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忌み子のボクが、“気”と自分を受け入れたら、いつの間にか世界の命運を握ってました  作者: 水波 悠
最終章 邪気の国

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黒い気持ち

 ふと、気が付くと私は暗闇の中を彷徨っていた。

 足元に地面の感触はなく、ただ遠くで水の波紋のような音がしている。

 自分の息づかいだけが、やけに鮮明に響いていた。


「あれ、私、ヴェルナードの宿で寝たはずなのに。グレナティスに帰らなきゃいけないのに」


 寝巻で寝たはずなのに、気が付くと私はいつもの恰好でいた。


 目を凝らすと、暗闇の中にいくつか灯る光があった。それは炎でも星でもなさそうだ。

 それぞれから何やら話し声が聞こえる。近づいて行ってみると、その明かり一つ一つが私の中にある思い出だった。


 ――小さい頃に父であるアグナルに褒めてもらえなかった思い出。

 ――街中で母が裏切り者だと言われた思い出。

 ――少し時は過ぎ去り、コウと初めて出会い、押し倒された思い出。

 ――共に背中を預け合い、忘却の騎士を討ち取った思い出。

 ――コウを庇いながら、なんとか森を切り抜けた思い出。


 そして最後に一際大きく輝く思い出があった。


 それは、コウから好きだと伝えられた思い出。


 私は、いつからかコウのことが好きだった。

 セリナに「私がコウ君を狙っちゃおうかな」と言われ、心がざわついて気が付いた。


 でも、ザイレムから一目置かれ、邪鬼化したセレフィア王を倒し、新たに王座を継承したフローラから告白された雰囲気を見て、そしてそれを満更でもない様子であるコウを見て、私はふと思った。


(これから様々な使命を受けるであろうコウの隣に私はふさわしくないのではないか)


 そして、素直になれない私と一緒にいることが、そもそも彼の幸せになるのだろうか、と。

 可愛らしく、頼りがいがあり、頭も切れるフローラの横の方が、私の横よりよっぽどふさわしいのではないかと、そんなことを思っていた。


 だから、私はコウから好きだと言われても素直に返事がだせなかった。

 本当はその場で私も好きだと言いたかったのに、言えなかった。

 それを言ってしまうことが、彼の幸せを損ねることにならないかとても不安だったから。


 父、アグナルから言われた「真実を自分の目で見極めろ」という言葉が頭の中で繰り返されていた。


(この場合の真実って何? コウの幸せ? 私自身の気持ち? それとも、国全体のことを考えるべきなの?)


 どれくらい時間が経ったのだろう。そんなことを考えながら、暗闇の中を悶々としていたある時だった。


 ドスッ


 胸に一瞬痛みを感じる。何か冷たい刃物が突き立てられるような感触。でも、血の広がりはない。そして、次に襲ってきたのは怒り、悲しみ、妬みといった黒い感情だった。


 これまで見えていた思い出の光が白から黒へ反転し、そして自分への足枷のように呪いの言葉を投げかけていく。


 ――お前が男の子だったら……

 ――お前は母親と同じ、裏切り者……

 ――女らしさを感じないお前なんか、女としての価値はない……

 ――お前には、コウの隣に立つ資格はない……

 

 私が常に自分自身に対して投げかけてしまっていた言葉が、思い出の形で他人の口から告げられる。


「もう、嫌……やめて……」


 私はその場で耳をふさぎ、しゃがみ込む。そして頭を振って心無い言葉を拒絶する。

 しかし、黒い光からの言葉はとどまることを知らなかった。


 そして我慢の限界を超えた私の心から、一筋の涙となってあふれ出る。その瞬間だった。今まで我慢していた何かが堰を切ったようにあふれ出る。


「寂しい……」


 その言葉が闇の中に溶けて、世界が静かになった。

 そう口にした瞬間、胸の奥から黒い靄のような気があふれた。

 自分でも見たくなかった感情――羨望、嫉妬、孤独、自己嫌悪。

 それを見た途端、私は思わずその手を振り払いたくなった。


 自分の思いを素直に伝えられるセリナやフリーナ、ジークと仲睦まじくみえるエルネアに嫉妬した。


「こ、こんな私じゃ、ダメなの……強く、正しくいなきゃ、ダメなの……」


 私は、これまでなんだってうまくやってきた。周りにうまく振舞ってきた。それを周りも期待していたし、認めてくれていた。

 でも、そう思っていたのは、誰かのためじゃなく、自分が嫌われるのが怖かったからだ。


(こんな私じゃ……誰も見向きもしてくれなくなってしまう……)


 そんな恐怖が心の中を支配していく。


「だめ……こんなの、見せちゃ……」


 そのとき、闇が広がる空の向こうから一筋の光が差した。

 心に、声が響く。


「イリス……もう、隠さなくていい。その黒い気持ちも、イリス自身なんだから」

「コウ……?」


 光が私の全身を包み込む。その光は、温かかった。


「寂しいって、言ってもいいの……?」

「うん。それを認めることが、強さなんだ。いつも正しくあろうとして、真っすぐで、強くて。それでいて、繊細で、周りのことを気にして、他人思いで。そんなイリスのことがボクは好きなんだよ」


 頬に一筋の光が走る。


「怖かった……ちゃんとしていないと、だれも私のことを見てくれなくなるんじゃないかって。間違った答えを出したら、周りから誰もいなくなっちゃうんじゃないかって。でも、そうじゃなかったのね」

「うん、イリスは、イリスだよ。誰だって疲れちゃってちゃんとしてないこともあるし、間違うことだってある。それで、いいんだ」


 私は天を仰ぎ伝える。


「ありがと、コウ。もう、大丈夫」


 目の前を眩い光が覆い、私は目を瞑った。


 ***


「イリス!」


 玉座の前で横たわっていたはずのイリスが、窓から差し込む光が降り注ぐそこに立っていた。


「コウ……」


 ボクは居ても立っても居られず、イリスの元へと駆ける。


(こうやって、面と向かって会うのは久しぶりかもしれない)


 勢いで駆け付けたものの、ボクは上手く言葉が出なかった。その代わり、涙が零れ落ちる。


「あれ……?」


 自分でもよくわからない涙に、間の抜けた声が出てしまう。


「もう……人が気を失ってて戻ってきたんだから、『おかえり』の一言ぐらい言ったらどうなの?」


 イリスはそう言って微笑むとそっとこちらに一歩踏みより、ボクの頬を伝う涙をそっと指でぬぐう。でも、そのイリス自身の目にも涙が浮かんでいた。そして。


「ありがと、コウ。大好きだよ」


 そう言って、唖然とするボクのことをぎゅっと抱きしめた。


 差し込む光と玉座の間を吹き抜ける新たな風がボク達を祝福しているようだった。


次で最終話となります!

ここまでみなさま、お付き合いいただきありがとうございます!

最後までお楽しみいただけたら嬉しいです。


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