな心地で玲に頭を下げた。
きっと、この答えが聞きたかったのだ。
「ありがとうございます。」
「ふふ、うん。頑張ってね残夏。」
細くて小さな手が残夏の頭を撫でる。その感触に、残夏は心が落ち着くのを感じた。
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「それじゃあ、準備はいいな?……始め!!」
青空に武田の大声が響く。
残夏は息を吸い込んだ。
少しだけ周りを見回せば、雄星も司も弱気な顔をしている。
しかし凪だけは、残夏と目が合うと笑ってくれた。それに勇気付けられる。
大丈夫。信じると決めた。
だから、残夏は目の前の白石にだけ集中すればいい。未だ余裕そうに笑みを浮かべている白石に、残夏は掴みかかった。
残夏たちの実技訓練は、まだ武器を使う段階に達していない。
だから基本は組手や体術なのだが、四人同士でぶつかればそこは最早乱戦になる。
白石に掴みかかるも他の3人から囲まれて、一斉に殴られるのに耐えていれば、凪が右横から一人だけ引き抜いてくれた。
足を掛けてから体制を崩して引っ張り出してくれたのだ。
そのままその子と組み合いになるのに感謝しながらまだ続く攻撃に耐える。
実技訓練は体術なら何でもありで、場外に出すか背中をつけば失格だ。
だから倒されない様に気をつけていると、もう1人を雄星が引き受けてくれた。
「うおおおお!!」
そんな掛け声で突っ込んできた雄星の体格に、相手は怯んで残夏から手を離す。
良かった。後は白石ともう1人だけ。
しかし残りのもう1人が厄介だ。
小さいのに、残夏の足を踏んだり腹に肘を入れてきたりして地味に鬱陶しい。白石もギリギリと力を入れてくるから動けない。
このままじゃ押し負ける、そう思ったその時。
「僕は!!誰にも!!負けない!!!」
そう言いながら司が飛び掛かってくる。
しかしそれは明らかに残夏を巻き込んでいた。
視界の端で、既に相手を倒していた雄星と凪が驚愕の表情を浮かべている。
凪はこちらに駆けて来ようとしているが間に合わない。
残夏はそのまま、司に巻き込まれた状態で床に倒れ伏した。
「そこまで!!」
武田の声が響く。
そのまま近づいてきた武田は残夏を上から覗き込むと、面白そうに片眉だけ下げてみせた。
「蓮池、宮杜は生存。高田、谷口は失格。そして……小鳥遊、荘野は失格。白井、古村は生存だな。よって引き分け!!まあ、タッチの差だったけどな!」
豪快に武田が笑う。
引き分け。
その言葉に残夏たちは顔を見合わせて、
「や、やったー!!」
「よくやったなぁ!!」
「残夏くん、大丈夫?」
「ふふん、僕のおかげだな!」
「いやお前が小鳥遊巻き込んだんだよ……。」
雄星の呆れた声に笑い声があがる。
白石の条件は負けること。引き分けは悔しいけれど問題ない。
それに、信じて良かった。
雄星も司も凪も、残夏に力を貸してくれた。
白石の悔しげな顔が見える。
だけどそんな事より、今は皆んなで笑いあう方がずっと良い。
羊雲が青い空を流れていく。
周りの木々は色付いて、赤や黄色を濃くしていた。
もうすっかり秋だ。
残夏がここに来て、季節がひとつ巡った。
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「ふふ、頑張ったね残夏。というかその話の司くん?ふふ、飛び掛かってきたって……ふは、あはは!」
残夏の話を聞きながら玲が肩を揺らす。
いつも楽しそうな人だけど、ここまであからさまに笑っているのは初めて見た。
その横で清治が眉を下げて笑いながらも玲を嗜める。
「ダメだよ、玲。頑張った子を笑ったら。」
「だって清治。ふふ、荘野。荘野ね。確か5番隊だっけ?椿に聞いてみよ。」
「もう。……というか、その話の宮杜くん?それって、前の8番隊の隊長の息子さんだよね。ほら、僕たちが学生の頃の。」
「宮杜さんね。いい人だったよね。あの人の息子ならいい子なんだろうね。」
くすくすと楽しそうに、残夏を置いて玲と清治は昔話に花を咲かせた。
その内容に少しばかり気になる部分がある。
まず司が5番隊なんて残夏すら知らなかったのに、何で玲は知っているんだろう。
それから雄星。隊長の息子なんてひと言も言わなかったじゃないか。
ーーまあ、隊長だし……。
なんだかそれでもう、全ての理由が説明できる気がする。
知りたくて知りたくて仕方なかった人。色々調べても、誰に聞いても評価が定まらない。
でもそれが玲なのかもしれない。
きっとこの人には色んな顔があるんだろう。
それでいい。だって。
ーー隊長の事、信じられるから。
裏切らないって今なら思える。
だってこの人がむけてくれる笑顔は、色々な顔があるけれどその中にとびきり優しい顔があることを知ったから。
ほら、今だって。
「残夏。どう?毎日楽しい?」
そう聞いてくる玲に残夏が頷けば、玲の笑みが深くなる。
その優しい笑顔に残夏の心が暖かさで包まれるのを感じる。
「それと勉強は?宿題ちゃんとやれてる?」
「あ……、えっとえっと、な、凪に呼ばれてるのでまた後で!!」
「あ。……ふふ、青春だねぇ。」
そんな言葉を呟きながら窓の外を見上げるその人に、残夏は逃げつつも視線を向けた。
さらりと流れた黒髪から銀色のピアスが覗く。
そこに輝く、銀とは違う深い青。
それに何故だか意識が向いた。
あの色。
あれを残夏は見たことがある。
あれは、あの色は。
「あれ?」
思い至った銀髪の人。あの人の瞳と同じ深い青。
そういえばあの人も特徴的なネックレスをつけていた。
すっかり忘れていたが彼がつけていたネックレスのあの色は、玲の瞳のーー、
「え……え、あれ!?」
残夏の大声が組織の廊下に響き渡った。
ここまで読んでいただきありがとうございました。
エピソード4完了です。
これで第一部完了、という感じです。ここからは、残夏の成長や、玲たちが抱える“秘密”にも触れていく予定です。
楽しんでいただけたら嬉しいです。
次回更新は土曜日です!(19:30目安ですが、前後する時はXでお知らせします!)
毎週、水曜日、土曜日で更新していましたが、来週からは水曜日に短編、土曜日に本編にしようかと思います。
短編はハグレモノの登場人物たちの日常になりますので、世界観の補足として読んでいただけたら嬉しいです!
よければ感想、評価、リアクションなど頂けると励みになります。
これからも見守っていただけたら嬉しいです。
よろしくお願いします!




